転生者の目覚め
とある異世界の地方冒険者ギルド。そこは数多くの冒険者と呼ばれる日雇い労働者達で溢れていた。
冒険者ギルドは一般人に一定の社会的地位を与え、彼等に仕事を斡旋する役割を担っている。
また、ある程度の収入が見込める環境は冒険者の生活を保障し、彼等がならず者になり下がる危険を抑止する効果がある。
ちなみに地方の冒険者ギルドは食堂と宿泊所を兼ねている事が多い。
これらも冒険者が犯罪者となる危険性を抑止する政策の一つであり、飲食店や宿に限りのある地方で冒険者を職業として成り立たせていく為の試行錯誤の終着点であった。
ある日の夕刻、冒険者達で賑わう一階のホールにて
「いい加減にしろよ! 無駄飯食らいがよぉ!」
ーガシャアアアン!ー
「うわっ!」
何か皿の様な物が床に転がる音、ジョッキを叩きつける音と青年の威圧する声が響き渡った。
衆目が視線を集めるその先には、ある冒険者の一団の姿があった。
声を荒げている青年は十代後半、騎士風の西洋鎧を着た冒険者だ。頭に巻いた赤いバンダナが彼の銀髪を引き立てている。
パーティー内での喧嘩らしい光景を遠巻きに見ていた周りの冒険者達は
「またやってるぜ、あいつら」
「仕方ねぇよ、お荷物を抱え込んでるんだからな」
「勇者パーティーってのも大変だよな」
遠巻きにトラブルの様子を眺める彼等は口々に感想を漏らしている。
そんな周りの様子など気にする素振りも無い、先程声を張り上げた青年は
「トマス、てめぇの面倒はうんざりなんだ! 今日限りてめぇはついほ……」
ーガリッ!ー
「あだっ! あだだだだっ! 噛んだ舌噛んだ!」
台詞の途中で豪快に舌を噛んでしまった。青年はあまりの痛みに口を押さえて悶えている。その時
(あれ? なんだここ? 俺は一体……?)
舌に走る痛みに悶えながら目線で周りを確認する青年は
(そうだった。確か俺は……)
いきなり夢から覚めた現実感に戸惑いながらも青年は自身の状況を自覚し始める。
「ちょっとぉ〜、何やってんのよ〜! ヴィルもリーダーなんだからいい加減ビシッと言ってやりなさいよ!」
呆れた様子で青年に話し掛けてきたのは同じテーブルに着いているパーティーメンバーの一人。
黒いトンガリ帽子を被り、黒い魔術師ローブを着た女の子だった。彼女は癖のある長い金髪を手で後ろに払う仕草を見せながらジョッキの酒に口を付けている。
(確か彼女は……)
青年はまだ混乱している頭の中で彼女に関する知識を思い起こしていた。
彼女は大魔術師のミリジア。このパーティーの魔法の中核であり、攻守ともに頼りになる戦闘の要だ。続いて
「ミリジアの言う通り、リーダーしっかりしろ」
彼女の隣で骨付き肉にかぶりつきながらミリジアに同意してきた片言で語る筋肉質の大男……周囲からは狂戦士と恐れられているミノという戦士の男だ。
名前から牛頭の魔物が連想されるが、彼は紛れもなく人間である。そんな中
「ヴィル、お怪我は大丈夫ですか?」
心配そうに青年に声を掛けてきてくれたのは、ロングの青髪に白い法衣を身に纏ったパーティーの神官アリーナだ。
彼女が口にしたヴィルと言うのは先程噛んだ騎士風の彼の愛称である。
ヴィルヴェルヴィント……それがパーティーリーダーである彼の本名なのだ。
愛称とは言っても彼が周りから親しまれて渾名で呼ばれている訳では無い。
単に名前が長いから略されているだけなのには若干の注意が必要である。
「動かないで下さい……」
ーパアアァァー
神官アリーナの治癒魔法によりヴィルの口の負傷が治っていく。すっかり傷が癒え痛みの無くなった現実に
「す、すまないな。ありがとう」
お礼にヴィルがアリーナに感謝の言葉を口にすると、彼女は身体をピクッと震わせて自身の席へと戻っていった。
「リーダー、この際だからビシッと言ってやって〜! 私達、いつまでもお守りしてられる余裕無いってさ〜!」
そう話すのは尖った耳が特徴のエルフ族と呼ばれる森の民エルフィルだ。
緑色のワンピースにレザーアーマー、レザーブーツの出で立ちは一般的なエルフのイメージそのものである。
彼女は狩人でもあり斥候でもあるパーティーの目であり耳である。偵察能力に秀でた彼女は、常に危険と隣り合わせな冒険者には欠かせない人員だ。そして
「いてて……」
先程、ヴィルが空き皿を投げつけて、その拍子に椅子から転がり落ちたのは小柄な少年トマスである。
ようやく起き上がってきた彼の近くには、数匹の動物達が寄り添っている。
それだけでこの冒険者ギルドにおいても彼が異質の存在だという事は窺える。
彼の様に動物を連れている冒険者は彼以外一人として居ないからだ。
(こいつが俺の……)
自分の置かれた現状をようやく確認し終えたヴィルは改めて目の前に居るトマスとの関係性。
そして自分がここに居るに至った経緯を頭の中で再確認するのであった。