Alter.82 衝突
終末のラッパは予定通りに鳴り響いた。ナイト達の耳に、護身竜の村から進軍する帝国兵の姿が確認された。数は千や二千という数ではない。膨大な資材を投じて動き出した巨大な大軍団。それが護身竜の村からトーレッドへと下ってきているとの情報が偵察部隊から届く。
「ついに来たか」
グスティが城壁の上から果てに見える絶望を視界に捉えた。一万は超えるであろうゴーレムの軍勢に震える腕を抑えながら、彼は自分にできる最大の戦果を期待する。
トーレッドには、数多くの異端核保持者やゴーレムが集結していた。あれからというもの、周辺諸侯からの連絡はなく、ハッグハグ・モット卿は最終的に時間を稼ぐことで、トーレッドから領民を避難させる選択を取るに至る。
残されたのは、移動が困難な者達とそれを守りたい者達。その中には当然、護身竜の村の住人と、グスティや巫女様、それにイナンナの姿もあった。
プランBは間に合い、グスティは地下水路に大規模な運搬用のゴーレム部隊を配備し、いざとなれば護身竜の村の全員が脱出できるように準備が整えられていた。
「後は殺戮の引き金を倒す、それだけだ」
かつてないほどに全身が震える体。
これから行われるであろう大量虐殺に、彼は静かに向き合っていた。
土煙が死の匂いを連れてくる。グスティはそれを鼻腔の奥で感じ取りながら、戦いの準備を始める。
今日で何人死ぬかは分からない。ただそれによって得られる情報がプランAの成功率を上げることに寄与することは紛れもない事実。
彼は一軍人として、隊列に加わり戦いに身を投じる。もちろん、戦場に出るのはナイト・グスティただ一人。残るグスティーズは事態を静観しつつ、各地に散らばり情報を集めることに終始することが求められた。
いつでも準備が出来ていたトーレッド軍は、戦いの狼煙を上げて城壁の外へと進んで行く。大規模な行進に飲まれるようにグスティもその一人として進む。次々と丘からゴーレムの隊列が進み、各自フォーメーションを組んで自分達がなすべき仕事へと向かっていくのがコックピットの中から見えた。
(あぁ、これからココの誰かが死ぬんだなぁ)
そんな当然のことを思いながら、死地に並ぶ棺桶の群れを背後から見送る。
<オールウィットから各員、移動用から戦闘用に制御を切り替えておけ>
各自の切り替えが行われる中、グスティもまたゴーレムの制御系統に触れる。この信号を受信して、下で這いつくばる巨人に伝達される。グスティはそれを思いだすと、見なければよかったと後悔していた。
それからグスティ達は決められた森の中を目標地点に定め、地図を見ながらその場所まで駆けていく。通信には早くも接敵したゴーレムの通信が入り、撤退をしながら異端核保持者がどういった魔法を使っているかの伝達ゲームが始まる。
綱のようにゴーレムが並びながら、前方から聞こえる情報を後方へ繋げていく。この情報一つ一つに、彼は魂が宿っているような気がした。
外からはゴーレムを大破させられても直生きている不幸な兵士が異端核保持者に蹂躙される姿が偶に映りこむこの世の地獄と化していた。しかし現場に異端者保持者が現れるたびに、ゴーレム達は後退をしながら後方に控える仲間に情報を流し続けた。
当然ゴーレム以外にも歩兵は突撃してくるため、それは手際よく処分し、異端核保持者がいれば下がるを繰り返す。そうして下がって広がった空白地帯に味方の異端核保持者が投下されると、瞬く間に情報の優位を生かして、その空白地帯を取り戻してくれた。
最前列を走る帝国歩兵。
モニター越しに拡大されたその顔を見て、ナイトは息を呑んだ――いや、呑もうとした息を、冷徹な思考で強制的に排出させた。
焦点の合わない瞳。口元から垂れる泡。
薬漬けにされ、痛みも恐怖も麻痺させられた「兵士」たち。
その中には、武器よりも背丈の低い子供や、腰の曲がった老人の姿が混じっていた。
「……」
ナイトは無言のまま操縦桿を倒した。
鋼鉄の腕が唸りを上げ、巨大な剣が薙ぎ払われる。
袈裟懸けに両断された老人の体が、ボロ布のように宙を舞った。
赤い飛沫がモニターを汚すが構わない。
次。
爆弾を抱えて笑いながら突っ込んでくる少女。
踏み潰す。
グシャリ、という生々しい振動が、サスペンションを通して座席に伝わる。
(――俺が殺しているのは、敵か? それとも被害者か?)
思考にノイズが走る。だが、手は止めない。
止めれば、後ろにいる仲間が死ぬ。
ナイトは感情のスイッチを切り、ただ目の前の「障害物」を排除する機械へと成り果てた。
「前方で物凄い数の爆発が起きとるけぇ、数が減っとるのぉ」
セイジュの能天気な声が通信機から響く。
彼の言う通り、戦場の最前線は地獄絵図と化していた。
ナイトたちが敷設した対ゴーレム用地雷原。
巫女の魔力を込めた特製品だ。それを、帝国軍は「人海戦術」で踏み抜いていった。
地雷処理班などいない。先頭の人間が吹き飛び、肉片となり、道を作る。その後ろを、無表情な兵士たちがまた進む。
狂気だ。理性など介在しない、ただの「死の行進」。
「ム……これ以上は進めんな」
オールウィット隊長が溜息をつく。
あまりに順調に敵を溶かしすぎたせいで、突出してしまったのだ。
「ふむ……投下しても良い頃合い。一人、こっちに呼べるか?」
信号弾が上がり、十秒後。
空が裂けた。
轟音と共に、圧縮された熱気が戦場を支配する。
炎の翼を広げた巫女――ザバーニャが、戦場に「降臨」した。
それは戦闘ではない。一方的な蹂躙であり、災害だった。
彼女が指先を振るうたび、帝国自慢の異端核保持者たちが、悲鳴を上げる間もなく炭化し、崩れ落ちていく。
「おっかねえな……」
サウスゴールドが震える声で呟く。
味方ですら恐怖する、圧倒的な「個」の暴力。
「全員発進! 一気に本陣を叩くぞ!」
炎の回廊を抜け、ナイトたちはかつての故郷、護身竜の村へと突入した。
そこは既に、瓦礫の山だった。
崩れ落ちた屋根の下、一人の男が立ち尽くしている。
V字髭の男、敵将ダニカ。
燃え盛る自軍を呆然と見つめる彼は、迫りくるナイトの機体に抵抗する素振りすら見せなかった。
「……終わったのか?」
虚空を見上げるその瞳は、既に死んでいた。
ナイトは無慈悲に剣を振り下ろした。
一閃。
敵将の首が飛び、胴体が崩れ落ちる。
――終わった。
ナイトはコクピットの中で、深く息を吐き出した。
プランAの発動すら必要なかった。
巫女の力と地雷だけで、帝国軍の前衛は壊滅した。
勝ったのだ。
だが、モニターに映る光景はどうだ。
積み重なる老人と子供の死体。弱々しい異端核保持者の残骸。
そして、首を刎ねた敵将ダニカの死体。
ナイトはその死体をカメラでズームした。
……違和感の正体が分かった。
軍服のサイズが合っていない。髭も、付け髭のように不自然だ。
これは「本物」ではない。影武者か、あるいはただの飾りか。
「……こんなにあっけなくていいのか?」
勝利のファンファーレは鳴らない。
ただ、燃え盛る炎の音と、どこか遠くで響く――本当の軍靴の足音が、ナイトの耳に幻聴のようにこびりついて離れなかった。
その時、通信機から悲鳴に近い報告が入った。
『ほ、本隊より入電!北東の山脈より、別働隊と思われる巨大な熱源反応!数は……ご、五万!? 』
ナイトは戦慄し、モニターを見上げた。
どうやら囮を食わされたらしい。
とりあえず、最後まで書き進めることだけ考えて……ひたすら書きます。




