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殺戮のメサイア  作者: 星島新吾
第一章後編:護身竜の村奪還作戦【完結編】

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Alter.79 第二の矢

ブランディ博士が動くと、研究員たちの壁がモーゼの海のように割れた。

ナイトもその底知れぬプレッシャーに圧倒され、場所を譲る。

博士は腰を屈め、机上の設計図に顔を近づけた。


数秒か、数十秒か。

彼の人差し指が、トントンと机を叩く。その一定のリズムだけが、高速で回転する彼の思考を現世に繋ぎ止めているようだった。


やがて彼はペンを取り、躊躇なく赤を入れた。

手つかずだったゴーレムの下半身、そのさらに後方へ、不可解なほどの重量ウェイトを書き足す。

そして横に一言、『足りないね』とだけ書き残し、興味を失ったように席へ戻っていった。


「足りない? 足りないか……」


残された言葉を反芻し、研究員たちがざわめき始める。

ナイトはヴィーノに視線を向けた。


「単純な重量不足、ということでは?」

「いいえ。構造上のバランスは完璧だったはずよ。後ろに重りを足すということは、相対的に前部に『何か』が載ることを前提としている……?」

「強度が不足しているのか?」

「液体燃料の揺れを想定しているのでは?」


専門家たちが頭を抱える中、ナイトは静かに図面を見つめた。

揺れ。前部の重さ。

――そもそも俺は、何のためにこれを設計した?


敵を殺すためではない。これは、村人を乗せて逃げるための箱舟だ。

乗るのは鍛え抜かれた兵士ではない。足腰の弱った老人、怯える子供、手負いの怪我人だ。

彼らを乗せて、荒れた戦場を、山道を走ればどうなる?

今の硬い足回りのままでは、その振動だけで彼らを殺しかねない。


「……そうだ。衝撃吸収サスペンションだ」


ナイトの呟きに、場の空気が止まった。


「……何ですって?」


「兵士が乗るなら今のままでいい。だが、これは民間人を運ぶためのものです。博士は、客席にサスペンション機構を組み込めと言っているんだ」


ヴィーノがハッと目を見開いた。


「……そうか! バネや油圧で衝撃を逃がせば、その機構分だけ前部の重量が増す。博士が足したのは、そのカウンターウェイト……!」


解は得た。

ナイトからの示唆を受け、研究員たちが猛烈な勢いで計算を始める。

博士の指示通りに重量バランスを調整すると、居住区の振動係数は劇的に低下した。これなら、赤子を乗せても眠ったままで運べるだろう。


「できた……」

 

誰かが漏らした感嘆の声。清書されたそれは、もはや兵器ではなかった。丸みを帯びた装甲。人を優しく包み込むフォルム。ミスリル加工も武器もない、だが多くの命を救うための、未来のゴーレム。


「ウチでは予算は下りないでしょうけど、この仕事に関われて光栄だわ」


ヴィーノが求めてきた握手に、ナイトは力強く応じた。

予算など関係なかった。設計図さえあれば、あとはどうとでもなる。ナイトにとってココが一番の山場であったと言っても過言ではなかった。


「名前を付けたいな……」


ナイトが呟くと、研究員たちの目が一斉に輝いた。

無機質な型番ではない、愛称。それは彼らにとっても初めての試みだった。


「名前イイね!」


「どんな名前にする?」


黒板に案が書き出されていく。

ヴィーノ推奨の『ロードアイギス』。

ナイト考案の『未来型運搬ゴーレム:001 プライム』。


議論は「呼びやすさ」対「メカっぽさ」で二分され、夜まで続くかと思われた。だが、ふらりと席を立ったブランディ博士が、黒板の隅にチョークで一言、『モチっと運び君』と書き残した瞬間、全ての論争は終結する……。


「えー……本機の名称は『モチっと運び君』に決定しました」


「……異議なし」


「悔しいが、今の丸っこいフォルムには一番似合っている……」


「モチ」のように白く、丸く、柔らかい。


その気の抜けた名前こそが、平和を運ぶこの機体に相応しいと誰もが認めたからであった。




          




 完成した設計図を懐に、ナイトは研究所を後にした。

 第一の矢に続き、第二の矢も放たれた。

 まだ紙の上の存在だが、この「保険」の意味は重い。


「これで、たとえ俺が死んでも皆を守れる……」


 もしも帝国側に、自分と同じような「規格外の怪物」がいて、仮にあっさりと殺されたとしても。

 この『モチっと運び君』さえあれば、村人たちは逃げ延びることができる。


 退路は確保した。守るべきものの安全は担保された。

 だからこそ――。


「……これで俺も、憂いなく全力で地獄を戦える」

 

ナイトは軍服の襟を正し、闇の深まる廊下へと消えていった。

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