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殺戮のメサイア  作者: 星島新吾
第一章後編:護身竜の村奪還作戦【完結編】

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Alter.78 ケイローン

「旬のリンゴバスクチーズケーキを持ってきました」


 ふわりと甘い香りが漂うと、張り詰めていた研究所の空気が緩んだ。

 一人、また一人と研究員たちが顔を上げ、吸い寄せられるようにワゴンへ集まってくる。

 ナイトはその喧騒から一歩引き、視線を部屋の最奥へと向けた。

 そこだけ、時間が凍りついているようだった。


 夕暮れの雨が叩く窓辺。白い光に満ちた研究室の片隅で、一人の男が世界から切り離されたようにデスクに向かっている。


 周囲の談笑など、彼には届いていない。

 白髪に中性的な顔立ち。資料にあった年齢よりも一回り若く見えるその男こそ、この研究所の心臓――ブランディ博士だ。


「……彼には、聞こえていないのですか?」


 ナイトの背後から、凛とした声がかかった。

 振り返ると、日に焼けた肌を持つ長身の女性が立っていた。赤いフレームの眼鏡の奥には、獲物を品定めするような鋭い知性が宿っている。


 彼女の手には、既に一切れのケーキがあった。


「主任のヌヴェッタ・ヴィーノよ。……ブランディに用があるようだけれど、彼との会話は私が仲介するわ」


「第7戦隊のグスティ・ウェンです。……仲介、とは?」


「彼は世の中の雑音のほとんどを聞くことができないの」


 ヴィーノはケーキをフォークで突きながら、淡々と告げた。


 異端核の後遺症。適齢期を過ぎて核が外れた際に残る、感覚の欠落。資料にあった通りだ。


「設計図を見ていただきたいのですが」


 ナイトが懐から図面を取り出すと、ヴィーノの目がすっと細められた。

 先ほどまでの気さくな雰囲気は消え、そこには「聖域」を守る門番の顔があった。


「……あなたが知らないのも無理はないけれど。ここで彼に設計図を見せるというのは、王に謁見するのと同義なのよ。素人の落書きを見せて時間を奪うことが、どれほど傲慢なことか……分かっていただけるかしら?」


 母親が子供を諭すような、しかし氷のように冷たい拒絶。

 ナイトは表情を崩さず、その圧力を受け流した。


「不躾を承知でのお願いです。ですが、落書きかどうかは、まず貴女に判断していただきたい」


 差し出された図面を、ヴィーノは疑わしげに受け取る。

 だが、一目見た瞬間、彼女の表情から色が消えた。

 軍人の道楽ではない。彼女は瞬時に理解したようだ。


「……なるほど。甘いお菓子の礼くらいは、する必要がありそうね」


 そうして戻ってきた設計図は、真っ赤に染め上げられていた。

 性能等の数値は、確かに向上している。プロの仕事だ。

 だが、そのフォルムは――。


「あれ……俺はもっと、こう、兵器としての機能美を追求したはずなんだが……」


 そこには、戦場の殺伐さなど微塵もない、幼児向けの玩具のように丸みを帯びた愛らしい何かが描かれていた。


 馬というよりは、脚の生えた巨大な饅頭だ。


 確かに市民を乗せるなら、威圧感のないこの形状が正解なのだろう。正解なのだろうが……。

 あまりの変貌ぶりにナイトが膝をつきそうになった、その時だ。

 背中の産毛が逆立つような気配を感じ、彼は振り返った。


「あっ……」


 言葉を失う。

 いつの間にか、背後に「彼」が立っていた。

 音もなく現れたブランディ博士が、色のない瞳でナイトを見下ろしていた。

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