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殺戮のメサイア  作者: 星島新吾
第一章後編:護身竜の村奪還作戦【完結編】

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Alter.76 リンゴのバスクチーズケーキ

実収の節 9/30 15:00

シュヴァルツ諸侯同盟領 北の都市トーレッド

モット卿の城 巫女様の部屋







イナンナが目を覚ましたのは二時間後、丁度オヤツの鐘が鳴った頃だった。雨はまだ降っていたが、硝子越しに見えた雨滴の色は雲間を割くように指しこむ光によって琥珀色に輝いている。そんな温かな日差しが差し込む巫女様の部屋にノックの音が入り込む。


巫女様はイナンナに視線を向けると、寝起きのイナンナは頷いてベッドから立ち上がった。少し乱れた髪をブラシでときながら返事をする。


「誰だ」


彼女の低い声に対して返ってきたのは、可愛らしい少女の声だった。


「グスティ・クラフトです。オヤツのお裾分けに来ました」


イナンナはその声を訊いて、ブラシをベッドに投擲した。名前を訊けば、途端にその可愛らしい声の愛らしさが消え失せるのは、分裂前の彼を知るからこそだろう。


扉を開けると、パティシエの恰好をして、長いコック帽をかぶったグスティ・クラフトが銀色に光るワゴンの隣に立っていた。背はちんまりしているが、相変わらず乳だけは大きい。


「お昼寝中でしたか。中に入れて貰っても?」


あどけなく腕を顎に持って行くグスティ・クラフトに、イナンナはハンっと嘲笑を交えながら、少女を扉の前に立たせて見下した。


「さて……私はお前を入れてやる道理はないしなぁ……。お菓子の他にブランデー入りの紅茶でもあれば話は別だが」


眠気眼を擦りながらわざとらしく、イナンナはグスティに注文をつきつける。彼女自身無理難題を言った自覚はあったが、グスティはワゴンの上に乗った七つあるポットの一つを手に取ってクスリと笑う。


「ちょうど、温かい紅茶のポットがあります。ブランデーと、それに砂糖も」


それに心を見透かされているような気になったイナンナは、小さく笑って扉を開けた。


「ははっ、まいった。よく来たなグスティ、歓迎しよう」


イナンナはグスティ・クラフトを後ろから抱きしめながら、部屋の中にワゴンを招き入れた。


その様子を椅子に座ったまま見ていた巫女様は、大層不機嫌そうに「裏切者」とグスティを睨みつける。怨敵ココにアリ、といったところか。


「そう言う話は一旦休憩しましょう」


「心辺りがあるのね? 」


「ええ。巫女様のことならなんでも分かりますよ。でも今日はこんな嵐ですし、一息入れませんか? 巫女様のために、特別なオヤツを持ってきました」


クラフトは親しみを込めてコック帽を取って一礼する。


「オヤツ? 」


巫女様は巫女様ノーズを最大限に生かして、彼が持って来たものが特上のスウィーツであることを探知する。それもとても甘いスウィーツに違いない。巫女様の目じりがキラリと光った。


「献上品込みの一時的休戦ってわけ? 随分小賢しい真似するじゃない」


「ありがとうございます」


クラフトはそう言ってワゴンの下から、銀の丸い(クローシュ)が被さった大きな皿を取り出す。蓋を開けると、琥珀色に輝く大きなバスクチーズケーキが姿を現した。


「どこの店で買ってきたのよ」


これだけ目立つスイーツならば、自分が見逃すはずはないと、巫女様はその完成度に疑問を持ち、彼に訊いた。巫女様は暇さえあればイナンナに使いを頼み、トーレッドの銘菓を楽しんでいた。そんな銘菓を食べているからこそ分かる、コレは美味しいお菓子だと。


「不肖このクラフトが作らせていただきました」


改心の出来です、と純銀製のフォークと細かい装飾の入った美しい皿を巫女様に差し出すクラフト。


巫女様はそれに若干ショックを受けつつ、そう言えばチョコレートや焼き菓子などは作れるのだったと、思い返して納得した。


「アンタ暇なの?」


「いえいえ、実はこれも人材勧誘のために試作した試供品のようなものでして。良ければ今食べて

感想を頂きたく思うのですが」


「誰? また女?」


「いいえ?というか、『また』と言われるほどワタクシ、女性を勧誘した覚えがないのですが……」


しどろもどろになるグスティ・クラフト。彼と脳が繋がっているはずの他のグスティーズも全員混乱していた。誰のことを言っているのか、まるで見当がつかない。


「なんか二人ぐらいいたじゃない。小さいのと、生意気なの」


コレぐらいの、と巫女様が身長を手で表現される。それを見てグスティ・クラフトは脳内データベースからその身長の交友関係を全て洗い出し、そして巫女様とも面識のあるメンツを絞り込んだ。


「サーシャとフェルのことでしょうか? テロの時に捕まえた捕虜の」


サーシャともフェルとも、一度だけしか会ったことが無いはず。グスティはなぜその二人が矢面に立ったのか疑問でならなかった。


「あの二人はどうしているの? 殺したワケじゃないんでしょ?」


「はい、巫女様の素晴らしさについて説いている最中です。次に二人に出会う時には、巫女様の崇高さを少しは理解していることでしょう」


二人とも次に巫女様の前に出すかどうかは怪しかったが、グスティはそう言うことにした。


「人道に反するようなことはしていないでしょうね」


洗脳は教育と言い換えることができるし、体罰は愛の鞭ともいえる。『何が人道かは個人の価値観によって変わる』という“屁理屈”は彼女の前で言ったら、恐らく、いや確実にぶん殴られるため、一般的な人道を物差しにして二人の現状について自分なりの評価を下す。


「…………もちろん。ええ。(私は)していません」


「ならいいわ」


にこやかな笑みを作りながら、グスティ・クラフトはケーキを切るための包丁を取り出す。その様子を巫女様は不審に思いつつも、そんなにひどいことはしていないだろうという安心はあり、深く問い詰めるようなことはしなかった。


「さて……切り終わりました」


バスクチーズケーキを皿に乗せると、中には凝縮された美しい断面にリンゴの芳醇な香りが溢れる最高の仕上がりとなっていた。


「リンゴは今が旬です。特にトーレッドのリンゴは、果皮まで甘いと言われるほど水みずしく、張も良い状態にあります。今回はそれを贅沢に中に入れ、ケーキにしてみました。アールグレイやダージリンなど、香りの高い紅茶と共にお召し上がりになって頂きたいと思います」


持ってきたトーレッドのリンゴを巫女様に手渡し、紅茶を二人分注いでいく。彼女は普段市場

を一人で散策などは出来ないため、こうした市場の果実であっても物珍しそうに観察していた。


「アンタは飲まないの?」


二人分しか淹れていないことに気づいた巫女様がグスティに訊く。


「まだ配り歩く必要があるので」


二人にソーサーとケーキの乗った皿を渡す彼女の顔は苦い笑みを浮かべていた。彼は少女の肉体で活動する間は、利尿作用のある紅茶を飲むことは控えることにしていた。というのもこの一ヵ月の間に、クラフトの体で耐えがたい屈辱を受けたばかりだったからだ。


そのため巫女様の甘いお誘いにも、理性を働かせて断ることができた。


───そしていよいよ実食の時が来る。


この一ヵ月色々なことがあったが、グスティーズ・スイーツ部門の集大成が巫女様の口に運ばれる。


「ん……」


「お味はいかがでしょうか」


グスティが若干不安そうに巫女様の顔を見る。その頃巫女様は一足先に、天国への階段を上っている最中だった。


「あ、私死んじゃった…?」


余りの甘さに昇天してしまった巫女様は、下界で自分の体を見つけ帰ってきたものの、自分の頬が落ちていないかの確認に追われた。


「……ちゃんとついてる」


頬を触りながら、真剣にこのスイーツの評価を行っていく。鋭い視線がリンゴのバスクチーズケーキに向けられた。その捕食者の目を見てグスティは、思わず喉を鳴らす。


実はこのリンゴのバスクチーズケーキ、試供品と言うのは真っ赤な嘘である。


素材は最高級品を揃え、調理肯定のパターンは数百では済まない試行回数が行われていた。グスティーズ・スイーツ部門では数十人が同時並行で、焼きの温度から生クリームのかき混ぜ方まで、あらゆる可能性を模索し研究が行われ作成されている。


その過程で生まれた失敗作は他の部門のグスティーズによって食され、出来のいい物は護身竜の村の人間や兵舎で暇をしている兵士達に甘味として振る舞われた。そうして得られた情報からさらに改良は続き……数多の分岐点の先で行きついたのがこの一皿、グスティ・クラフト命名の『旬リンゴのバスクチーズケーキ』である。


「ウマい……!」


イナンナはそう言いながらニヤニヤが止まらない様子で、フォークを使わずに手掴みでケーキを口の中に入れ、ブランデー入りの紅茶を飲み干した。そしてしばらく天井を仰ぎ見て放心状態に。


「ふぅん……なるほどね」


あっという間に皿の上からケーキを消した巫女様は、そう言うと小さく拍手をした。


「ええ、コレは最高の気分だ……」


イナンナも天国から帰還したのか、涙を拭いて頷いている。


二人とも夢見心地といった表情で、グスティはそんな二人の顔をしっかりと目に焼き付ける。そしてその

視覚情報は北西の森の竪穴に向かって送られた。


北西の森は丁度人間の土地と巨人の土地の境にある、トーレッドの人間が立ち入ることを禁止されている森だ。


そこには巨人が穿った巨大な縦穴が、今もひっそりと自然の中に鎮座している。その遺産をグスティは有効活用し、その中で、グスティーズが働く巨大工房を建造していた。


工房では様々な分野のグスティーズが日夜汗を流しているが、今回クラフトはその中でもスイーツの新作を作り続けているグスティーズにその視覚情報を送った。


工房のグスティーズがその情報を共有すると、彼らは腕を組んだまま静に涙を流し喜んだ。全員のお腹は少し出てしまったけど、二人の笑顔が見れたのならばそれでいい。グスティーズ一同、改めて自分達の存

在理由を理解し、作業に戻った。


「では巫女様、私はこれで。また持ってきますね」


そう言って午後のゆっくりとした二人の時間を邪魔せぬように、グスティは退散した。そして扉を閉めると小さくガッツポーズをして、本来の目的地に向かう。


「甘い者好きのゴーレム技術者、ヴェルナー・フォン・ブランデンブルク=シュヴェート、通称ブランディ。子爵という恵まれた家柄に生まれつつも、家督は継がずゴーレム技術者になった変わり者。───都合よく協力者になってくれるかな……」


グスティ・クラフトが次に向かうのはモット卿の城内に設立されている、ゴーレム技術者育成機関ケイローンのトーレッド支部だ。トーレッドの叡智を結集したその場所に、グスティの求める人材はいた。



次回:ケイローン

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