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殺戮のメサイア  作者: 星島新吾
第一章後編:護身竜の村奪還作戦【完結編】

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75/84

Alter.73 雨が降る

【今回の今北産業】

・グスティはヘンテコ生物

・レインコートチルドレン

・酒場での噂




※注意:今回話が暗いです。ウェット過ぎる。



ザバーニャは窓際に立って、雨幕の向こう側をのんびりと眺めながら、



「……アイツの話よりも今日は休日でしょ?少しお昼寝でもしたらどうかしら。 きっと雨音がいい子守唄になってくれるわ……」


と優しい声音で言葉を零した。窓ガラスからは小気味よい雨粒の音色が囁いている。これからもっと雨は降るだろう、そう彼女の肌は感じ取っていた。


異端核によって変質した竜の皮膚は、湿度をこよなく愛している。特にこう言った雨の日は彼女の心身の休養には最適な気候だった。


「ザバーニャは外へ出る用事はないのか? 」


「ええ、私も今日はお休みにするわ。久しぶりに雨でも眺めていようかしら」


できれば雨空を自由に飛行したい、そんな気持ちもあったが、窓に反射するイナンナを見て断念をする。お腹も膨れて眠そうな友人を雨の中連れて歩けるほど、彼女も鬼畜ではなかったからだ。


そんな雨の日の午後、窓に向かって雨を見るザバーニャにイナンナは訊いた。


「楽しいか? 」


「どうして? 」


ザバーニャはそう訊かれたことがかえって不思議な様子で、反射で映り込むイナンナに尋ね返した。


そんな彼女にイナンナは両肩を上げて苦笑する。


「代り映えしないというか、雨は雨だから」


それとも私に美的感覚をお求めですかと、イナンナは自らの主に問う。


しかしそんな彼女の顔には目もくれず、ザバーニャは城の一室から窓ガラス越しに雨幕の向こうを見つめ続けていた。そして視線は自然と雨粒の当たる城下の人々に目移りしていく。


まだ正午の鐘が鳴ったばかりで、外の蒼い世界では食事を終えた人々の営みがそこにはあった。様々な職種の人間が欠伸を噛み殺しながら大通りを歩いていく。その群衆の中からザバーニャ道の真ん中を歩く男の集団に視線がひかれた。


「大工が珍しいですか?」


豪華な天蓋付きのベッドから降りたイナンナが一緒に下界を覗き、彼らが向かう先を簡単にザバーニャに説明した。


そしてザバーニャはそれに耳を貸しながら、大工たちが雨滴群の奥へ消えていくのを漠然と目で追い続けた。


中には子供の労働者の姿もあって、彼らは当然傘やレインコートを買うお金もないため、彼らは雨にうたれながら手ぶらで仕事場に向かっているようだった。


そしてふと、彼女は窓に映った自分が目に留まった。


翼や尻尾の邪魔にならぬよう完璧な曲線を描いて仕立てられた漆黒のコルセットは、極上のカシミヤとシルクの混紡で、ごく控えめながらも縁には純銀の極細ワイヤーで緻密な鎖模様が縫い込まれている。


その下には、朝焼けの空を写したような薔薇色のオーガンジーシルクが何層にも重ねられたスカートを履いていた。


その全てが、既成の概念を超えた彼女のためだけに、最も熟練した職人の手によって丹念に創り上げられたオートクチュールであり、彼女の美しさに相応しい装いであることに間違いはなかった。


そんな彼女が眼下に映る労働者の姿を見て、何を思ったのか、イナンナが予想するのは容易いことだった。


「ああいう人間の中には元々賊であった者や、スラムの人間もいる。一概に同じ人と見るのは止めておけ」


それがどういった意図の慰めだったのか、ザバーニャには分からなかった。ただ彼らの姿がスラムに仮住まいする護身竜の村の人々と重なって見えた。


「私の村人も着る服に困っているのかしら」


「いや、それはグスティが何着か個人に配って回っていた。彼らほど困窮してはいないだろうな」


「アイツが服を……」


生活にかかる金の工面をしてくれている、とは彼女も耳にしていたが、まさかそう言った服まで彼が与えていたとは知らず、彼女は眉を(ひそ)めた。


「色々気を回して動いてくれている。私も全て把握しきれているわけではないが、何かと彼らの口からグスティの話を聞くことは多い」


「知らなかったわ」


「ああ。ザバーニャはそれでいい」


「もっと村人の声に耳を傾けるべきとは言わないの? 」


「それをするのは私とグスティの仕事だ。巫女様として判断を下す時に、顔見知りがいると苦しくなる」


「私はそんなこと……」


ザバーニャの言葉に被せるように、イナンナは冷徹な騎士の顔で、


「無いと言い切れますか? 」


と言い放った。家族のように親しい間柄の人を大多数の村人のために切り捨てる、そんなことが果たしてザバーニャに出来るのか、そう問われた時ザバーニャは言葉を詰まらせた。


「ご安心下さい。そのための私であり、グスティです。村人の声は必ず私達が届けます。例えどんな好意や悪意のある言葉であってもです。しかしそれが誰か、ということまで深入りするのはおやめください」


「でもそうしたら私の代わりにアンタ達が苦しむじゃない」


「それが村のためになるのなら、私は喜んでしますよ。その点においては彼も同意見でしょう」



イナンナがそう言うとザバーニャは口をへの字に曲げて、うぅんと唸った。


「アンタとアイツの一番の違いは、こうやってちゃんと報告してくれるかどうかよ。アイツ全然私に報告してこないじゃない。アンタにはしているってこと? 」


「一応……お互いのやっていることは報告し合っている」


「あっそう。……ムカつく」


溜まる親切の負債を、彼から返すように要求された覚えはない。


しかし彼女にとってそれは紛れもない”借り”だった。それが塵であっても無くしたい彼女にとって、日々積み重なるあの男への恩は、彼女のストレスとなって口から予想外の言葉となって洩れ出る。


「一体何を考えているのかしら……気持ち悪い」


言葉選びを間違えた、というレベルではないが、ソレを聞いたイナンナはビックリして隣に立つ彼女の顔を覗き込んだ。まさかこれほどまでに、彼への感情が彼女自身整理できていないとは思いもしなかったからだ。


「ザバーニャ、たとえどんなつもりであっても、成したことが正義であるなら素直に賞賛するべきだ。彼のやったことは紛れもなく、正義だぞ」


確かにその通りだ。ザバーニャもそれは理解している。しかし、彼女の内側から聞こえる異端核の声は、常にグスティに対する罵詈雑言を念仏のように唱え、彼女の考えに重くのしかかっている。


「力を持った人間が持たざる者に与えるのは責務でしょ? 」


彼女は手持ちの言葉でそう苦し紛れに呟く。それに返すような形でイナンナは、ついいつもは言っていなかった言葉が洩れてしまった。


「ザバーニャはいつもそれを自分に言い聞かせているのか? 」


イナンナの言葉に彼女はそのエメラルドの瞳は朱に染まり一瞬大きく開眼し、そして窓ガラスに映る彼女を睨みつけたが、すぐに瞼を閉じて小さな溜息をついた。


二人の間にしばらくの沈黙が流れた。


窓ガラスについた水滴は水紋から水筋になって下へ流れ落ちていく。そしてその勢いは増して、雨粒として見分けることは困難な水膜となって窓ガラスを覆っていった。


「………私は別に」


彼と自分は似ているのか、そうザバーニャが思考した瞬間に猛烈な痛みが彼女の脳を襲った。まるで体が異常な免疫で異物を外へ排除しようと訴えているようだ。


息苦しいさに顔を顰めながら、彼女は拳を握りしめた。


「あぁ……イライラする」


彼女の問いに答えることの出来ないイナンナは顔を伏せ、無力を痛感した。この問題の根本にあるのは、彼だ。彼以外に取り除くことの出来ない歪な心のしこりを、親友という立場にあって何も出来ないことは苦痛だった。


「……私も少し言い過ぎたな」


次回:夢の中で




後書き:

ウェットだなぁ。


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