Alter.69 新聞
【今日の今北産業】
・フェルと話をした
・裏切者がいたという嘘をフェルに伝えた
・グスティは村にとっての救世主になれるのか
外から聞こ得てくるトーレッド祭の喧騒に耳を傾けながら、グスティは新聞を捲っていた。生で体験した情報以外にも、バイアスがかかった情報も見ておく必要があったためだ。
今の人々にとって、この紙束が唯一公式の情報を知る術だ。この情報が咀嚼され、尾ひれがつき、盛りに盛られて伝播していく。そう言った情報の中では、未だに神や悪魔という存在が信じられていた───。
『吹き荒れた神砂嵐、帝国軍を壊滅。モット卿に問われる進軍の意志』
小見出しには笑えないジョークが記載されている。神砂嵐というのは、グスティがあの夜帝国軍に向けて行った一方的な殺戮のことだ。
トーレッドはコレを神による戦いの介入と、これ見よがしに喧伝していた。
この世界の宗教には詳しくないものの、
「神様がいるなら戦争が起きる前に止めろよなー……」
そんなことを思いながらグスティは文字を目でなぞっていく。
グスティは初め、軍部があの殺戮を、自分達のやったことにするだろうと想定していた。
しかしその安易な予想は外れ、軍部はコレを神のお導きとして、民衆に団結を呼びかけたのだ。
「神様がやったなんて誰も信じないだろう」
という甘い考えは、民衆の熱狂ぶりを見れば、やはり自分の都合の良い解釈だったと気づかされる。民衆は本気で神様が帝国兵を倒したと思っているし、科学的根拠もないのに、この戦争には勝算があると盲信していた。
グスティはこの新聞を見て、自分の認識の甘さを恥じた。しばらく生活を共にしてきて、彼らの視点にも慣れたと、彼は己惚れていたのだ。
彼は自分がマイノリティである自覚がまるで足りていないとも言えた。
そのせいで世論は帝国と和平を結ぶという方向から、帝国を倒せという潮流になっていることに今さら気づかされる。
トーレッドの国民全員が、『コレ行けるのでは?』と夢を描いてしまったのである。
「もうちょっと時間がかかると思ってたんだけどな……」
本来想定していたルートであれば、気乗りしない軍部を後押しする形で、護身竜の村の奪還作戦を計画していた。しかし、もうその必要はない。
「予想していてこの未来を選んだんだ……これでやっと、護身竜の村に進軍するキッカケを生み出すことができた。───後はこの熱が冷めないように煽るだけだな」
いつもながら、計画を練っている時は腕が震えた。
「俺だけじゃダメなんだ───もっと人が……」
グスティは人を集めることが、この戦いを最良で終わらせる必要条件と考えていた。
彼が護身竜の村に単身で乗り込んだとして、相手があの攻撃を生き残った帝国兵だけならば、負けることはない。
しかしそこには、未知の敵も大勢存在する。そこでグスティのチート能力が十分に使える保証はないし、能力が使えたとして勝てる保証もない。想定通りに全てが進むと考えるのは、命を賭けるにしては楽観的過ぎた。
それに彼は常に他のチーターを警戒していた。
なんのガイドもなく連れてこられたこの世界で、この力を使えるのが本当に自分だけかは分からない。そして仮にもし存在するのだとしたら、相手もまた同じようにチーターを探しているはず。そうなった時に、後手に回るようなことは避けたかった。
「ファーストコンタクトになるとしたら、今回だろうな……」
表立って戦争の雰囲気が漂う中で、力を持つ者がその視察に来るという可能性は十二分に考えうる話だ。そうなった場合に備える必要があった。
そしてそんなチーターよりも、もっと気がかりであったのは、自分をこの世界に招いた住人。あの合成音声のような声の主が、自分の前にまた姿を現すかもしれないという点だ。
声の主がどういった目的で、自身をこの世界に招いたのか。グスティには検討がついていなかった。彼とも彼女とも言い難いアレは、確か『チートを使わせてあげる』と言っていた。アレらとの共通点はその程度のものだ。
かといって『チート』と言っても、この世界がゲームの世界でないことなど、グスティもとうに分かっている。
しかし、アレらにとってココはゲーム感覚に近い世界なのかも知れないとも同時に思っていた。天地創造など、アレらにとっては造作もないことだろう。グスティは、自らにこの力を与えた上位存在をそう評価していた。
「どっかで観測してると思うんだよなぁ……見方によっちゃあこの戦争、大きな“イベント”だ」
自らが招いた人間にチートを持たせるという行為は異常だ。この世界を滅茶苦茶にしてほしいのなら、もっと別の方法がある。
「あるいは俺を招いたのは邪神や悪魔の類か……」
などとグスティは妄想を膨らませる。彼らのいうチートが自分達と同じ意味を持つゲーム用語ならば、チートは『本来あるべきものを上書きし、改ざんする行為』だ。
アレらがそれを望んでいるとしたら、アレらがこの世界の創造主とは考え難い。
自分で作っておいて滅茶苦茶にする予定があるならば、それは『チート』ではなく『仕様』と呼ぶだろう。
わざわざチートと言うあたり、奴らが悪戯に、この世界のバランスを崩壊させるため自分を送りこんだとしかおもえなかった。
「そんな邪神みたいな存在でも、俺にとってはありがたい神様なんだけど───つーか、そもそもアレらって、認知できるのかさえも怪しいよな」
人間の視覚には映らないなんてこともあり得る。そもそも質量を必要とするのかさえ怪しい存在だ。
なにせ、アレらにとってエントロピーの増大とは些末な問題に過ぎないのだろうから。肉体なんてとっくに捨てていてもおかしくはない。
グスティは、コーヒーカップに注がれたコーヒーの量を増殖チートで増やしながらそう考える。
「こんな力を分け与えられるぐらいには、余裕があるってことだよな。アイツら何が目的なんだ……? 」
カップを傾けながら、心の中でそう呟く。そんな彼らが一体何が目的で、自分をこの世界に招いたのか、それが全く分からない。
グスティはかぶりを振った。
「これ以上考えるのはヨシておくか……」
これ以上の黙考は毒と考えた。そしてグスティは新聞をまた一枚捲る。
『モット卿、護身竜の村の民を「森人」と命名!協調路線の未来は?』
見出しにはそう書かれている内容が目に入り、前文に目を通していく。
「どれ……」
新聞の文章を目で追うにつれ、グスティの表情が徐々に曇って行った。そこには、悪い予想の一つが当たったことが記されていたからだ。
『モット卿、竜の巫女との交渉を経て帝国打倒へ。相互協力関係を結び、護身竜の民に「森人」と名付けられる。今後、侵略者から領地を守るための計画が進行中。領地防衛への期待が高まる見通し』
モット卿が護身竜の民を森人と名付けた、それはつまり「トーレッドでは、貴方達のことを名前で区別して扱います」と宣言したということだ。これはマズいことになった。
本来は○○村の出身者、くらいの緩い扱いで問題ない。
それを護身竜の民だけ『森人』と呼ぶのは、巫女様と護身竜の民をモット卿が快く思っていないという本音の裏付けだ。
護身竜の村の民の一員としてこれは看過できない。なるべく早い対策が望まれた。
グスティは溜息をつきながら新聞を折り畳み、窓の外を見やった。トーレッド祭に参加している護身竜の村の人々も、ちらほらと見える。全員端で手を叩いたり、周りに合わせたりと、この祭りの主役たちの邪魔をしていない。
それに彼らが問題行動を起こしているという話は、本泥棒を疑われて以来一度もなかった。
それに彼らの文化を尊重していた。それを如実に表しているものとして、主食だって変えたのだ。米を主食にしていた護身竜の民は、今やほとんどがパン食である。パンを食べるのなんて、移住してきた村長のモリオン婆さんぐらいだった。
護身竜の村の民は移住に寛容な民であるのは誰もが知るところだが、そんな彼らが逆に受け入れて貰えるというような都合のいい話はまだ出ていない。
彼らなりにトーレッドに馴染もうと必死に、彼らの文化を学んでいるところだった。だというのに、このむくわれ無さは一体なんだろう。
グスティに言いようのない無力感が襲ったのは言うまでもない。
「……それほどまでに、俺達は受け入れ難い存在なのかな」
護身竜の民——森人と呼ばれるようになった同胞は、今や見えない危険に直面している。今でこそ仮初の自由は当てられているものの、このまま時が経てばそれも出来なくなるかも知れない。
溝は深まり、なぜ嫌われているのかも謎なまま追放される。そんな未来をグスティは見た。
そして帝国軍の侵攻が予測される中、彼らが「協力」の名の下に利用されることになるのは明白なようにも思えた。
「自分達の土地は自分達で取り返せ」
という最もな理屈で、軍人でもないのに死地に背中を押される。そんな同胞の姿を見たくはなかった。
「本当に困ったことになったな……」
安易に単騎で護身竜の村にいる敵に戦いを挑むことも考えたが、それをするにも敵の情報がまだまだ足りない状態だった。
たとえどんな状況になったとしても、対応できるように対策を立てておく。今のグスティにはそうする以外に打てる手が無かった。
「偵察に防衛に……後は戦力強化に……敵の妨害工作か……? やれるだけやっておかないとな……」
軍部のお偉いさんたちの顔を思い出して、グスティは苦笑いしながら更にページを捲った。
次回:森人




