Alter.66 慰霊祭(後)
今日も古参マウントで酒が美味い。口には出さないものの、新たに獲得したファンたちを肴に、グスティは酒を飲む楽しみを覚えた。そしてそれを対面する席で見ていたのは、盗賊ギルドの頭領だ。
「変わった趣味だ……な……」
「旦那も誰かを応援してみれば分かる。推しを作るんだ。俺は初めての経験だったけど、なかなかイイもんだぜ」
「ほう……推しか……未知の概念だ……」
盗賊ギルドの頭領は、少し考えるように顎に手を当てる。彼の何でも受け入れようとするその姿勢に感心しつつ、グスティはまた杯を空にした。
今日はたまたまお互いの時間があったため、グスティは盗賊ギルドと食事会をしていた。メンバーは盗賊ギルドの頭領と、他の席に座って護衛についているギルドのメンバーたち。他の客は護衛を恐れて席を外してしまったため、実質二階は貸し切りのような状態になっていた。
「かなり申し訳ないな」
グスティはそう思いつつも、その原因を前にしては、おいそれとそんなことは言い出し辛かった。後で店の店主にはいくらか多めに金を包んで持っていこうと思いつつ、今は目の前にいる盗賊ギルドの頭領を労う。
何しろ頭領もまた、トーレッドを影で守った人間の一人だからだ。あの人災時、火事場泥棒がほとんどいなかったのは彼の功績だった。
彼のおかげで軍も火事場泥棒の取り締まりに時間を割かずに済んだのだ。これはもう、こちらとしては土
下座では済まないレベルで感謝しかない。
瓦礫の撤去作業などが日中にしかできない分、そういった犯罪者を構うのは必然的に夜になる。犯罪者の数が増えれば当然残業だ。サービス残業が出るくらいならば、たとえ盗賊ギルドにお金が流れたとしても、グスティは仕事のタスクを減らしたかった。
そして今回はそれが功を奏した形で、火事場泥棒は謎の暗殺者たちに一人残らず駆逐された。おかげで兵士たちは死体処理だけで仕事が済み、こうして休みを与えられる者までいる。善悪などを考える余裕はなかったため、グスティは彼らを労い、時間を空けて親交を深めていた。
「今回の一件、お前はモット卿に褒美として、勲章と謹慎を貰ったらしいが――間違いないか?」
そんな恩人である盗賊ギルドの頭領は、葉巻をふかしながら口角をわずかに上げる。滅多に笑うことのない彼だが、祭りの影響からか普段よりも表情がいくらか明るい。
「まあな。敵ゴーレムを壊滅させることには成功したんだが、オールウィット隊がやったのは持ち場を離れての独断専行だ。戦果は挙げたけど、言われたことをしなかった報いを受けたってことさ」
テロ終戦後、名前も知らない上官からこっぴどく怒られたというのに、グスティの顔にはまるで反省の色はなかった。それを面白がったのか、話を聞いている間、頭領の機嫌はずっといい。
「クックックックック………」
「そんなに面白い話だったか、これ?」
「いや………………お前のような男もいるのだと。そう思っただけだ」
頭領が興味を持ったのは、グスティのやり方だった。今回グスティは本泥棒の正体を白日の下に晒した。
無論グスティが黙っていれば、盗賊の類がやったことだとモット卿は市民に納得させることができたろう。しかし彼は、これが帝国の仕業であると公的に報告し、もみ消すことができないように触れ回った。
その結果モット卿は領民からの信用を失い、街中にまだ帝国兵が紛れ込んでいるのではないかという疑心暗鬼を生んだ。
モット卿は「無用な混乱を生み出すのはよせ」と言ったが、グスティはむしろそんな危機感のないトーレッドにこそ疑問を持った。
北の森では、既に砦を築かれ、帝国が侵略の足掛かりを作っているというのに、この都の人間で焦っているのは軍部とその周辺だけだ。
民衆が全員危機感を持たなければ、護身竜の村の時のようにあっという間にゴーレムが侵入してきて、都を蹂躙するだろう。
実際に自分が対処できなければ、テロで滅んでいた可能性すらあるトーレッドの民に、グスティは不安を抱いていた。こんな能天気な奴らと一緒にいて大丈夫かと。
「しょうがないさ。謹慎覚悟で暴露しないと、モット卿が全部飲み込んでなかったことにする気だったんだからよ。全く……せこい爺さんだ」
「話を訊くに、領主も今回の被害者なんだろう?内通者は見つかったのか?」
「いや。結局最後まで尻尾は出さなかったんだとさ。だからモット卿はこれからも、暗殺とかに震えて眠る夜を過ごすんだと。けどモット卿は言ってたぜ、『領主である以上、裏切りはつきもの』だってさ。器は本物だよ、あの爺さん」
自分が彼の立場ならば、怖くなって粛清を始めるかもしれない。そう思った時に、グスティはモット卿の器の大きさを感じた。隣人がアサシン、なんて笑えない状況が普通に起こりうる状況に身を置くなんて、普通は気が気でないだろう。
「あの歳まで生き永らえた悪運は確かにあるのだろう……。やつには黒い噂が絶えないが……我々にとって名君であることには変わりない」
頭領もまた、領主から裏で仕事を貰っている以上、死なれては困るビジネスパートナーである。二人とも何かと裏で領主と関わりがある以上、必要以上に領主を悪く言うことはない。
しかしそうでない者たちから見れば、モット卿は悪の領主そのものだろう。可愛らしいマシュマロボイスだからと言って、許されないことだってある。
ただグスティがモット卿について調べた結果、異端核保持者を人工的に作る研究には参加していないことが明らかになった。刺客として送られてきた少年兵のサーシャは、偽りの情報を掴まされここまでやってきたことになる。
モット卿は異端核保持者を作ってなどいない。これだけで、グスティは内心かなり穏やかな気持ちになっていた。居候先が悪の親玉でないと分かり、城のベッドでの寝心地が悪くなるのを避けられたからだ。
けれども完全に白かと言われればそうではなかった。モット卿の書斎で、異端核保持者の購入履歴が記載された手帳には、びっしりと日時と、どんな異端核保持者が取引されたかが記載されていた。
これはまごうことなき「アウト」である。
いずれ揺すりの道具として重宝するだろうと考えつつも、実際に手帳をどういった目的で使うかはまだ考えていなかった。外部に出ればモット卿の失脚は免れない代物である以上、迂闊に出すことはできない。
それに仮に今モット卿が失脚すれば、巫女もグスティも城で客人としての待遇は受けられなくなる。
それは困る。
彼は大勢の民衆の敵であっても、グスティにとっては命の恩人であり、家主であり、雇用主なのである。
どれだけ黒くても、自分たちを裏切らない限り、グスティにとってモット卿は味方なのだった。
「それにしてもモット卿は帝国の他に、内側にも大勢敵がいるみたいだな。あの人は異端核保持者を買う“顧客”だったわけだが、売り手の領主の情報は一切喋らなかったし……頭領は何か知ってるかい?」
他の客が聞いたら仰天しそうな会話を平気でするグスティに、苦笑いする盗賊ギルドの面々。口外無用と知りながらも、このような誰かに聞かれているかもしれない場所で話す内容ではないと、全員冷や汗をかいていた。
「……買い手が複数いるならば、取り合いになることもある。どんな手段でも品が欲しい場合は、買い手が他の取引先を潰すこともあり得るだろう……」
頭領だけは顔色一つ変えずに話に応じている。それに盗賊ギルドのメンバーは安心感を覚えながら、周りに盗み聞きをしている輩がいないか目を光らせている。
「ほほぅ。やっぱり同じシュヴァルツ諸侯同盟の領主が、外から圧力かけてんのは間違いないか」
「元は帝国から離反した外様が、身を寄せ合ってできた国だ。一度裏切った人間がまた裏切らないなどと、誰が保証できる……」
シュヴァルツ諸侯同盟に歴史あり、ということらしい。
グスティは周辺国家の成り立ちについてさほど関心はなかったが、少なからず今回の一件で、諸侯同士がそれほど仲が良くないということは漠然と掴めていた。
「んんー、なるほど。仲が悪いのは昨日今日の話じゃあないってことか。道理で身内には甘いわけだ」
モット卿は今回のテロで、持ち場を離れたトーレッド隊に謹慎処分を言い渡したものの、給料は通常通り支給された。
これではただ休みを貰っただけなのだが、彼の優しさは、外部に協力を望めない以上、身内の連携を強固にするしかないという打算的な一面もあるのだろう。
「いつ殺されてもおかしくない状況に身を置くって、結構精神が病みそうだな」
グスティは氷の入った酒を飲みながら、軽く軽食をつまむ。
「お前は違うのか?」
頭領の言葉にどう返事をするかとグスティは思案する。チートのおかげで、すれ違いざま刺殺されるということは、装甲チートで起こらない。
けれども罠に嵌められ溺死や落下死、食事に毒を盛られて毒殺などは十分に考えられる。悪意を向けられれば、十分に死ぬ可能性はあった。
「俺も保険をかけておくべきだよな……頭領は遺書とか書いてるのか?」
そう聞くと、普段は寡黙な頭領が酒を吹き出してしまい、部下に口を拭ってもらう事態に陥った。後ろの席に座っていた部下も、グスティの話をこっそり聞いていたのか、腹を抱えて大笑いしている。
「……いきなり何を言い出すかと思えば。盗賊ギルドの頭領が遺書だと?ありえん。笑いのネタにはなるかもしれんがな」
「そういうもんか」
多くの人を殺してからというもの、グスティは言いようのない恐怖が全身をねっとりと包み込んでいた。
彼らの家族に殺されはしないか、この食事に毒は混ぜられていないか。そんなことを考えて生活する時間が増えていたからだ。
そのためかグスティは「個体」である時間が極端に減り、常に分裂して生活することが増えていた。誰かが死んでも誰かが生き残れるように。グスティは個体ではなく、「複合体」として自分を見ていた。
それが果たして人の思考かと倫理観を問われればそれまでのことだったが、死への恐怖が彼をそう突き動かした結果だった。
そしてそれを知るのは、巫女とイナンナ、そして目の前に座る、この盗賊ギルドの頭領に限られている。
「……そう言えば、お前の兄弟はパレードに来ていないのか?」
兄弟というのは、他のグスティーズのことである。彼には理解しやすいように、たくさんの兄弟がいるという風にグスティは話していた。
「まあね。秘密の場所で作業中さ。あまり集まっていると意味がないからね。俺が見て、皆に感想を伝える係さ」
「そういうものか……」
そんな話をしていると、衛兵がバタバタと忙しなく酒場の二階に上がってくる。息は上がっているものの、制服を着崩すことはしていない。
「失礼します!グスティ・ウェン兵長でしょうか!」
衛兵はグスティを兵長と呼んだが、それに慣れないグスティは一瞬反応が遅れてしまう。
「…ああ、俺か!どうかしたか?」
「パレードに合わせて、武勲を上げられたオールウィット隊には写真撮影があると申しておりませんでしたか!急ぎ、兵舎へ向かってください!」
写真撮影、グスティの苦手とする行事だ。
前の世界のように、スマホでハイチーズとはいかない。写真撮影に使われるカメラは三脚に乗った大型のもので、フラッシュの光は容易に網膜を焼き、遅れてくる熱量は皮膚を焦がし、それに当てられ倒れる人間がいるほどだった。
「多忙だな……」
杯を傾ける頭領に、グスティは軽く会釈をすると席を立つ。
自分がいなければ、抜きで写真撮影が行われるだろうと甘い考えをしていたのが悪かった。衛兵の顔を見るに、草の根を掻き分けてでも、探しに来るつもりだったらしい。
「あんたほどでもないさ。―――それじゃあまた!」




