Alter.57 真夏の氷結
【今回の今北産業】
・ジョーカーと雷少女の衝突。
・演出チートの恐ろしい力。
・演出チートは世界に幻影をかける高級チート。
水路の奥ではフィオレッタと冷気を吐く模造品少女の戦いが始まっていた。
互いが得意とするフィールドである地下水路は、真夏の夜とは思えないほどに冷たい。そこはまさに氷獄、生者のまま立ち入ることを阻むように氷が世界を支配していた。
「私のオリジナルにまさかこんな場所で対面できるとはな、フフフッ……」
凍結少女は氷で作った槍を構え、激しくフィオレッタに突き込んでいた。この氷の世界であっても、彼女の内に燃える怒りの炎が消えることはない。アイススケートの要領で、地面を滑り接近する凍結少女を前に壁を作り抵抗することが精一杯のフィオレッタ。隔絶された実力差がそこにはあった。
「うそっ!? 」
余りの速さと力の強さに面喰ったフィオレッタは、想像を超える力で蹴り飛ばされ、きりもみ回転しながら弾き飛ばされる。
「私が……私こそが……! 選ばれるべきだった……! 」
怒りの慟哭と共に凍り付いた槍で、凍結少女はフィオレッタの全身をいたずらに突き刺す。フィオレッタは苦しみながら、紙一重で避けては逃げ迷っていた。
と言うのも、フィオレッタの持つ異端核の等級は十等級あるうちの七等級。氷の槍は愚か、冷気を形にするほどの高度な魔法を使用するには、まだまだ核との適合率も修練も足りない身の上だった。
だからこそ敵である彼女と戦いながら、フィオレッタは疑問に思っていた。
なぜ自分がここにいるのかと。先輩たちは夏季休暇を取っていて、自分は格上相手に必死になっている。同じ異端核保持者という立場であってこの差は何だろうと、今までの自分の行動を振り返らざるを得ない。
軍属かそうでないかは大きく分かれるところだ。軍属するメリットは、自己鍛錬や異端核保持者とのコネクションに国からの支援が受けられるという点にある。
その代わりにフリーと違い、いざ領地の有事とあれば駆けつけなければならないのが、軍属の異端核保持者の面倒な点と言える。しかしこの仕組みには問題があった。
途中でこの”シグマリア隊”という軍属の異端核保持者達が集まる隊は、ある日突然除隊できるのだ。
「私辞めます」で、その日に除隊できる。なぜそんな馬鹿げた制度になっているのか、フィオレッタの頭を悩ませる頭痛の種なのだが、そうなっているものは仕方がなかった。
そのため当然起こりえるのは、「ある程度実力つけたんで。後はフリーでやらせて貰いますね」という至極当然の異端核保持者達の行動だった。軍属するメリットを既に手に入れた彼女達にとって、軍と言うのはもはやただの枷でしかない。
こうして実力のある者から抜けていき、最後に軍に残るのはまだ青く才能のある新人と、残るべくして残った者達のみが残った結果、フィオレッタというギリギリ除隊するかしないか、という人間が死地に駆り出されるという事態に発展していた。
「私だって好きで選ばれたかったわけじゃない! 」
フィオレッタの紛れもない、心からの叫びだった。
シュヴァルツ諸侯同盟に生まれ落ちた少女は全て例外なく、異端核保持者としての適性を検査される。少しでも適合すれば、次は適合実験だ。同盟が所有する宿主のいない異端核と適合するか、そこでも振るいが行われる。
半端に適合すれば模造品という名の化物になり、適合すれば同盟の未来をしょって立つ英雄の仲間入りだ。
そして彼女はその英雄の卵に、図らずもなってしまった。多くのチャンスを得る代わりに、まっているのは死と隣り合わせの世界。それは彼女の望む者ではなかった。
「ふざけるなああああ!!」
凍結少女は咆哮を上げる。
「≪氷結≫!」
より一層激しさを増す冷気に世界が凍てつき静止した。
フィオレッタは自分と同じ魔法を、遥か高みにまで昇華させている凍結少女に慄いた。凍結少女がこれまでに並々ならぬ鍛錬を積んできていることが用意に想像出来たからだ。
だからこそ体が凍傷に蝕まれながらも魔法を行使する凍結少女の姿に、与えられた痛み以上の苦痛をフィオレッタは感じていた。
同じ異端核の実験を受けた者同士が、こうして苦しみながら敵として立ちはだかっている。それがフィオレッタにとって何よりの苦痛の素だった。
凍結少女の指は紫色を越えて黒ずみ、既に感覚すらも無い様子。攻撃しているのに、なぜか死にそうなのは凍結少女の方だ。
もう戦いたくない。
そんな思いを胸に戦っていたフィオレッタの胸に向けて、ついに凍結少女の凍てつく魔槍が突き刺さる。
「ア゛アァ!! 」
僅かな悲鳴と共にのけ反るフィオレッタ。刺された場所は氷つき、出血はしていないものの、全身が冷たくなっていく感覚を覚えた。血液が凍っていく、そんな恐怖が寒気となって全身を貫いた。
「私が死んだら……この子は自由になれるのかな」
フィオレッタは朦朧とする視界の中で、凍結少女のことを考える。その姿をみて、決死の覚悟でケルヒャーが間に割って入った。
「先輩しっかりしてください!! 」
入隊してまだ一年もたっていない、基礎魔法がやっとの新米が泣きながらフィオレッタを引きずり、敵から離れようとしている。その涙ぐましい新米の活躍に、凍結少女は無表情になりながら、第二の氷の魔槍を用意した。
「あぁ……! 今、私の全てが報われる!」
凍結少女は、疲労の滲む狂笑でケルヒャー二等兵に襲い掛かった。全てを終わらせる、そのために身に着けたこの魔法だ。
凍結少女は自らの手で、自分の夢の体現者を屠ることができることに喜びを感じていた。もはや嫉妬や羨望を越えた憧れに近い存在に手が届きうる、その実感。
世界に抗い、勝利の錦を飾ることができる嬉しさが彼女の全身に精気を吹き込むように循環する。もはや彼女は自分の指が崩れ落ちていることになど、興味すらなかった。
そしてまさにその一撃がケルヒャー二等兵に刺さろうとしていたその時、槍を持つ腕が何者かに突如として止められる。布越しに燃えるような真紅の双眸が、彼女を睨んでいた。
戦いを終えて合流した竜の巫女である。魔槍を握る腕を持つことで、竜の右腕は凍り付いて行くが、それをなんのそのと彼女は燃やす。驚愕の顔を見せた瞬間に、凍結少女の体は宙を待っていた。拳で殴られたのか、何か別の塊が衝突したのか分からない衝撃に、凍結少女の顔が苦痛に歪む。
「アンタ何してんの、死ぬ気? 」
巫女様は泣きじゃくるケルヒャー二等兵を無視して、フィオレッタに訊いた。一撃も外傷を与えたような形跡が見られないからだ。
「彼女は悪くないの。出来れば止めて上げてくれる? 」
そう言って自分は大丈夫だと、貫かれた胸を撫でてフィオレッタは笑顔を作った。
「敵の心配より自分の心配をしなさい。ジョーカー、いるわね」
「ええ。いますよ」
フィオレッタの背後の虚空から、汗だくのジョーカーがお面の内側の汗を拭きながら出てきた。
死体となった雷少女を外に運び終わった彼女は、地下水路からの巫女様の呼びかけに馳せ参じるべく、猛ダッシュでの帰還を終わらせた所だった。
「アンタの霧、この子に使ってあげて」
霧、というのは癒しの霧チートのことだ。その癒しの霧チートを使えるビショップは現在偶然にも地下水路の前に待機していた。
ビショップは全員の視界を見ながら、どこに行くべきか常にスタンバっていたのだ。
「かしこまりました。フィオレッタ、少しここから離れましょう」
そう言って、フィオレッタをお姫様抱っこしてまた走るジョーカー。そして少し振り返ると、ケルヒャー二等兵に「一緒にいらしてください」と言って走り出した。
「巫女様を置いて行くんですか!?」
背後から聞こえたケルヒャー二等兵の声に彼女は一度足を止める。そして狐のお面をカリカリと掻いて、
「貴女がいても、巫女様のお邪魔になるだけですよ」
と言って、ケルヒャー二等兵を手招きした。当然それを黙って見過ごすような凍結少女ではない。腹に重い一撃を食らい這いつくばった状態で、魔法を再度使用する。
「≪氷結≫!」
地下水路の水を氷の橋にしてその上を滑って、竜の巫女の頭上を越えようとする氷結少女。狙いはただ一人、瀕死のフィオレッタだ。
「アイツだけでもこの手で殺す! 」
殺気の籠った眼で追跡する氷結少女。しかし作られた橋を燃やされ落下してしまう。
そんな彼女の前に当然の如く業火を吐く番人が、当然のように糖煎坊を行っている。
「地獄行きの馬車が来てるわよ」
少し焦げたローブの端を気にする巫女様は、歯ぎしりをする凍結少女に向かって、まるで死神のような宣告を行う。
「そこを退け。恵まれたお前に私の気持ちは分からない」
「退く理由にはならないでしょ。……それに、アンタがどういう境遇か知らないけど。不幸自慢なら負ける気しないわよ」
次回:事情聴取




