Alter.50 亡霊の戦略
【今日の今北産業】
・ハンサムが活躍した。
・敵は少女?
・モット卿の様子がいつもと違ったような……。
一方その頃、アサシンは郊外から地下水路の中へと入って行くフェルの後を追跡していた。
「フェルもやっぱり悪いヤツなの? 」
という言葉が、アサシンの喉まで出かかる。
しかし彼女は不可視の存在。誰にも語り掛けず、ただフェルの動向を監視する観測者だ。声を出すことは愚か音を出すことすら許されない。ジッと堪え彼女の後ろについて歩いた。
フェルが地下水路を歩いて行くと、そこを通り過ぎる悪漢たちは礼儀を持って彼女に対応する。彼女はそれに軽く返事を返すと、地下水路にできた貯水槽で足を止める。
富裕層が使わなかった水がここに貯められ、新たに郊外へと流れる中間地点。そこには隠匿された小さな船着き場があった。
行方不明となっていた本が大量に小舟に乗って流れ着いており、それを一つずつ陸に上げては箱詰めしている者達がいる。ざっと数えて三十人弱、彼らが本泥棒。町の地下水路を使い本を上流から下流へ流していた犯人グループだった。
どうしてこんなことを?という疑問を胸に、アサシンは調査を続けていると、本泥棒の一人にボロボロの軍服を着ている者を発見する。
『……ヤバい、あの人』
アサシンが思わずコマンダーに視覚共有をしてしまうほどの衝撃を受けたその男身に着けていたのは、見間違えるはずもない、帝国の軍服だった。
『……どうやら悪い予感が当たったようだ』
コマンダーのため息が脳内に響く。男達が揚げている本は、主にゴーレムに関する専門書についての研究や日記だった。帝国がその記録をトーレッドが盗み出そうとしている、その現場にアサシンは居合わせていたのだ。
『このまま本が盗まれたら、技術が帝国に流出しちゃう』
同盟産のゴーレムには、規格化に関する知的財産が豊富に詰め込まれている。それが流出すれば、帝国のゴーレムはこれまで以上に強力な兵器として運用されてしまう。
『それは止める必要がある……しかしその数を相手にするのは流石にいくら透明でも危険か…? 』
万が一ということも考えて、コマンダーは思考加速を使って作戦を練る。
その間にも男達の作業は続いた。本の他にも設計図のような紙の束が木箱に梱包され、荷馬車に運搬されていく。厳重に保管されるべき大事な資料が盗まれてしまうほど、敵はトーレッド内部に深く潜りこんでいるようだった。
『もはや本泥棒、などと生易しい存在ではないな。ソイツらは帝国が先行して送り込んだ、技術流出と破壊工作を兼ねたスパイだ』
前々からその予測がついていたのか、それほど驚いた様子のないコマンダーと、事態のスケールの大きさに思わず息を飲むアサシン。
『監視を続けろ。作戦を練る』
コマンダーの冷静な言葉に安心を覚えた彼女は、今自分が出来ることに意識を割くことにする。
仲間と思わしき面々と合流したフェルは、仲間からフェリシア・デラクルスと呼ばれ、今回の騒動の主犯格であることが彼らの態度からも分かった。そして仲間の一人であろう、軍服を身に纏った壮年の男がフェルに近づいた。
「尾行はされていないか」
「それを許すほど、私がマヌケに見えますか? 」
「――フッ、ならいい。……陽動は上手く行ってる。暗殺分隊も平行して作戦行動中だ。そろそろ俺達も出る頃合いじゃないか。フェリシア」
「そう……ですね。各自ゴーレムを起動し最終チェックを。私達の最終目標は内側からの城壁の完全な破壊です。キャノンを持ったゴーレムを守るように、他ゴーレムは陣形を組んでください」
地下水路の奥には、眼を光らせる帝国産ゴーレムの姿が足を折ってズラリと並んでいた。まるで指揮官が帰って来るのを心待ちにしていたかのような平服に、アサシンは息を飲む。
「モット卿の腹心を一人、金で寝返らせることが出来たのが大きかったですな。フェリシア殿」
初老の男が帝国式の敬礼をして、フェリシアを迎え入れる。
「ええ。まさか帝国が賄賂を用意してくれるなんて、思いもしなかったけど。おかげで根回しが随分簡単に出来たわ。……モット卿は何が起きたのか理解出来ないまま死んだでしょうね」
すると横から顔に傷のある男が下卑た笑みを浮かべながら、
「ザマぁない。まあヤツも自分が捨てた失敗作に殺されるんだ。本望だろうぜ」
と言って嘲った。
失敗作という言葉に引っ掛かりを覚えつつも、アサシンはその場から離れて、奥で待機しているゴーレム達を見て回った。どれも帝国産のゴーレムで、統一感のない複雑な構造が目立つ。
そんなゴーレムをトーレッドの検問が見落とすワケがない。とすると考えられるのは、検閲の汚職か、それとも長期的にパーツを分解して仕入れていたかのどちらかだろう。
本泥棒は突発的に行われた犯行ではなく、長期的に練って考えられた作戦の一端のようだった。
「さあ、計画は最終段階に入りました。皆さん、早くトーレッドから引き上げる準備を終え、この忌々しい地から脱出しましょう」
フェルことフェリシアが着々と号令をとばしていく姿を見て、アサシンは少し寂しい気持ちになる。下っ端どころかちゃんとリーダー格だということをしり、無理やり働かされているという線も消えてしまった今、残った選択肢は一つだけだった。
「なんで私を裏切るようなことをするの…? もう殺すしかなくなっちゃったじゃん」と、アサシンは心の中で悲しみの涙を流す。そんな彼女の心中をおもんぱかったのか、コマンダーはアサシンにターゲットの殺害を止めるように言った。
『些細なミスも許されぬ場だ。殺しは許さん』
『……ありがとう』
自らの手にかけなくていいと分かり洩れた、彼女からの安堵の言葉だった。それに叱咤を入れるように、コマンダーは続けた。
『それと技術が流出するぐらいなら、全て燃やすことも視野に入れて行動しろ。悟られるな、見つかるな、全ては闇の中で終わらせるのだ』
コマンダーの言葉に、アサシンは種火になりそうなランタンの灯りを瞳に映す。
壁と机の上など様々な場所に設置されたランタンは、割って木箱に投げ入れれば、後は炎が全てを飲み込むだろうことは容易に想像出来た。
しかしそれは別のグスティーズから待ったの声がかかる。
『あの、申し訳ありません。私の意見としては、それは大事な書物です。ゴーレムに関する資料ともなれば規格化やカスタマイズ性に関する知見が多く得られるでしょう。火を使った処理は最終手段にして頂けませんか』
腰が低いクラフトが嘆願するようにアサシンに申し出た。
『クラフト、貴様は帝国に技術が流出する恐れがあることを理解しているのか? 潜在的な危険性を潰しておくのが先決だ。アサシン、考えている暇はないように思えるが? 』
コマンダーの冷徹な声も聞こえてくる。どちらの意見もアサシンには理解出来た。しかしアサシンが下した決断はもっと別のものだった。
『私は待ってみる。ていうか私抜きで頭の中で会話しないで。ムカつくから』
ぷんぷん怒りながらも、アサシンは冷静に状況が自分に好転するまで待ってみることにした。
次回:鍵の行方




