Alter.37 置き手紙
【本日六回目の今北産業】
・月収金貨五百枚、年収金貨六千万枚の女。
・実は金貨1万枚の価値がある女。
・詐欺にあった田舎娘。
「良い知らせをしようと思ったら悪い知らせになってしまったわね…そして次の話もわるい話……」
酷く落ち込む巫女様。浮かれていた分、落差は大きかった。
「泣きっ面にハチというワケだな。はっはっはっ」
男よりも漢らしい乙女イナンナは快活に笑った。
彼女なりの励ましだが、今の巫女様には効果がないようだ……。
「少しはフォローしようとか、そういう気はないワケ? 」
巫女様の言葉にスンッとすると、イナンナはベッドの上で正座をする。
「……さ、巫女様お話下さい。私もそろそろ付き合うのが面倒になって来ました」
「ハッ倒すわよ? 」
残念ながらたとえフォローを入れて貰ったとしても、竜の巫女が立ち直るには、しばらくの時間を要したであろうことは、イナンナの眼から見て明らかだった。
「…あ、そうだ。イナンナ。このことアイツに話すの止めない? 」
「は? 格安契約の話をですか? ちょっと意味が分かりません。というよりも聞かれるでしょう。ふつう」
急に真顔になるイナンナ。別に金貨の額などを気にする男ではないだろうと彼女は思っていたが、竜の巫女が考えていることはもっと幼稚なことだった。
「いや、だって…アイツが知ったらからかって来そうだし…今からでもアイツのほくそ笑む顔が浮かぶようなのよ。きっと、『大丈夫、巫女様仕方ないですよ。次同じ目にあった時に気づきましょう。ね? 』
とか心にもないこと言って、薄ら笑いを浮かべるのよ。アイツなら」
「心こもった本心じゃないでしょうか」
「とにかく、もう一秒たりともアイツがアタシのことを考えている時間をなくしたいの。いっそ頭を打ってアタシの記憶だけ、頭の中から消してくれないかしら…」
「巫女様のグスティ嫌いも病的ですね。良いヤツじゃないですか。村の皆のために粉骨砕身で働いて、アタシに気を使って夜には酒をコッソリ持ってきたりもしてくれたり…」
「…酒? 」
「っと…口のリハビリがまだ途中だったのを忘れていました。たまに変なことを口走るようになって大変ですね、全く」
金属製のポットから液体を注ぎ入れつつ、それを口に入れるイナンナ。そこからふぅー、と酒気を帯びた吐息をつくので、巫女様は呆れて少しの間何も言えなかった。
「怒って良いのか心配して良いのか分からないラインで会話するの止めてくれる? 」
「まあとにかくグスティは良いヤツですよ。邪見にしたら可哀想です」
「ったく…いつの間にアイツに買収されたの? 」
「実は村にいた時からずっと…っとこれ以上はグスティが可哀そうだな、やめておきましょう。私も彼に嫌われたくはないですからね。ハッハッハッ」
わざとらしく口元を抑えるイナンナに、青筋を浮かべる竜の巫女。イナンナに対する怒りではなくコレは―――
「アイツ…アタシの周りをうろちょろしてると思ったら、裏でイナンナを酒で買収してたなんて……ほんとろくでなしね」
という、グスティに向けられたものだった。
「フフッ…、彼の小賢しいところは結構気に入っていますがね。しかしそう言うのもほどほどにしておきましょう」
「確かにアイツの悪口を言っていたら、それだけで本が作れてしまうわね。…さてと、悪い報告ね」
竜の巫女は本泥棒のこと、そしてそのメンバーの中に護身竜の村の人間がいるのではという噂があること
をイナンナに話した。
「――正体不明の本泥棒に、我々の村の人間が…あり得ない、と言うことは有り得ないでしょうね」
「やっぱりアタシが直接出向くべきよね? 」
「いえ、外へ出ることはお控え下さい。御身は護衛も無しに出歩いていい立場の人間ではありません」
「じゃあ誰が…って、なんでイナンナが靴を履いているワケ? 」
「……歩けるようになりましたから、リハビリに情報収集にスラムの方へ行ってみようかと。皆も私ならば情報を開示してくれるでしょう」
「ダメに決まってるでしょ」
イナンナが靴を履いて立ち上がったところを竜の巫女は止めた。
「なに、男の一人や二人、こんな体でもどうにかしてみせます」
「絶対にダメ。行くならアタシもついて行くわ」
「……ならば書置きをしていきましょう。彼が帰ってきて何も情報が無いようでは困るでしょうから」
イナンナはペンを持ってミミズの這ったような字を書き始めたので、竜の巫女はペンを取り上げて「何を書くの?」とため息交じりに聞いた。
リハビリ中の彼女にとって、字を書くことはまだまだハードルの高い技で、素直にそれに従い口を開いた。
「ではそうですね、初めに巫女様が五百枚で契約したことから書きますか」
「えーと…本泥棒のところからねー…」
すらすらと達筆な字で書き進める巫女様。迷いはなかった。
「詳細な情報は彼の安心材料にもなると思いますが」
イナンナからのツッコミもなんのその。
「事件に関係ないことから書き始めてどうすんのよ」
「もしかしたらこれも関係が…」
「ないわよ」
ペン立てにペンを差し込むと、竜の巫女は席を立ちあがった。




