Alter.36 巫女の価値
【五回目の今北産業】
・魔導小切手入手。
・異端核保持者は、自主的に戦争への参加が期待される。
・本泥棒が出たらしい。
「帰ったわ」
竜の巫女は病室に入ると、帽子を取ってきょろきょろと部屋の中を見渡す。
「おかえり。グスティはもう仕事に行ったぞ」
イナンナはクスリと笑いながら、柔軟運動をしている。それを聞いた巫女様はムスッとした表情で、
「…アイツのことなんてどうでも良いわ。それより良い情報と悪い情報、どっちから聞きたい? 」
と早々に話題を切り替えた。
「では良い情報から、お聞かせ願いますか」
モット卿との話し合いが無事に終わったことがイナンナにとって何よりも良い情報だったが、竜の巫女が袖から魔導小切手を取り出した途端、その表情は安堵から少しの焦りに変わっていった。
「それは魔導小切手! まさかもう発行していたとは……ずいぶんと手が早いな」
「イナンナは知ってるの? コレに数字を書いたら、お金がタダで毎月手に入るのよ。なにかの罠だろうって警戒してはいるけれど、今のところその気配は感じられなくて」
ヒラヒラと少し自慢げに魔導小切手の紙束をヒラヒラとさせる竜の巫女。騙されてお札に罠が仕掛けられているのではと、時より確認しながらも、その顔は予期せぬ収入に綻んでいる。
「ちなみにどの程度引き出せるとモット卿は仰っていました? 」
「金貨500枚。フッ……毎月豪邸が立つ額でしょ? 」
そう聞くと、イナンナはリハビリ中の体で頭を抱えて唸った。それはもう、『やっぱりついて行けばよかった』と全身で表すように。
「なに…500枚じゃ不安? 戦うにしたって兵士一人に払うお金にしては上出来でしょ? 」
「いえ巫女様……伝え忘れていた私の落ち度です。――――良いですか巫女様。貴女の括りは兵士じゃない。異端核保持者は戦況をひっくり返す戦術兵器なのです。それが立った金貨500枚って…あの白狸、随分と安い買い物をしましたね。今頃ホクホク顔でしょう」
「恐ろしくて聞くのも憚れるのだけれど…ちなみに、ホントはどのくらいとれたワケ…? 」
心配そうな顔で巫女様が聞くと、イナンナは指を一本立てた。
「金貨千枚!? 」
ポカーンと口を開ける竜の巫女に追い打ちをかけるようにイナンナは、「いえ……金貨1万枚」
と、無念そうに握り拳を作った。
当然それを聞いた竜の巫女は、脱いだ帽子を手から落とした。
竜の巫女にとって金貨と言うだけで、縁遠い存在だった。金貨より下の貨幣である銀貨でさえ、生贄になる前のせめてもの贅沢として与えられていた代物。田舎者には見る機会すら早々に巡って来るものではないものが、金貨だった。
「金貨って、銀貨16枚分でしょ? それで銀貨一枚が生贄になる時に渡されたお金だから…」
竜の巫女のエメラルドグリーンの瞳孔がパチパチとそろばんを弾く。しかしその思考を先読みするかのように、
「金貨1万枚を生贄16万回分と考えるのは止めておいた方がいいぞ。ザバーニャ」
とイナンナは答え、彼女は項垂れることとなった。
「……生贄になるより普通に働いた方が皆のためになるのね」
一枚あれば二週間は寝食に困らない、そんな最上級硬貨の金貨がさらに1万枚。目が回りそうな途方もない額だ。
「それはまた、お金に代えられない大事なお勤めです巫女様」
「…まさか、異端核を持ってるだけでそんなにお金が貰えるなんて知らないわよ」
ベッドに倒れ込んで足をバタバタとさせるザバーニャ。巫女の務めなどこの時ばかりは完全に忘れ、ただ詐欺にあった恥ずかしさと後悔に足をばたつかせる一人の女がそこにはいた。
金貨五百枚であんなに喜んでいたのに、自分の価値が1万枚と知ると途端に後悔する辺り、村の復興資金の他にも相当欲しいモノがあった事が窺える。
「友人として教えられることでよければ、もう遅いかも知れんが…お聞きになられますか」
イナンナはベッドの上で体を動かしながら、枕に顔を埋めるザバーニャの方を向く。すると、無言で枕に顔を埋めたまま彼女はコクリと頷いた。
「えーでは……異端核保持者の価値はよく船と結び付けられます。普通の異端核であれば、中型船の建造費ぐらいが相場と言われているが…ザバーニャはまだ世界に一つとない超巨大豪華客船とお考え下さい」
追い打ちをかけるような言葉に、竜の巫女はより深く沈むが、バッと顔を上げてこの話の問題点についてイナンナに問いただす。
「でもそんな金貨1万枚なんて、連合の金庫にあるワケ? 」
歴史的な城とまではいかないものの、小規模な城ぐらいなら建設することができる金額を、個人にポンッと出すことなど、竜の巫女には考えられなかった。
だから彼女はイナンナが物を知らない自分をからかうために話を盛ったのだと、そう決めつけて、それを最後の心の拠り所にしていた。
そんな彼女の姿を見て、イナンナは少し考えを巡らせ、ハァーとため息をつく。
そして意を決して、外の兵士に聞こえないようにイナンナは竜の巫女に耳打ちをした。
「…あまり大きな声では言えませんが、その『魔導小切手』というものは、いうなれば軍票のようなものですから、いくらでも刷ることが出来るんですよ。……ですから、実際に連合の金庫から金貨が動くことはなく、ただ利用したという記録だけが残るんです」
「それってお金の価値がゴミになったりしない? 」
巫女様はインフレという概念は知らないが、それに近い何かを感じ取りイナンナに伝える。
「それが不思議なことにならないらしいのだ。私もよく知らんが、………そうだ、グスティならもっと詳しいかも知れないぞ」
そう言って少し笑うイナンナ。楽しそうにグスティのことを話す彼女を見て、竜の巫女は心に少しモヤッとしたなにかが生まれる。
「アイツに聞くぐらいならもう良いわ」
「やれやれ…グスティが聞いたら泣くぞ? 」
自分の命の恩人でもある彼が、なぜこれほど竜の巫女から嫌われているのか、イナンナは不思議でならなかった。
「一度ぐらい泣かせてみたいものだけど。……泣いた様子はあるのに、ちっとも泣き顔を見せはしないの、あれ何なのかしら。アイツのプライド? そんなプライド、目の前で叩き割ってやりたいけど……」
「いざとなったら呆気なく泣きそうな気もしますが…どうでしょう。それはそうと、悪い知らせというのもそろそろ聞いておきたいですが」
巫女様と言われて、ザバーニャも一旦お金の事は忘れ別件の話をすることにした。




