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殺戮のメサイア  作者: 星島新吾
第一章中編:護身竜の村奪還作戦【本泥棒編】

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Alter.35 ケルヒャー二等兵

【四回目の今北産業】

・イナンナはリハビリに、グスティは仕事へ。

・イナンナ「いざとなったら、その剣で…! 」

・巫女様が一人でモット卿の下へ。



――こうして階段を上り三階の客間へ向かう兵士と竜の巫女。


ジリジリと熱い熱風がたまに廊下に吹き込むと、城の中は地獄の釜茹でのように蒸しあがり、城内勤務の兵士達の体力を奪っていた。


もちろんこの世界にクールビズの概念などないため、夏場に倒れる兵士は後を絶たなかった。そんな中でも竜の巫女を案内する兵士は快活で、横を歩く彼女に話しかけた。


「お元気そうで何よりです」


「……ああ」


兵士の言葉に端的に返事をする竜の巫女。村の外の人間と会話するのは、生まれてこの方、片手で数えられるほど。謎の緊張感が竜の巫女の言葉を詰まらせていた。


病室でイナンナとグスティが平穏無事を祈る念仏が聞こえてくるようである。


「覚えておいでですか? 私、貴女をゴーレムから降ろした時に一緒だったんです」


「…さあ」


「そ、そうですよね……すいません。あの、私ケルヒャーと申します。ここのシグマリア部隊の隊員なんですよ」


「…そう」


ケルヒャー二等兵は、日差しを受けた小麦色の肌と、肩までの黒髪が特徴的だった。彼女の目は明るい緑色で、活気に満ちた表情を浮かべている。


身長体格ともに平均より少し下だが、たまに意識して背伸びをして歩いているのを、巫女様は横から見て窮屈そうだと思いながら前を向いて歩く。


対照的に巫女様は普段グスティから子ども扱いされてはいるものの、身長も同じ年の子に比べれば高い方だった。つまり普段の彼の言動がおかしいだけである。


そして巫女様は巫女様で、彼女の背伸びに何かを言えるほど精神状態が安定しているわけでもなかった。


というのも、巫女様は布で隠れた顔の裏側で少し混乱していたのだ。女の子同士で、普段通りの会話をすればいいだけなのに、どうしてこんなにも難しいのかと。


田舎に籠っていた自分の内弁慶ぶりが憎かった。


自分から何か話しかけなければと、考えた末に出た言葉が、「強いの? 」だった。


挑発ともとれる言葉に、言ったそばから後悔していたが、ケルヒャー二等兵にはそれで十分なパスだった。


「ええ~、どうですかね。今度ご一緒に訓練が出来たらその時にお見せできるかも知れません! あっ、歳も近そうですし、私のことはケルヒャーと呼んでくださいね。竜の巫女様! 」


「……」


ケルヒャーと呼ぼうとして、言葉に詰まる竜の巫女。誰かの名前を呼ぶとはこんなにも大変だったかと首を傾げた。


「…すいません、実はちょっと年上だったりしましたかね? 私これでもニ十四なんですけど…」


年齢の開示に一瞬足を止める竜の巫女。まさかの年上に、さらに対応が分からなくなる。


「…アンタの方が年上」


「あ、そうなんですね。巫女様ってとても落ち着いてて、大人の女性って感じがするから、ちょっと憧れちゃいます」


「…別に」


そんなケルヒャーの下手なおべっかにも、気をよくする竜の巫女。都会っ子のペースに完全に乗せられている田舎っ子だったが、そんな会話もすぐに扉の前で終わってしまう。


「あぁ、もうついてしまいましたね。中で既にハッグハグ・モット卿がお待ちです。入りましょうか」


「……何か気をつけることはある? 」


「ありませんよ?ただの髭のお爺ちゃんですから」


ケルヒャーが扉の前でそう言うと、「聞こえておるぞ」と部屋の奥からマシュマロみたいな柔らかいお爺さんの声が返って来る。薄い扉の前でするような話ではなかった。



「竜の巫女とその護衛、入ります」


案内の兵士が扉を開けると、椅子に座ったハッグハグ・モット卿がよっこらせと、席から立ち上がるところだった。


「うむ、よく来た。竜の巫女よ」


優雅に染みついた貴族の礼をとるハッグハグ・モット卿。


白い髭を立派に蓄えたふくよかな体の老人を見た竜の巫女は、『白毛の狸…?』と、内心思いつつその心は、布に隠れて相手には伝わらない。


竜の巫女は無言で一礼して席に座り、ケルヒャー二等兵は扉の前に立った。


「ご機嫌いかがかな? 」


「…まあまあ」


「何か不手際がなかっただろうか? なにか不便があれば、なるべく城のものに対応させるが」


「十分」


竜の巫女の端的な言葉にモット卿は目じりを下げて喜ぶ。その目は孫を見るお爺さんのように穏やかな目だった。


「それはよかった。では早速本題に入らせて頂くが、よろしいかな? 」


コクリと巫女が頷くと、モット卿は手を上げて使用人にシルバートレイを持ってこさせる。そうして運び込まれたのは、硬い素材で出来た紙束だった。


長方形の紙束の色は黒く、同時に運ばれてきた黒いペンで何かを描くためのものと巫女は推測する。


「…コレは?」


紙束から一枚切り取って、黒い紙をパタパタとさせる竜の巫女。透かして見ると、中には緻密な魔術関連の刻印がされてあるのが分かる。彼女は魔術というものが何かは知らないが、この黒い紙がそう言った類のものであることは何となくわかった。


「それは、異端核保持者(ルグズコアホルダー)に配られるシュヴァルツ諸侯同盟領でのみ使用可能な、『魔導小切手』というものだ。限度額は月に金貨五百枚。使えば同盟の金庫から支払われる」


「そんなお金一体どこから…」


金貨五百枚、毎月帝都に邸が買えるほどの金額をポンッと渡され困惑する竜の巫女。それがハッグハグ・モット卿から彼女へ向けられる期待の表れとも見て取れた。


グスティがこの場にいれば、「スポンサー契約みたいなもんだな」と言っていたことだろう。


「ご不満か? 」


「タダじゃねぇだろ……」


布越しに竜の巫女の赤い瞳が、穏やかな顔のモット卿に向けられる。


「異端核保持者にはあくまでも、“自主的”に、戦争に協力をして貰っている。竜の巫女、貴女にもぜひ協力して貰いたい。特に護身竜の村を奪還するまでは」


モット卿の提案に、竜の巫女は少しの間黙る。


内心では、無茶な要求をされなかったため、とてもホッとしていて、ほとんどタダで金貨五百枚を毎月使えるということに浮かれていた。


これだけの資金があれば、村の復興をしてもさらにお釣りがくるほどだ。


自分が買いたかった服や、本や、メイク道具や、肉や、馬でさえも、もし余れば買えるかも知れないと、年頃の隠れた欲求が見え隠れする。


お爺ちゃんから思いもよらぬお年玉を貰った子供のように、彼女の内心は大変乱れていた。


しかしそんな顔色をモット卿は、布越しに確認することは出来ない。


彼はただ竜の巫女が布越しに、コチラの心を見透かされているのではないかと戦慄することしか出来なかった。


そして心の中でしばらく喜んだ後、竜の巫女は静に言葉を発する。


「……アタシもアイツらにはちょっと借りがあるから。いいよ。協力する」


爆発しそうな喜びを飲み込みつつ、あくまで冷静に神秘的ともいえる彼女のその立ち振る舞いに、ハッグハグ・モット卿は貴族らしからぬ頭を下げての感謝をする。


貴族が頭を下げるということはつまりハッグハグ・モット卿の領地全ての人間が彼女に頭を下げたことと同義であるため、この一礼は一瞬のことだが、重要な意味があった。


「それは有難い。最も完成形に近い異端核を持つと噂の貴女だ。正直この交渉ではうまくいかないかと冷や汗を掻いていたのだよ。ホッホッホッ…あ、いや失礼」


夏の暑さのせいか、それとも緊迫状態が解けたことによる安堵によるものか、額に落ちる汗をハンカチで拭うモット卿。


「もしよろしければ、近いうちにうちのシグマリア隊に実力の一端を見せて貰うことは可能だろうか。きっと彼女達も心強い味方が出来たことを喜ぶと思う」


「別に構わないけど…」


そんな二人の会話が続く中、廊下を走る何者かの音が聞こえてくる。モット卿はその音に眉をひそめた。大事な話し合いの最中に割って入ってきたことに不快感を示していた。


「急報です! 」


「今でなければならんかね? 」


冷静を装ったつもりのモット卿の声は、普段のマシュマロがホットマシュマロになる程度には怒気を孕んでいた。


「例の図書館の亡霊の尻尾がつかめました! 」


「なに!? どこの手のものだ」


「スラムを隠れ家に持つ盗賊ギルドのようです。噂では護身竜の村の人間を取り込みその規模を大きくしていると…」


そう言い終わる前に、兵士は席に座る竜の巫女を見て口を抑えた。しかし時すでに遅し。


「……アタシの民がなんだって? 」


竜の巫女の前でする話ではなかった。


「どうやら情報が錯そうしているようだな。竜の巫女よ。しばし私に時間を頂きたい。よろしいですかな」


客人を前に恥をかかされたモット卿は耳を赤くして、咳払いをする。微妙な空気になったことを竜の巫女も察して、「……分かった」とだけ言うと席を立つ。


竜の巫女が廊下を出てしばらく経つと、廊下にマシュマロボイスで怒声が響き渡った。彼女はそれを利かぬふりをして、病室へと戻り情報を集めることにした。


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