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殺戮のメサイア  作者: 星島新吾
第一章中編:護身竜の村奪還作戦【本泥棒編】

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Alter.32 責任と重圧

久しぶりの投稿。十二連打、始めます。

【十二連打一回目の今北産業】

・イナンナリハビリ中。

・イナンナは集会を開くことを決める。

・巫女様は民をまとめ上げなければならない。

                         陽煌の節 8/13 23:00

                シュヴァルツ諸侯同盟領 北の都市トーレッド

                    ハッグハグ・モット卿の城 図書館





誰もが寝静まった、深く濃い夜だった。


グスティはランタンを手に、かすかな光が漏れる扉へと歩みを進める。その扉の向こうに広がるのは、城内の図書館だ。ハッグハグ・モット卿の城に併設された三階建ての巨大な図書館は、貴族や学者、異端核保持者だけが利用を許され、一般人の立ち入りは固く禁じられていた。


活版印刷が普及して間もないこの世界では、書物は未だ高級品であり、貴族の専有物。ゆえに、盗難の対象にもなりやすかったのである。


そんな、選ばれし者のみが入場を許される城内図書館の空気はひんやりと冷たく、古びた紙独特の匂いが、奥深くから漂ってくる。壁一面に並ぶ本の背表紙は、薄暗いランタンの光にわずかに照らされ、揺れる影が不気味な表情を浮かべた。


静寂の中、時折聞こえるのは、本が擦れる微かな音だけ。そんな空間で、既読本の山を築きながら、ランタンの灯りの下で一心に本を読む、まだあどけなさの残る一人の女がいた。


左手で繊細にページをめくりながら、大きな竜の右手は机の下にだらりと投げ出されている。アーモンドのように細長い虹彩は、深い赤色に輝き、左から右へと文字を目で追っていた。たまに、二重になった瞼のうち、内側の透明な膜のような瞼が瞬き、目に潤いをもたらす。


竜の巫女は考えていた。

これから先、民をどう導き、自分自身はどうあるべきか。

考えれば考えるほど、悩みの種は尽きない。

そして、その蝋燭に照らされる影がもう一つ、床に伸びる。


「巫女さん」


「……………」


グスティの声にもまるで反応しない彼女は、集中してページをめくり続けている。彼はその邪魔をすまいと、既に読み終えられたであろう積み上げられた本を、静かに片付け始めた。


しばらく、そんな二人の時間が流れた頃、ハッと顔を上げた彼女が、ようやくグスティの存在に気づいた。


「……お前か」


朱に染まった瞳が、グスティを真正面から捕らえた。


その喋り方は、以前村で聞いた彼女の声と重なる。グスティは直感した。今の彼女は、村で話していたあの巫女様だ。トーレッドに来てからというもの、巫女様はまるで別人のように大人しかったため、今の彼女が、妙に懐かしく思えた。


「また夜更けまで勉強してんのか? 」


「……チッ」


「巫女様は立派だよ。でも、余り根を詰めすぎるのも体に良くないぞ。それとも今いいところなのか? 」


「別に何か正解があるわけじゃない……そういうもんだろうが」


竜の巫女は、深いため息を吐く。


「……そうだよな。村の人々に合った選択を考える、ムッズイことしてるよ。巫女様は」


「……うるさい。あっち行け」


「 少し息抜きでもどうだ? そろそろ煮詰まってきた頃だろう」


パタン、と竜の巫女は分厚い帝王学の本を閉じ、目頭を強く押さえる。


かなり迷走している様子だった。


彼女の長く伸びた角がまた少し小さくなり、深いエメラルドグリーンの虹彩に変化すると、その瞳をグスティに向け、隣の椅子を指し示した。


「アンタに聞きたいんだけど」


グスティは「おう」とだけ答え、椅子に腰を下ろす。


二つの影が、闇夜の図書館に静かに並び立った。辺りに人の気配はなく、ただ外から、フクロウのホーホーという鳴き声が聞こえるだけ。北の都市トーレッドは、深く眠りについていた。


「護身竜の民は、何に困ってるの? 衣食住が満たされているとは言わなくても、最低限度暮らしていける分は、アンタが確保してるんでしょ? 」


ここでふざけて、「皆は愛に飢えています、巫女様」などと口にしたら、今後口をきいてもらえなくなることは確実だろう。グスティは一瞬、密かにそんな妄想を抱き、すぐさまその考えを頭から振り払った。


「ああ……そうだな。確保してるって言っても、それは俺がただ渡してるだけに過ぎない。それで生活してるって言うのは違うだろ? 皆、元の生活に戻りたいんだ」


現状は、釣りの仕方を知っている者に、釣り場を教えず魚を与えているような、不健全な状態だ。このままでは、民の精神が堕落するのも時間の問題であることは間違いない。だからこそ、村を失った人々には、部外者であるグスティの援助ではなく、巫女様からの力強い号令が何よりも必要だった。


「それはアタシも分かってる。……けど畜産とか狩猟とか、ここじゃ無理でしょ。――代わりの仕事をアタシが割り振るべきなのに……」


しばらく思い悩んだのだろう、疲労の色が巫女様の顔にありありと浮かんでいた。


「どんな仕事を任せたらいいか分からない、か。この都市で仕事を貰おうにも、市民権がない難民相手じゃ、仕事もさせてもらえないよな」


トーレッドで生まれ育った者ならともかく、外部から来た村の人間に市民権がないのは当然のことだった。市民権とは、本来、どこの馬の骨とも知らないこのような部外者を排斥するために存在するのだから。


「そういうこと……本に書いてあるのは志とか、個人の体験ばっかりで、アタシの役割に近いことをした人って、ほとんどいないのよね」


「竜の巫女と似た役職と言えば、格は違うが国王とか、貴族とか、そういう人間が書いた書物なんかを見れば、答えが手に入りそうだ。そこら辺は読んだか?」


「アタシの役職に近いのが貴族……? 」


「皆をまとめて導く、という点じゃあ、貴族だろうさ。だから帝王学なんて読んでたんじゃないのか? 」


「これは……何となく」


竜の巫女は本に手を置いて、隠すようにグスティから本を遠ざける。


「役に立たなかった? 」


「……実践的な内容じゃなかったわ。アタシはもっとこう、『難民が生き残る10の方法』とかって本が読みたいのに」


「あるわけないだろ、そんな本。もしあったら、一ページ目の煽り文は『郷に入っては郷に従え』だよ」


「分かってる……ハァ……」


竜の巫女は顔を伏せ、再び深いため息をついた。目の前の本には確かに多くの知識が詰まっているが、それが現実にどれほどの力を持つのか、疑問符が拭えなかった。


「一人で悩まずに、臣下に考えさせるのも、上に立つ者の務めだと愚考しますが?」


「……アンタを臣下にした覚えはないんだけど?」


「俺はともかく、イナンナに話を聞いてみたりしても良いってことだよ」


「……イナンナは毎日リハビリメニューで忙しいから、邪魔しちゃダメ」


「なるほど……それじゃあ、俺から進言よろしいですか?」


「独り言なら好きにすれば」


「個人でやれる仕事と、複数でやる仕事ってあるだろ? 例えば家を建てたり、新しい施設を建てたり。

そういう仕事の起点になるのは、やっぱりトップの役目だと思わないか?」


「皆で大きな一つの仕事をするって話?」


グスティは頷く。人それぞれに仕事を割り振るという考えは、あくまで一般人の視点に過ぎない。村の長を代理で務める竜の巫女の力ならば、民をまとめ上げ、大きな仕事を動かすこともできるだろうと、グスティは考えていた。


「例えば、これから武器の需要なんて跳ね上がるだろ? だから――」


「武器職人なんて、村にはいないわよ」


釘を刺すように、竜の巫女は鋭く言葉を切った。


「いやいや、そうじゃなくて、武器を作るのに必要な金属を――」


「鉱夫は、この都市じゃ大事な仕事でしょ。難民である私達に任せてもらえるような仕事じゃないわ」


さらに食ってかかる竜の巫女。彼女なりにこの三日間、色々と考えていたことが分かり、グスティは少し嬉しくなった。


「ああ、その通りだ。それに、もしその仕事を仮にとれたとしても、他の鉱夫の仕事を奪うようなものだから、必ず暴動が起きるだろう。『護身竜の村の人間が俺たちの仕事を奪ったぞー!』ってな感じで」


「……それじゃあ、もっと状況が悪くなるじゃない」


「ああ。だから、仕事にするなら供給がなるべく少ないところが良い。例えば、掘るのに必要な滑車に使うロープや、鉱石を入れる『桶』の需要は、自然と高まるんじゃないか?」


「そんな材料なんて、ないわよ」


「そこはほら、最初は素材を提供できるから。作って売るってなったら、村全員分の仕事はできそうじゃないか? 」


「結局、アンタ頼りになるのね……」


「もちろん、俺に頼るのが嫌なら、村人が自発的に外に出て探索して見つけるって方法もある。北は帝国の兵士がまだ残ってるから危ないが、南に行けば森がある。(つる)や桶の材料になりそうな物を探して調達することができれば、俺がいなくても回せるだろう」


「南の森……ふーん」


立ち上がった竜の巫女は、大きく伸びをした。彼女がこの話を始めて、やっと顔を明るくさせるのを見て、どうやら解決方法の糸口が見つかったようだと、グスティもその成長を喜び、ほっと安堵の息を吐いた。

次回:図書館の影






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