Alter2.異世界
【今日の今北産業】
仕事帰りにゲーム漁りをしていた彼は、雑多に詰められたワゴンから埃をかぶったR4を見つける。
帰宅後R4の中に入って謎のゲームを起動すると、突如として聞こえてきた正体不明の声に導かれ、ゲームのようなファンタジー世界に転移してしまう。しかも転移した先はなぜか竜の背中だった。
―しばらくして。
「う…うへぁ……」
竜が守る金銀財宝の上で彼は、仰向けになった状態で倒れていた。竜は長旅のせいか疲れて眠っているらしく、彼はその邪魔をしないよう、竜の巣から天井を見上げるのだった。
夢にしては駄作もいいところ。早めの起床が望まれる。そうは思うも、一向に冷める気のない夢に、少しずつ適応していっている自分の心が怖かった。
「つーか、なんだよ。チートって。使う前に死ぬとこだったわ」
そうぼやくと、申し訳なさそうにチートモードのゲームUIが眼前に広がった。VRゲームをしているような感覚になるが、昨今のVRよりも質は良さげに思える。
試しに殺戮チートというものがあったので、適応してみると、すぐに別のタブが開かれ、自分のパラメーターらしき表記の一部がマックスの9999になったのが目に入った。
―――下らねぇ…。
そう思いつつも、グッと堪えて竜に手をついて起き上がると、派手な9999!!!という、赤いダメージエフェクトの後に竜はフゥーと息を吐いて、そのまま眠るように絶命してしまう。
攻撃意志の確認すらなく触れるモノ全てを殺す手に驚き、すぐに殺戮チートを切った。パラメーターは元の値に戻ったが、死んだ竜はもう目覚めそうにない。
「まだ…暖かい」
少しの時間とはいえ傍にいた生物を殺してしまったことに、彼は少し気分が沈む。しかし、災難はまだ彼に降り注いだ。
いきなり派手な音と、頭上から弾けるように降り注ぐ大量の金貨。演出にしたって当たれば怪我では済まされない。
彼は頭を抱えてその場から避難するように巣の端へと走り逃げた。
「…絶対に初期リスバグってるだろ。やっぱ海賊版掴まされたか…」
辺りに歩いて出られそうな場所は見当たらない。一面には竜の食べ残した死体があるばかりで、酷い異臭が鼻を突く。その臭いがここはゲームの世界ではないと彼に教えているようだったが、彼がその事実を受け止めるのにはもうしばらくの時間を要した。
「んんー…まあ、竜の巣だし…人間様が出られるようには作られてないか」
高い天井を仰ぎ彼は呟く。竜の巣は尿瓶のような形の巣で、急な斜面を登らなければ出入り出来ないように作られていた。
竜のように飛べるならそれも問題ないが、ネズミ捕りのようになっているこの巣から人間が脱出することはそう容易なことではない。
しかしココなら外敵に怯えることなく状況の整理が出来る。彼はそう気持ちを切り替えようとしたが、今度はグーとお腹の方が鳴っていた。餓死が手招きをしているようだった。
「なにか生き残る術があるはずだ。考えろ…俺」
焦る気持ちを抑えつつ、状況の打開を考えているうちに、彼はコレがゲームで言うところのチュートリアルなのではないかという考えに到る。そして答えは、チートに答えがあるのではないかという推測を立てた。
チートが前提のゲームだとは考えられないが、チートというぐらいだからゲームに役立つシステムを用意してくれているはず。そんな心が彼の指を自然に動かしていた。
「物は試しだ……食べ物チートとかくれ! 」
グ○メテーブルかけのようなモノを期待していた彼の眼前に、
[Welcome to A.W.C.S]
という文字が浮かぶ。そして数秒のロードを挟むと、再び別のUIが眼前に現れる。
「誰だよ、このUIフォント考えたヤツ……センス良すぎかよ」
チートモードを呼び出し、UIからリスト参照を選ぶ。
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【アナタが使えるチート】
・殺戮チート・装甲チート・増殖チート・拡縮チート ▽
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「四つか。どれか一つでもゲームは十分台無しに出来そうなぐらいオーバーパワーだけど…食欲を満たせそうなものはないか…」
そう思ってリストを下にスクロールすると、灰色の文字で、まだ使えないチートがまるで国語辞典のごとく大量にあった。
沢山文字があると閉じてしまう病にかかっている彼は、すぐさまその文章の波に圧倒され、その国語辞典を閉じる。
「三行以上の文章は読めないぞ…」
スクロールは閉じたものの、依然として使えるチートは殺戮チートの他に三つあった。この状況で使えそうなモノといったら…。
「拡縮チートってなんだ」
第四のチート、拡縮チートを彼は選択した。試しに近くに落ちている骨を拾って、拡縮チートを使うと、比率はそのままに骨は大きくなった。
詳しく調べてみると、中身も同じように増量していることが分かった。
「あらら…中身までぎっしり。ト○ポかよ。 てか、不足分どっから持ってきた」
そんな寂しく独り言を呟きながら、自分に向けて拡縮チートを使おうとしたところで手が止まる。
「ん…まてよ、質量も増えるならでっかくなったら自重で潰れるくね? 」
彼は少し冷静になってチートと向き合うことにした。とにもかくにもここから安全に出なければならない。人智を越えたチートの力、下手をすればその力に振り回されて自滅することも考えられる。
今の自分が本当に使えるチートは何なのか、改めて考えることにした。
「というか、他のチートってどうやったら使えるようになんだろ。レベルアップとか? 」
調べていくうちに、それがどうやらショップで購入できるらしいということに気づいたのは、それから数十分後のことだった。
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【本日のA.W.C.Sショップ】 現在使用TP 105 TP
・インビジブルチート 500 TP
・翻訳チート 1,000 TP
・加速チート 5,000 TP
・テレポートチート 10,000 TP
・必中チート 100M TP
・時間遡行チート 1billion TP
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「あるじゃん。ていうか、『本日の』ってことはこれ日替わりなのね…」
そしてまたUIを色々と触って行くにつれて、そのTPと表記されたポイントの取得方法が明記された文章を発見する。
「TP:チートポイントは、生物の殺傷か、人々とのコミュニケーションやお願いを聞くことで溜まる。また、一方ばかりに偏っていると倍率が高くなり、ポイントの取得量が増額される…ふーん」
彼の中に天使と悪魔が現れたのは言うまでもない。
天使は「人々のお願いを聞くのです」と囁き、悪魔曰く「全員所詮NPC。ゲームなんだから、全員ぶっ殺してスッキリしてしまえ」と。
どちらも楽しそうだとは思いつつ、今の状況でポイントの取得をすることは難しそうであることも理解出来た。
次回 脱出