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乱数世界の魔法使い  作者: 秋月真鳥
魔女と弟子
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アディラリアと双子の魔女  3

「うちの可愛いお嬢さんと番犬クンを苛めないでくれるかい?」

 後ろから抱き締めるようにしてアディラリアが両肩に触れたのに、リィザは安堵して座り込みそうになる。アディラリアの細い両腕はリィザの体を意外にしっかりと支えてくれた。

「アディ、久しぶりね」

 片頬を歪めつつ、とても旧友との邂逅を楽しむ風情ではないリンフィス。その姿を見てアディラリアは笑い出す。

「相変わらず物凄い格好をしてるね」

 言われて自分のことかと、ラージェが尖った耳をしゅんと垂れさせた。アディラリアの横を通って言ってしまおうとするルインの髪を、アディラリアは無造作に掴んで引き止める。

「ここにいるんだよ。君のしたことの結果を聞かなきゃいけない」

「あんたは……」

 憎々しげに灰色の目をぎらつかせるルインに、アディラリアは涼しい顔でリンフィスを見た。リンフィスがパールピンクに塗られた唇の両端を吊り上げる。


「そう、そして、アディ、あなたの放り出したことの結果よ、これが」


 断罪するように突きつけられた指先すらも、アディラリアは笑顔で受け入れた。庭を取り巻く柵を挟んで、リンフィスとアディラリアは見つめ合う。

 少女趣味の格好と少女じみた容貌のリンフィスと、大人びた落ち着いた格好と容貌のアディラリア。

「薄ら寒い笑みを消しなさい!不愉快よ!」

 柵を越えて手を伸ばそうとして、何かに阻まれてリンフィスは手を引く。アディラリアが張り巡らせる結界は、リンフィスと言えども気軽に越えることはできなかった。

「サウスは何を企んでいるんだ?」

 問いかけるラージェに、アディラリアは微かに笑んだまま目を伏せる。

「中途半端な思いで友人を利用するような男じゃない、彼は」

 エルグヴィドーと並んでサウスと仲が良かったラージェは、髭を動かしながら真面目な表情で告げた。


 エルグヴィドーとサウス。

 ラージェとリンフィスの双子。

 アディラリアとゼルランディア。

 ティーとウェディー。


 『星の舟』の同じ学年で突出した才能を持っていた魔法使い達。

 サウスは最初、アディラリアを手に入れ、エルグヴィドーと深い繋がりを得ようとした。しかし、アートの存在によってそれは打ち崩され、次にサウスはゼルランディアに求婚したがそれも拒まれ、その後に口説いたリンフィスはレイサラス家から申し入れがあってエルグヴィドーの婚約者となってしまい……。


「彼は、探していたんじゃないのか、子どもの生める魔法使いを」


 核心を突くラージェの一言に、アディラリアは否定も肯定もせずただ悲しげに長い睫毛を伏せる。その胸倉をルインが掴み上げた。

「どういうことだよ?ゼルランディアは、何に巻き込まれてるんだ?」

「それは、私も是非是非聞きたいわ」

 ルインの鬼気迫る声を、リンフィスが後押しする。

「サウスからティーに何度も申し入れが来ている。キエラザイト帝国を訪ねろと」

 ラージェも問い詰める目をしてアディラリアを見るが、アディラリアは誰の目も見ていなかった。


 『星の舟』で生を受けた類稀な魔法使い、ティーは、一度も地上へ降りたことがない。その正真正銘の箱入り魔法使いを、地上へ引き摺り下ろして、サウスが何をしようとしているのか。

 その理由を、アディラリアは知っていた。

 けれど、それはまだ口に出すべき時期ではない。

 たった一人、大陸の全てを敵に回しても、誰に後ろ指を差されても、一つのことを成し遂げようとしているサウスの意志が、何を言っても今更揺らぐ気はしなかった。


「近い内に、私もキエラザイト帝国を訪ねる……そして、あの男の駒になるよ」


 こちらへ来いと、あの褐色の腕が招く。

 それを拒む理由が、アディラリアにはもうなかった。


「なぜ、あの男に堕ちるの?エルグヴィドーがどんなにあなたを守ろうとしているか、分からないの?」

 責める口調のリンフィスに、アディラリアは苦笑する。

「エルグは君と婚姻を結ぶんだ。君を守るための剣となり、盾となるんだ」

「エルグヴィドーがどれだけあなたを愛してるか、分からないの?」

 最早呆れた表情になるリンフィスに、アディラリアはきっぱりと首を振った。


「分からない。一生手に入らない男の囁く愛など、分かってたまるか」


 ぞわりと、紫の光沢を持つ銀色の髪がのたうつ。それが毛先から漆黒に変わっていくのを見て、ルインは息を飲み飛び退った。アディラリアの目の端が吊り上がり、柔らかく優美な曲線を描く体付きが、硬く鋭利なものへと変わっていく。

「それで、俺に何をしろと?飛べと?今すぐにか?今すぐに飛んで、あの男の喉笛食い千切ってやればいいわけか?」

 皮肉な笑みを浮かべながら、片手で呪文を描き始めたアディラリア……アートの体から、青い光がシャツを透けて漏れ始めた。それは、アートの上半身にびっしりと描かれた呪詛が発動していることを意味する。

「アート!アートだわ!」

 飛び上がらんばかりに喜ぶリンフィスに、アートは筋張った片腕を伸べた。リンフィスは躊躇いなくそれを取る。

 ふわりと豪奢なスカートが翻り、リンフィスは柵を飛び越えて庭の中に入り込んでいた。それを確認してラージェも柵を飛び越える。

「会いたかった……相変わらず格好いいのね」

 先程までの冷ややかな態度を一変させて、アートの腕の中でうっとりと甘く囁くリンフィスに、アートはため息を付いた。

「会いたかったって……さっきまで話してたじゃないか」

「違うわ。さっきのはアディ。あなたはアートだもの。アディは嫌いよ。澄ましてて、正論ばかり。アートは違うわ」

 乱雑に頭を掻くアートに、リンフィスは目を細める。

「詳しいことを、教えてはくれないのか?」

 姉とは対照的に、先程とは違う懐疑的な目を向けるラージェに、アートは短く息を吐いた。


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