魔族の本音~コンフォート・パニック2~
(…………はっ!? いつの間にか場所が変わっているわ。魔術?)
サビーナはきょろきょろとあたりを見回した。
落ち着いた雰囲気の応接間のような部屋。
その中央に置かれたソファで、ルシアンの隣に寄り添っていた。
低いテーブルを挟んで対面に座るスタッフが、ルシアンと話し込んでいる。
実は魔術でもなんでもなく、思考停止した状態でルシアンに付き従ってきただけなのだが。サビーナは一瞬で移動したのかと勘違いした。
「サビーナ? どうしたの?」
「……いえ」
隣から顔を覗き込まれ、慌てて俯く。
ルシアンが顔を戻すとスタッフがテーブルに並べた紙を指差した。
「こちらはいかがでしょうか。お客様のエレガントな空気感をよく引き立たせると思います」
「うーん。それもいいけど、これも捨てがたいな」
「はい。このイリュージョンも、素朴な温かみとラグジュアリー感がほどよく調和していると好評で……」
(???)
話についていけないサビーナに気付いたルシアンが、紙を一枚手渡してくる。
そこには色鮮やかな風景が映っていた。これはサンプルらしい。
「イリュージョンを背景にして写真を撮るんだ。サビーナはどれがいい?」
「イリュージョン写真……ルシアン様をお撮りするのですね」
「もちろん、僕たち二人一緒に写るんだよ」
「わ、私も!?」
普通、イリュージョンの術は写真に収めることができない。
特殊で高度な技術が使われているのだろう。一枚撮るのにも、それ相応の値段がするはずだ。
そもそも主人の隣に並んで写真に写るなど、恐れ多いように思う。
慌てふためくのを見たルシアンが、不思議そうに小首を傾げた。
「普段の恰好も僕は好きだけどね。今日は特別きれいだよ。記念に撮っておきたいんだけど、だめかな?」
「っ!? あの……、ですが……っ! 私にはそんなの分不相応です。だって私はただの、ルシアン様の使い――」
また思考停止しそうになるのを必死に堪え、言いつのろうとした時。
急にルシアンが立ち上がった。それからサビーナに向き直ると手を差し出す。
なにか無言の圧力を感じ、その手をとって席を立つと。ルシアンが笑顔でスタッフに振り返った。
「写真は次の機会にするよ。帰る時までにサンプルをまとめておいて」
「かしこまりました」
ごく自然に肩を抱かれ、部屋を出ていくルシアンに、サビーナは使い魔らしく粛々と従った。
~*~*~*~
入口側とは反対方向に廊下を進んでいく。
すると明るい日差しの差し込む広い空間に出た。
天井がガラス張りになっていて、青空がそのまま見える。
広間をぐるりと囲むように、様々な植物が植えられていた。この地域には珍しい植物が多い。だが温室よりは、まるで雰囲気の良い公園のようだ。
よく見るといくつか置かれたベンチには、仲良く寄り添う男女がいる。
さらに床が芝生になった一角では、レジャーシートの上に弁当を広げ、楽しそうに会話する男女もいた。
本当に公園のように使える空間らしい。
(ここって……いわゆるデートスポット、なのかしら)
だが何故そんな場所に連れてこられたのかが分からない。
――というよりも。今までのルシアンの言動を解釈しようとすると、何か大きな勘違いに行きつく気がして……。
サビーナは心の中で思いきり頭を振って、浮かびかけた考えを否定した。
バルコニー風になっている場所で階下の景色を眺めていると。少し先から歓声が聴こえてきた。
「結婚式をしているみたいだ。行ってみようか」
(結婚式!? 本当に一体どういう施設なの??)
疑問に思いつつ、またルシアンのエスコートを受けエスカレーターを降りる。
植物の多い空間を抜けた先には、人が集まっていた。
近付いて人の輪の中心を覗くと、ちょうど若い新郎新婦が一緒に長いナイフを持ち、巨大なケーキにそれを差し入れるところだった。
「イミテーションケーキ、っていうらしいね」
「え……?」
何段も重ねて、人の倍ほどの高さになったケーキをルシアンが指差す。
本物のケーキはナイフを入れる一部だけで、他の装飾的な部分は模造品なのだそうだ。
カットしたケーキを順番に食べさせあう二人をしばらく眺めてから、サビーナに振り向く。
「あの新婦は魔族だけど、新郎は別の種族だよ」
「そうなんですか。珍しいですね」
「言うなればこれはイミテーションウェディング、かな」
「……? どういうことですか?」
異種族婚をする魔族もいる。
仲睦まじく微笑みあうカップルを内心、感動的な気分で見守っていたサビーナが、隣の呟きに首を傾げると。
「サビーナにはもっと、魔族を知ってもらわないとね」
そう言ってエメラルドの瞳を細める。
自分がもうすぐ結婚するという現実を、一度も思い出すことのないまま。
心のうちが全く読めない造りものめいた微笑みに捕らえられ、どこか恐怖を感じながらも、サビーナはそれを知りたいと思った。