魔族の本音~コンフォート・パニック1~
召喚術の光が収まり、両手を揃えて立つサビーナの姿を確認したルシアンが目をみはる。
「おはようございます、ルシアン様」
何も言わずに見つめてくるルシアンに、サビーナは平静を保ってお辞儀をした。
だがいつまで待っても挨拶は返ってこない。
おそるおそる顔を上げると、
「今日は休暇になったんだ。サビーナと一緒に行きたい場所があるんだけど、付き合ってくれるよね?」
屈託のない笑顔を向けられ、戸惑いながらもサビーナは頷いた。
~*~*~*~
魔術を使って一瞬で移動した先は、洗練された街並みの中にある、閑静な通りに面した大きな建物の前だった。
(ここってたぶん、王都の中心あたりだわ)
あたりを見回すサビーナを、ルシアンが自動で開いた扉の中へと促す。
高級感漂うエントランスホールの奥にある受付カウンターへ進むと、中にいた黒服が深く頭を下げる。
少しすると奥の部屋から一人の男が出てきて、ルシアンに一礼した。
「シャグリー様。ようこそお越しくださいました」
「最近、魔族の間で話題になっているからね。休日は予約でいっぱいのようだから、時間を作るために休日返上で働いてしまった」
「それは大変光栄です。ぜひ心ゆくまでおくつろぎくださいませ。……ところでそちらのお方は……?」
男が探るような視線を向ける。
肩に手を置き、ルシアンがサビーナを引き寄せた。
「僕のプライベートを支えてくれている、かけがえのないパートナーだよ」
(な、なんかすごく誤解を招きそうな言い方……!?)
家政使い魔とは通じそうにない表現だが、なぜか相手は得心した顔になった。
「さようでございますか。ではそのように取り計らいます」
「ああ。よろしく」
男の案内で二階へ続く階段まで来ると、ステップが流れるように動きだす。魔力で動くエスカレーターだ。
サビーナが普段行くような場所にこういったものは設置されていない。
ルシアンが微笑み、慣れないサビーナの手をとる。
ルシアンのエスコートに恐縮しながら二階へ降り立つと、二人を待つ男の隣には黒服の女が立っていた。
「こちらへどうぞ」
サビーナだけを連れて廊下を進み、やや奥まったところにある部屋に入る。
中は広いウォークインクローゼットになっていた。
整然と並ぶたくさんの服や小物は、横目に見ただけで高級品だと分かる。
黒服の女が振り返り、サビーナを上から下まで眺めた。何かに気付いたような顔のあと、笑顔を向ける。
「そのスカートをメインにコーディネートいたしますね」
そう言って手早くあたりからいくつかの服を取ると、サビーナに渡してカーテンのついた空間へ誘導した。
仕方なく渡された服に着替え、用意された靴に履き替える。
次は奥にある化粧台に座らされた。
一つにまとめていただけの髪をほどかれ、髪の一部を編みこんだ優雅なアレンジが終わると、うすく化粧を施される。
買ったばかりのブルーグレーのスカート、そしてペンダントだけを残し、あっという間にサビーナは頭からつま先まで、変身魔術さながらの変貌を遂げていた。
スカートと合わせたブルーグレーのブラウスに、柔らかいフォルムで上品な光沢のある黒のジャケット。足元は繊細な黒のパンプス。アクセサリーはペンダントを引き立てるものをほんの少しだけ。
どれもサビーナには縁のない、高級ブランドのものだった。
鏡の中には庶民の娘ではなく、気品漂う淑女がいる。
魔族のご令嬢、と紹介されれば誰もが納得するだろう。
(これ、私? ……どうしてこんなことになってるの??)
まったく状況が理解できないサビーナが黒服の女と共に戻ると、ルシアンが一度大きく目をみはり、片手で口元を押さえた。
「……どうしよう。もう取り乱しそうだ……」
「シャグリー様。お気持ちはお察しいたしますが、本来の目的をお忘れなきよう……」
(……? 本来の目的?)
声をひそめて言う男に軽く頷いてみせ、ルシアンが視線を隣へ向ける。
「何も言わなくても意をくんで仕事をしてくれる、優秀なスタッフがいるんだね。完璧だよ」
「もったいないお言葉です」
褒められた黒服の女が嬉しそうに頭を下げた。
それから頭の中が疑問符だらけのサビーナの前に立ち、
「とてもきれいだ。今日は最高の思い出が作れそうだよ」
蕩けるような笑顔を浮かべると、ルシアンがサビーナの片手をとり、その甲に口づけた。
(――――っっ!!!????)
「シャグリー様、くれぐれも……!」
「こちらのサービスをご理解いただいたのなら、あとはお客様のご意思にお任せしてはいかがかと。というかたぶん聞いていらっしゃいません」
また何やら忠告しかけた男を部下の女が制する。
そんな外野のやり取りを聞き流し、美しく装ったサビーナをうっとりと見つめるルシアン。
思考を停止させたサビーナは、ただ呆然と固まることしかできなかった。