表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/64

不器用な婚約者


 バサっ。


 背後から聴こえた音に振り返る。

 開放感のある喫茶店のテラス席。その一角の床に、こぢんまりとした花束が落ちていた。


 落とし主がサビーナを見つめて立ち尽くす。

 それから勢いよくサビーナの前にひざまずくと片手をとり、自分の両手で握りしめた。


「今日もなんて可愛いんだ……! こんな天使と婚約しているなんて、現実の話とは思えない。僕はいつの間にか死んでいたのか!?」

「お、落ち着いてください、オーギュスさん」

「ごめん無理!! トロールは気がたかぶると小一時間くらい余裕で自作のポエムを朗読できる種族だから!!」

「それオーギュスさん特有の癖では……?」


 周囲からクスクスとさざ波のような笑いが生まれる。

 我に返って手を放し、俯いてテーブルの向かい側まで来たあと、慌てて花束を拾いに戻って婚約者にそれを押し付ける。

 お礼を言うサビーナに、オーギュスが恥ずかしそうな笑顔を返した。


「え、あの人トロール系? 見えなくない?」

「ださい服とぼさぼさの髪をなんとかすれば、案外アリかもね。まぁトロールのセンスだとそれも難しいのかな~」


(聞こえてるわよ。……私はもっと、いかにもトロールらしい見た目でもよかったんだけどな)


 隣の席の女性客たちが小声で言う合うのに、サビーナは心でそう返した。

 トロールと呼ばれるいくつかの種族は、一般的に容姿が醜いとされる。だが婚約者のオーギュスはよく見れば整った顔立ちで、手足もすらりとしていた。


 もし結婚相手を自分で選ぶなら、ルシアンとかけ離れた容姿がいいと思っていた。その方が夢と現実のコントラストがはっきりしていい。


「自分で言うのも恥ずかしいんですけど……、親にもよく“お前は本当に取り替え子なんじゃないか”って言われます」


 隣の話題が運ばれてきた料理に移った頃、オーギュスが苦笑した。


 オーギュスはチェンジリングトロール族だそうだ。


 この種族は癖も強いが、“取り替え子”という伝統を持つことで有名だった。

 他種族の子をさらってくる代わりに、自分の子を置いていく。

 相手の親が取り替えられたことに気付き、トロールの子を虐待したら報復する。

 逆に自分の子のように大事にすれば、さらった子を返し、お詫びの食料や宝物などを渡すのだ。


 さすがに現代でその風習を実行するのは禁止され、形式的な伝統行事だけが残っている。


「どこかでペアレンタルフェアリーの血が入ったようで。先祖返りというやつですかね」


 他種族が混ざっても基本的にトロールの血の方が強く出るから、残念ながらトロールらしくないのは見た目だけだけど。と続ける。

 ペアレンタルフェアリーは愛らしい童顔が特徴の種族だ。報われない境遇の者を魔術で手助けしたがる癖を持つといわれる。


「通っていた学校に、その種族の友達がいましたよ」

「そうなんですね。やっぱり面倒見がよかったり、お節介焼きだったり?」

「うーん。普段は大人しいんですけど。クラスでいじめみたいなことが起こった時は、怒っていじめっこを魔術でカボチャに変えてしまって……」

「それは素晴らしい癖の持ち主だ! 僕の学校にもいてほしかったです」


 お互いの学生時代の話でしばらく盛り上がったあと、自分の腕時計を見たオーギュスが「あっ」と声を上げた。


「どうしたんですか?」

「……この近くの公園で、今日は大道イリュージョンをやるそうなんです。人気があると聞いたから、席を予約しておいたのに……」


 がっくり肩を落とす。すでに芸が始まっている時間だが、話に夢中で忘れていたようだ。

 予約席とは単に最前列を確保するものらしい。誰でも無料で見られる芸だ、予約した者が来なければそのぶん見物人が前につめる。


「まだ始まったばかりなんですよね? それなら今から行ってみましょう」

「でも人だかりの後ろからで、見えるかな……」

「イリュージョン魔術はけっこう広い空間を使いますし、きっと大丈夫ですよ」


 店員を呼び止め、頼んだ飲み物の会計を済ませると手早く荷物をまとめる。

 席を立つサビーナを見上げて、オーギュスが髪と同じハシバミ色の瞳を潤ませながら微笑んだ。


「ありがとう、サビーナさん。本当に僕にはもったいない婚約者です」



   ~*~*~*~



「すごかったなぁ~! あんなに感動的なイリュージョンは見たことない! 大作映画を一本見たような気分だ!」


 歩きながら興奮気味に語るオーギュスに、サビーナも笑顔で頷いた。


「本当ですね。まさか最後は術者本人がイリュージョンの世界に閉じ込められてしまうなんて。レインボーシーホースの海の情景も素敵でした」

「いつかあんな綺麗な海へ旅行に行きたいですね。……そのためにも早くフリーターを卒業しないと。いっそ本物の取り替え子だったらよかったな……」

 自分の言葉にため息をつき、地面を見る。


 チェンジリングトロールはなぜ子供を取り替えるのか。どうやら本人たちにも祖先の行動の理由はわからないらしい。


 トロール族はただでさえ粗暴さが目につく種族だが、気がたかぶると周りが見えなくなってしまう者が多い。

 そうした逆上癖を直すため、他種族の子を観察して自分たちとの違いを学び、優れた部分を取り入れようとしたのではないか、という説が有力のようだ。

 なんにせよ様々な種族の中でも一、二を争うほど癖の強い者達だ。


 さらにトロール族は、使い魔になるのを嫌がる傾向がある。特に魔族とは契約したがらない。もっとも魔族の方からお断りすることが圧倒的に多いのだが……。


 つまるところ、トロール族は就職に苦労しやすい種族なのだった。


(だけどオーギュスさんは粗暴ではないわ。ちょっと気分の上下が激しいところはあるし、うっかりミスもあるようだけど。むしろ心がこまやかというか、繊細というか。トロールらしい性格にも見えないのよね)


 本人は“トロールだから”うまくいかないと思い込んでいるようだが。

 サビーナは内心で、オーギュスに足りないのは自分への自信なのではないかと思っている。


「ゆっくりでいいんじゃないでしょうか。いつかオーギュスさんの良さをわかってくれる、相性のいい職場が見つかると思います」

「サビーナさん……」


 オーギュスが俯いていた顔を上げ、瞳を輝かせる。


「今、思い付いた愛のポエムを叫んでもいいかな!?」

「それはちょっと恥ずかしいので……」


 賑わいのある大通りを歩きながら、またテンションが上がりかけたオーギュスをやんわりと止めたサビーナは、一軒の店の前で思わず足を止めた。

 ショーウィンドウのマネキンの着こなしは、カジュアルでありながら品のよさもある。手頃な価格が売りの、主に女性向けの衣服店だ。


「あの……少し中を覗いてもいいですか?」

「もちろんですよ」


 店は若い女性客でごった返していた。圧倒されたオーギュスが壁際に避難する。


 悩んだ末サビーナは、ブルーグレーの地に優美な植物柄のロングスカート、上品なオフホワイトのシャツワンピース、それと相性のいい淡いグリーンのサマーカーディガンを選んだ。


 オーギュスが支払おうとするのを断り、自分の財布を出す。


「可愛い婚約者の服くらい、僕に買わせてください」

「だめです。それにこれは……、ただの普段着ですから」

「でも、その素敵なワンピースを着た姿はぜひ見たい! 見れば就活もうまくいきそうな気がします!!」


 会計を済ませて店を出る。

 懇願するオーギュスに、根負けしたサビーナは笑顔を作った。


「わかりました。次、お会いする時に着ていきますね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ