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ご主人様は豹変す


 魔族は少し特殊な種族だ。


 安定した魔力を持ち、魔術に長ける。

 他種族よりもやや寿命が長く、比較的容姿の整った者が多い。


 個人差はあるが、魔族特有の癖、と呼ばれるものはない。

 これといった癖がないのが特徴ともいえるだろうか。


 古くから国の要職に就く者が多く、国王である現魔王も魔族だ。

 他種族には精神的に安定しているように見られ、尊敬を集めやすく、王族は長くその権威を保っていた。


 そのせいか他の血が混ざるのに慎重で、生まれてくる子に自分たちにはない癖が出るのを嫌う。

 魔族はほとんどが同族以外と結婚しないことで有名だ。


 多くの種族は、時に互いの癖がぶつかりあってトラブルを引き起こす。

 癖がないため公平に物事を判断できる(と、されている)魔族は頼りにされる傾向にある。


 頭一つ抜きんでた存在として、この国で魔族はどこか特別視されていた。



   ~*~*~*~



(……一体なにが起きているの……)


 サビーナは一人、休憩室のテーブルにぐったりと突っ伏した。


 休憩室といってもヴォルゾイには私室がある。ここはほぼサビーナ専用だ。

 他の部屋より簡素なものの、広い空間に質のいい家具や調度品がほどよく配置されている。

 ぬいぐるみの時は昼休憩のあいだ本体に戻っていることが多い。そのため使う機会は少なかったが、ここへ来るといつも気分が落ち着いた。


 だがそんな癒しの部屋でゆっくり昼食をとっても、今日ばかりは疲労感が勝っている。


(お美しくお優しく山高く水長し。奇跡を体現してこの世に舞い降りた方だと思っていたのに。もう、ルシアン様がわからない……)


「これ、つけてくれてるんだね」


 ふいに首元に触れた指先に、サビーナはあと少しで悲鳴を上げるところだった。


 テラスにあるテーブルセットにお茶の用意をし、端の席につこうとすると。

 さっと肩を抱かれ、当然のように二人掛けのガーデンソファに座らされた。

 それだけでも内心激しく動揺したサビーナだったが……。


 長い指がすくいとったのは、小さく輝く石が一粒揺れるシンプルなペンダント。

 卒業祝いにルシアンから贈られたものだった。


「はい。これをつけると、より一層忠誠心が湧いてきますので。能力も高まる気がします」


 ぬいぐるみの時より酷い棒読みで、なんとか思い付いた答えを返す。


 仕事へ行く時だけ、サビーナは欠かさずこのペンダントをつけている。

 だがそれも、ぬいぐるみに憑依するならと思ってやっていた習慣だ。

 本体で呼び出されると知っていたらつけなかった。仕事中、汚したり失くしたりしないか気が気ではなくなる。


「そうなの?嬉しいな。 じゃあどんな時も肌身離さずつけていて」

(えぇ――???)


 にっこり満面の笑顔を向けると手を離し、紅茶に口をつける。


 まるで恋人同士のような距離で肩に手を回されたまま。見つめられたり、ときどき髪に触れられたり。

 本物のぬいぐるみよりもガチガチに固まって、ルシアンのなすがまま、サビーナはひたすら時が過ぎるのを待った。


「楽しくてつい休憩時間を取りすぎたからね。仕事をしながら食べるよ」


 そう言って昼食がのったトレイを手に、自室に戻るのを見送ったあと。

 謎の疲労感が一気に押し寄せたサビーナは、簡単に自分用のものを作ると休憩室へ駆け込んだのだった。


「私……もてあそばれてる?」


 今まではぬいぐるみの姿の時でさえ、気安く触れられたことはない。

 抱いていた品行方正なルシアンのイメージが、接着魔術で修復不可能なところまで粉々に砕け散っていく。

 呆然と呟いたサビーナは、すぐに自分の言葉にかぶりを振った。


(……もし思っていたのとは少し違う面をお持ちなのだとしても。その気になれば遊び相手に困る方じゃない。私みたいな見た目も平凡な庶民に手をだす必要なんてないわ)


 卒業パーティーを思い出す。歌い終わったルシアンに、1クラス分をゆうに超える女子生徒が殺到していた。相手に不自由するはずがない。


(私が何かを裏切ってしまったせいでお怒りなの? これって、嫌がらせのようなものなのかしら……)


 その結論が妥当な気がした。

 ルシアンが魔族でさえなければ。本気かどうかはともかく、好意を向けられている可能性も考えただろう。

 だが魔族、しかも容姿・家柄すべてが上流中の上流だ。

 たとえ遊びでも、平凡なマジックシルキーは釣り合わない。


(ルシアン様と一度きちんと話をする。そしてそれとなく理由をお訊きして、とにかく謝る。契約を続けてもらうためにも、それしかないわ)


 サビーナはそう決意し、気持ちを切り替えて午後の仕事に取りかかった。



 しかし仕事を始めると、予定よりも早くヴォルゾイが帰宅した。


「連絡もなく午前はお任せしてしまい、失礼いたしました。ルシアン様のお仕事中は何かとやりにくいでしょう、お部屋の掃除は私にお任せを」

「え……いえ、そんなことは……」

「おや? お顔の色が優れないようだ。お疲れなのですね、今日は早めに切り上げてゆっくりお休みください」

「この顔色は元々で……」


 細長い顔の犬の覆面でサビーナの顔を覗きこみ、有無を言わせない声で言うと仕事に戻っていく。

 仕方なくルシアンの部屋以外の掃除をあらかた終え、夕食の準備を整えると。いつもより早い時間にヴォルゾイの用意した返還魔術で家に帰されてしまった。


(明日は折をみて話を聞きださないと……)


 ため息とともに灰猫を抱きしめ、眠りにつく。


 だが翌日は早朝から魔王宮に出仕して帰りも遅く、一度も会えずに終わった。

 それ以降も顔を合わせるのは召喚・返還術を使う短い間だけだった。

 忙しそうな様子に、話を切り出すのもためらわれる。


 すでに出かける支度を整えてサビーナを呼び出すと、ルシアンが疲労のにじむ声で呟いた。


「前に作ってくれた、とろとろの卵のお菓子が食べたい……」

「カスタードプティングですか?」

「そう、それ」

「かしこまりました。お作りしておきます」

「やった!」


 こぶしを握りしめ、どこか子供っぽい喜び方に思わずふきだす。


「あ……失礼しました」


 慌てて謝ると、ルシアンが片手を伸ばした。

 サビーナの頬を指でするりと撫で、名残惜しそうに離れていく。


「やっと笑った」



 結局ルシアンの真意がわからないまま、サビーナは週末を迎えた。


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