無くて七癖
有る者は、四十八ほど持っているものだというが。
多種多様な種族が暮らすこの国には、様々な“癖”を持つ者がいる。
というのも各種族はそれぞれ、何らかの突出した性質や能力を持つ。それらは長所にもなれば、時に短所にもなる。
たとえばおしゃべり好きで知られるトークケットシー族。
噂話、暴露話、政治経済、爪のとぎ方まで芸術的なネイルサロン。活発に情報交換をしては、すぐに魔力ネットで発信する。
そうした癖が良い方にでれば、有益な情報をいち早く伝えてくれる。
反対に、デマを流して混乱を生んだり、根も葉もない噂を流された相手が迷惑したり……といった問題になることも。
その種族の性質がよくも悪くも強くでたもの、それが“癖”だ。
マジックシルキーは家事魔術に長けている。
癖も家に関わるものが多い。“無意識に掃除をする”、“家具にこだわる・執着する”、“家に変なプライドを持つ”……などなど。
もちろん個人差はある。癖をたくさん持つ者もいれば、数は少ないが個性的な癖の持ち主もいる。
マジックシルキーをはじめ、様々な種族が使い魔になることを選択する理由に、この癖も関わっていた。
契約を結んで主人を得ると、魔力や能力が少し向上する。
さらに相手との信頼関係次第では癖の衝動が抑えられ、精神的に安定するのだ。
これは契約の効果で、主人や職務により忠実であろうとするためだという。
自分の癖の強さに振り回されがちな者にとっては、いっそ使い魔になった方が社会生活をしやすいのだ。
ただし契約の術は主人への服従を強いる。相手選びに失敗すれば不遇な目に遭いやすい。使い魔が起こす事件や裁判沙汰も、それほど珍しい話ではなかった。
それでも使い魔になろうとするのは、経済的にも安定するからだ。
使い魔を使役するのは富裕層が圧倒的に多い。自然と賃金も高くなる。
サビーナがルシアンと契約したのは、どちらかといえば恋愛感情からだったが。
~*~*~*~
「おはよう、サビーナ」
「おはようございます、ルシアン様……っ!?」
召喚術のかすかな光が残る中。
いつも通り呼び出されたサビーナは、思わず息を飲んだ。
猫のぬいぐるみじゃない。
なぜか今日は、本体のまま召喚されていた。
驚くサビーナの前に立ち、ルシアンが微笑む。
「憑依は動きにくいだろうからね。たまにはいいだろ」
「で、ですが……」
「何? 本体で仕事をするのに、なにか不都合でもある?」
「……いえ、ありません」
「そう。仕事着を用意したから、それに着替えて」
「……はい……」
ルシアンが部屋を出たあと、クローゼットから仕事着をだす。
いわゆるメイド服だ。肌の露出が少ないシンプルなデザインで、サビーナは少しほっとした。
色は落ち着いた深いモスグリーン。サビーナの赤褐色の髪や黒い瞳とも相性がいい。サイズもぴったりだった。
(本体でルシアン様とお会いするなんて、いつぶりかしら……)
仕事の時はいつも、猫のぬいぐるみへ憑依していた。
本来の姿で対面したのは数えるほどしかない。
卒業パーティーでの返還術の確認をしに。それからサビーナの卒業式にはお祝いに来てくれた。あとは正式に契約した日や、仕事の初日の挨拶くらいだろうか。
着替えて部屋を出ると、廊下の壁にもたれていたルシアンが視線を向ける。
サビーナはそわそわ落ち着かない気分を顔に出さないよう努力した。
「似合うよ」
「……ありがとうございます」
(そんなことより、昨日のあれは何だったんですか!?)
――と口に出せないのは使い魔契約の効果なのか、もともとの性格ゆえか。
昨日のことなどなかったように振る舞うルシアンに、流されるままサビーナは仕事に取りかかった。
今日は平日だが魔王宮には行かず、屋敷で働くそうだ。
ルシアンの仕事は魔術の研究などに関わるものらしい。自室の機材は職場よりも性能がいいそうで、仕事内容によってはこういう日もある。上司や同僚とは魔力ネットで連絡を取ればいいそうだ。
つまり今日は一日、本体でルシアンと過ごすことになる。
サビーナはますます落ち着かなくなる心を紛らわせるため、いつもより念入りに掃除魔術を操った。
(こういう日に限って、ヴォルゾイさんはお出かけなのね)
ヴォルゾイは住み込みで働く、ルシアンの古参の執事使い魔だ。
ブラックチェンバードッグ族で、なぜか常に犬の覆面を被っている。主人以外に素顔を見られるのは落ち着かない、という癖があるそうだ。
執事とは仕事内容が多少異なる。代役をするのはなかなか大変だ。ただそのぶん給金も多く支払われる。
しかし問題はそこではなく……。
キッチンで水が沸騰するのを待つ間、サビーナは昨日の出来事を思い出してため息を吐いた。
「……あれは、何だったんですか……」
「どれ?」
「っ!?」
振り向くと、いつの間にか背後にルシアンがいた。
「ヴォルゾイの仕事まで君が引き受ける必要はない。食事の用意と掃除をいつも通りにしてくれればいいよ……って言おうと思ったんだけど」
普段、お茶の用意をするのはヴォルゾイだ。湯が沸けばあとは紅茶を淹れるだけの状態を横目に見て、言うのが少し遅かったかな、と付け足す。
「いえ、できる限りのことをやらせていただきます。私はルシアン様の使い魔ですから。何でもお申し付けください」
「……ふぅん」
自分にも言い聞かせるようにして伝えると。ルシアンの空気が変わった。
どこか熱を帯びたエメラルドの瞳が、纏わりつくようにじっくりとサビーナを観察する。
これは噛みつくのがお好きな方だ。サビーナは瞬時に理解した。
「だったら……してもらおうかな」
ルシアンが一歩近付いた。後ずさりして、キッチンカウンターに阻まれる。
身体が触れ合うぎりぎりのところまで迫られ、サビーナはまた無意識に目を閉じていた。
ルシアンの気配がさらに近付く。顔のあたりに影が落ちるのを感じた。
――ぱかっ、と軽い音を立てて、サビーナの頭上の吊戸棚が開く。
腕を伸ばしたルシアンがそこからティーカップを取り出し、カウンターの上に置いた。
「サビーナにもティーブレイクに参加してもらうよ。今日は天気がいいから、テラスに二人分用意して」
言い終えると身を離し、キッチンを出ていく。
サビーナはへなへなとその場に座り込んだ。
(……どうして!? ルシアン様に、なにか強い“癖”を感じる……!)