表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/64

魔族の本音~コンフォート・パニック3~


 結婚式が行われていた場所の先には、三階建ての大きな建物が続いていた。


 一階は開放的な空間の両側に、いくつもの店が軒を連ねている。いわゆるショッピングモールだ。

「後でゆっくり見よう」

 そう言ってルシアンが最上階までエスコートする。


 最上階には高級レストランが数軒並んでいた。

 なんとなく庶民には場違いに思えて小さくなるサビーナを連れ、ルシアンが一番奥の店に入っていく。


 入ってすぐに、入口付近で待機していたウェイターが奥の個室へ案内した。

 どうやら受付で会った男が、二人の席を予約しておいたようだ。


 週明けの平日でも、席はほとんど埋まっていた。やはり男女の組み合わせが多く、親密そうな雰囲気で談笑する。

 皆、高級品を当たり前に身につけている。もしかしたらサビーナのようにレンタル衣装なのかもしれないが、客の多くは上流の魔族に見えた。


「コースを予約してあるみたいだけど。それでいい?」

「はい……(もう、何でも……)」


 さすがに昼食まで断るのは無理に思えた。この店の雰囲気の中、ルシアンに一人で食事をさせるのも、なにか申し訳ない気分になる。

 そろそろ頭の許容量が限界を迎えそうなサビーナに、ルシアンがくすりと笑う。


「ごめん。サビーナといると俺はどうしても暴走してしまうんだ」

(……“俺”になっていらっしゃる……)


 被り物が取れているらしいルシアンの表情は、今までよりも自然体に見えた。

 サビーナは俯けていた顔を上げ、背筋を伸ばすと、注がれる視線を受け止めた。


「魔族について、もっと知りたいです。教えていただけますか?」


 少しだけ驚いた顔になったあと、ルシアンが嬉しそうに頷いた。



   ~*~*~*~



「この施設の名前でもある『コンフォート・エリア』、つまり“安心で快適な空間”だね」


 ウェイターが運んできた料理を簡単に解説して置き、立ち去る。

 サビーナに食事を促してから、ルシアンが続けた。


「魔族にとってそれは、他種族が考えるよりもずっと大事なものなんだ」


 ここまできて変に遠慮するのも失礼に思える。サビーナは料理に手をつけながら、話に耳を傾けた。


「魔族は癖がなく比較的、精神も安定している。それが大きく間違っているわけではないにしろ、世間一般のイメージと実際のところは別でね。癖も弱点もある」

「弱点、ですか」


 完全無欠とまではいわないが、やはりサビーナも魔族にそういったものがあるとは考えられなかった。


「ただでさえ弱いのに、なかなか自力で避けるのも難しい内容だ。なまじそれのせいで魔力や能力が向上したりするから、気が大きくなって余計にたちが悪い」

「なんだか複雑ですね」

「そうだね、厄介なものだよ」


 魔力や能力が上がるのなら、それを弱点と呼ぶのも不思議な話だが。

 ルシアンも料理を食べ終えた頃、次のものが運ばれてきた。

 技巧をこらした色鮮やかな前菜はサビーナの知らない料理だった。つい自分の素朴な手料理と比較し、落ち込みそうになる。


「話を戻すと。心地よい快適な空間にばかりいると、人は成長しないというよね。確かに適度なストレスは、能力を伸ばすのに必要な学びを与えてくれる」


(そうよね。落ち込むのではなく、知らない料理をこれから学べばいいだけだわ)

 大きく頷いてみせると、ルシアンが口の片端を上げた。


「だけどその弱点に直面すると……、たいていの魔族は強烈なストレスでパニックを起こすんだ。それも自分が混乱していると自覚できないほどにね。もう学びとかいってる余裕なんてなくなるんだよ」


 そう言ってため息を吐く。

 魔族をそんな状態にさせてしまうとは、一体どれほど恐ろしいものなのだろうか。サビーナにはまったく想像もつかない。


「あの結婚式の新郎は、俳優だよ。おそらくピクニックらしいことをしていた女性の方も」

「えっ」

「ここにいるカップルは基本、ぜんぶ偽物なんだ」


 サビーナは個室の外の風景を思い返した。

 楽しそうに食事をする客たちは、恋人同士にしか見えなかった。あれが全て演技だとは。


「ここは弱点を克服するため。無理ならせめて、少しでも負荷に耐えられるよう鍛えるために。遊び感覚で、それを擬似的に体験するのが目的の施設なんだよ」

「…………」


 サビーナにもようやく、ルシアンの示唆するものに察しがついてきた。


「長い間、魔族は必死に隠してきた。他種族にバレないように、なるべくプライベートは魔族同士でかたまって、信頼できない者は遠ざけて。わざとメリット重視の政略結婚をしたりね。……でもいい加減、取り繕うより具体的な対策を講じる方が建設的だと気付いて、向き合いはじめたところさ」


 メインディッシュを置いていったウェイターを横目で見送ったあと、自嘲気味に続ける。


「“恋愛感情”に弱すぎる、って事実にね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ