魔族の本音~コンフォート・パニック3~
結婚式が行われていた場所の先には、三階建ての大きな建物が続いていた。
一階は開放的な空間の両側に、いくつもの店が軒を連ねている。いわゆるショッピングモールだ。
「後でゆっくり見よう」
そう言ってルシアンが最上階までエスコートする。
最上階には高級レストランが数軒並んでいた。
なんとなく庶民には場違いに思えて小さくなるサビーナを連れ、ルシアンが一番奥の店に入っていく。
入ってすぐに、入口付近で待機していたウェイターが奥の個室へ案内した。
どうやら受付で会った男が、二人の席を予約しておいたようだ。
週明けの平日でも、席はほとんど埋まっていた。やはり男女の組み合わせが多く、親密そうな雰囲気で談笑する。
皆、高級品を当たり前に身につけている。もしかしたらサビーナのようにレンタル衣装なのかもしれないが、客の多くは上流の魔族に見えた。
「コースを予約してあるみたいだけど。それでいい?」
「はい……(もう、何でも……)」
さすがに昼食まで断るのは無理に思えた。この店の雰囲気の中、ルシアンに一人で食事をさせるのも、なにか申し訳ない気分になる。
そろそろ頭の許容量が限界を迎えそうなサビーナに、ルシアンがくすりと笑う。
「ごめん。サビーナといると俺はどうしても暴走してしまうんだ」
(……“俺”になっていらっしゃる……)
被り物が取れているらしいルシアンの表情は、今までよりも自然体に見えた。
サビーナは俯けていた顔を上げ、背筋を伸ばすと、注がれる視線を受け止めた。
「魔族について、もっと知りたいです。教えていただけますか?」
少しだけ驚いた顔になったあと、ルシアンが嬉しそうに頷いた。
~*~*~*~
「この施設の名前でもある『コンフォート・エリア』、つまり“安心で快適な空間”だね」
ウェイターが運んできた料理を簡単に解説して置き、立ち去る。
サビーナに食事を促してから、ルシアンが続けた。
「魔族にとってそれは、他種族が考えるよりもずっと大事なものなんだ」
ここまできて変に遠慮するのも失礼に思える。サビーナは料理に手をつけながら、話に耳を傾けた。
「魔族は癖がなく比較的、精神も安定している。それが大きく間違っているわけではないにしろ、世間一般のイメージと実際のところは別でね。癖も弱点もある」
「弱点、ですか」
完全無欠とまではいわないが、やはりサビーナも魔族にそういったものがあるとは考えられなかった。
「ただでさえ弱いのに、なかなか自力で避けるのも難しい内容だ。なまじそれのせいで魔力や能力が向上したりするから、気が大きくなって余計にたちが悪い」
「なんだか複雑ですね」
「そうだね、厄介なものだよ」
魔力や能力が上がるのなら、それを弱点と呼ぶのも不思議な話だが。
ルシアンも料理を食べ終えた頃、次のものが運ばれてきた。
技巧をこらした色鮮やかな前菜はサビーナの知らない料理だった。つい自分の素朴な手料理と比較し、落ち込みそうになる。
「話を戻すと。心地よい快適な空間にばかりいると、人は成長しないというよね。確かに適度なストレスは、能力を伸ばすのに必要な学びを与えてくれる」
(そうよね。落ち込むのではなく、知らない料理をこれから学べばいいだけだわ)
大きく頷いてみせると、ルシアンが口の片端を上げた。
「だけどその弱点に直面すると……、たいていの魔族は強烈なストレスでパニックを起こすんだ。それも自分が混乱していると自覚できないほどにね。もう学びとかいってる余裕なんてなくなるんだよ」
そう言ってため息を吐く。
魔族をそんな状態にさせてしまうとは、一体どれほど恐ろしいものなのだろうか。サビーナにはまったく想像もつかない。
「あの結婚式の新郎は、俳優だよ。おそらくピクニックらしいことをしていた女性の方も」
「えっ」
「ここにいるカップルは基本、ぜんぶ偽物なんだ」
サビーナは個室の外の風景を思い返した。
楽しそうに食事をする客たちは、恋人同士にしか見えなかった。あれが全て演技だとは。
「ここは弱点を克服するため。無理ならせめて、少しでも負荷に耐えられるよう鍛えるために。遊び感覚で、それを擬似的に体験するのが目的の施設なんだよ」
「…………」
サビーナにもようやく、ルシアンの示唆するものに察しがついてきた。
「長い間、魔族は必死に隠してきた。他種族にバレないように、なるべくプライベートは魔族同士でかたまって、信頼できない者は遠ざけて。わざとメリット重視の政略結婚をしたりね。……でもいい加減、取り繕うより具体的な対策を講じる方が建設的だと気付いて、向き合いはじめたところさ」
メインディッシュを置いていったウェイターを横目で見送ったあと、自嘲気味に続ける。
「“恋愛感情”に弱すぎる、って事実にね」




