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あなたには秘密です!  作者: 明石 みなも


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19/30

番の理由

 気持ちを確かめ合った茶会のあとも、二人は手紙を送り合い、互いの前世を共有した。

 ノエルはかつての『ヴィンセント』を襲った過酷な運命に涙した。

 王妃も、ミカエラも、レスリーも。自分の都合を押しつけるばかりで、彼に何も与えない彼女たちに怒りを覚える。


 何より一番腹が立ったのはかつての自分に対してだ。

 自分の気持ちばかり大切にして、何も見えていない。しかも最後はあんな失態を犯すのだから全く以て不甲斐ない。


 ヴィンセントはこの記憶を同じ過ちを犯すなという神からの思し召しだと思っているようだ。

 以前の彼女なら半信半疑だっただろうが、今なら納得できる。

 これからは、もっとヴィンセントの気持ちに寄り添っていこうと決意して臨んだ七回目の茶会。

 ヴィンセントは今日も彼女を迎えに来てくれていた。


「ご機嫌よう! ノエル! このたびは本当にありがとう!」

「母上、ノエルに抱きつこうとするのはやめてください」

「まぁ、ヴィンセントったら。まだ正式に婚約は決まっていないのに我が物顔ね」

「本当にやめてください」


 しかし、すんなり離宮へは辿り着けなかった。

 仕事中のエメラインに絡まれたのだ。

 場所は旧王宮に近い人気のない廊下。ヴィンセントがノエルの負担が少しでも減るようにと調べてくれたようだ。


 そんな場所に、彼女の他にも国の重鎮たちが揃っている。

 これから会議らしい。会議場へはもっと近道があるため、エメラインが彼らをこの廊下へ誘導したのは明白だった。


 明るいエメラインの声に対し、ヴィンセントは結構本気で怒っている。隣のノエルは物珍しそうな視線を全身に浴びて、乾いた笑いが漏れそうだった。


 これで外堀は完全に埋まったと言っていい。エメラインに手抜きがないのか、ノエルたちが抜けているのか。確実に後者だと自分の迂闊さを呪った。

 約束が終わるまでは恋人未満の曖昧な関係を楽しみたかったが、もう実質婚約者になったようなものである。


(ま、いっか)


 ヴィンセントに恋をするまで待って欲しいと言ったものの、ノエルは彼と恋に落ちる予感があった。


(だって、ヴィンセント様をよく知らないミルメコレオの王女に取られるのは、嫌だもの)


 そう思っている時点で度を超えている。

 前世のように一瞬で心を奪われるような激しさはないが、雪が積もるように少しずつ増えているものがあることは自覚していた。


 件の第三王女が来訪するのは数日後。

 二人の茶会は一回潰れて、代わりにミルメコレオの第三王女が国王と謁見する際にヴィンセントと同席する。

 父がこっそり耳打ちしてくれたことによると、第三王女と国王は手紙で打ち合わせ済みだそうだ。


 ロレッタ王妃をミルメコレオの王族と認める代償に、ヴィンセントと第三王女の結婚を認め、彼女の後ろ盾になる。

 父親としての役目も国王としての責任も果たしていないくせに、本人の了解もなくそんなことを決めて、勝手なものである。


 エメラインもその情報は知っている。そしてノエルよりもずっと怒っているに違いない。

 だから、息子に本気で怒られようとも万全な対策を打っておきたいのだ。

 ノエルは詳しく知らないが、世間に流布する二人の噂は更なる進化を遂げていた。なんと、二人は番だと言うのだ。


(違いますけど。もしかして、私がヴィンセント様に『前世で番だった』って言っていたのを誰かが聞いてた?)


 リサとパーシヴァルだけしかあの時の庭にはいなかったはずだが、この広い世の中、ノエルを欺く手練れの一人や二人いるかもしれない。

 エメラインならそんなすごい人物とも繋がりを持っていそうだ。


 件の噂が広まってから、気性の荒い化け物王子が真人間になった、みたいに言われている。

 ヴィンセントは元から真人間だから、外見による色眼鏡が外れただけである。


 だが、周囲のヴィンセントへの視線が柔らかくなったのはいいことだ。

 今も複数の視線からノエルを庇うようにヴィンセントが隠すと、閣僚たちは微笑ましいものを見る目になった。少々居た堪れない。


 しかし、番即ち国王夫妻という認識を持っている貴族たちの意外な好印象に安堵もしていた。

 どちらも人間にしか見えない国王夫妻に対して、明らかに人外然としたヴィンセントが番を得たと言うのは説得力が違うということかもしれない。


「あまり二人の時間を削ってはいけないし、失礼するわね。ヴィンセント、ノエルと仲良くね」

「余計なお世話です」


 ヴィンセントはかなりピリピリしているのだが、雰囲気は和やかなまま、エメラインたちは去っていった。




「すまない」

「えっ?」


 開口一番ヴィンセントが謝罪した。

 いつものガゼボで二人きりになってすぐのことである。リサとパーシヴァルは前回から離れた場所で待機するようになっていた。


「噂の件だ」

「ああ、番だという――」

「誰にも言ってないのに。何故ぼくの番が君だと知られたのか、わからないんだ」

「えっ?」

「えっ?」


 何か互いの認識の齟齬を感じて二人は顔を見合わせ沈黙した。


「……ノエルはぼくの番、だよな?」

「えぇっと、それは前世でのことで……」

「前世? ……今、は?」

「……わかりません。ヴィンセント様のことを番だとは感じませんでした」


 正直に告白したら、ヴィンセントの表情が泣きそうに歪み、ノエルは不味いと冷や汗をかいた。


「……なら、ぼくが間違っているんだろう。こんな、なんだかわからない化け物だし、勘違いをしたんだ。すまない、ノエル」

「いえっ! そんなことありません! 正しいのはヴィンセント様です!」


 ノエルは即座に否定した。

 番は必ず一対だ。ヴィンセントがノエルを番だと認識しているなら、本来なら彼女もそう感じなければおかしい。何か原因があるはずだ。

 ひとつ、心当たりを思い出し、ノエルは口を開いた。


「あの、ヴィンセント様は生まれ変わった時、双子神からどんな贈り物を貰ったと思っていますか?」

「えっ……? わからない。家族に恵まれているから、人との縁だろうか」


 突然まったく違う話題になり、ヴィンセントは不思議そうな顔をした。


「前世の私は、死ぬ時にもう番がわからない人間に生まれたいなって願ったんです。結局生まれ変わったのは獣人でしたけど。

 でも、願い自体は叶ったのかなって……。もしかしたら、私は獣人なのに番がわからないのかもしれません」


 それを聞いて、ヴィンセントは悲しげに目を伏せる。


「……そうだったのか。ぼくが原因だな」

「まあ、そうですね」


 それはその通りなので認めると、ヴィンセントの雰囲気がずんっと重くなった。明らかに落ち込んでいる。


「でも、私、番がわからなくって良かったなって思っているんです。

 前世の私はヴィンセント様が好きでしたけど、『どんなところが好き?』って質問されたら多分『全部!』って具体性のない答え方しか出来ませんでした。

 でも今は恋をする前にあなたを知ったから好きなところ、たくさん言えます」


 暗くなっていたヴィンセントはノエルの言葉を聞くにつれ、じわじわと赤くなり、落ち着きが無くなった。

 とてもわかりやすい反応にノエルは胸を撫で下ろした。


「そそそ、そうなのか」

「でも、迂闊なことを願って番だとわからなくなってしまいました。ごめんなさい」

「いやっ! 謝らないでくれ。君にそう願わせたのはぼくだ。そ、それに、好きなところをたくさん見つけてくれて、嬉しい」


 耳まで真っ赤になったヴィンセントは視線を逸らした。

 ノエルは溢れる笑みを抑えられなかった。ふわりと胸が温かくなる。

 周囲の噂や、番であるかどうかなんて関係ない。

 大切なのは、こうして少しずつ気持ちを確かめ合い、この恋かどうかわからない気持ちを確かなものにしていくことだ。


「私、またヴィンセント様の番で嬉しいです」


 それはさて置きやはり特別な人の特別であることは嬉しい。ノエルはその気持ちを素直に伝えた。

 ヴィンセントは生い立ちのせいで卑屈になりやすいようだ。

 きっとノエルが番だと認識できないことは彼を不安にするだろう。だから、少しでもそれが和らげばいいと思ったのだ。


「そ、うかっ……。あ、ありがとう……」


 ヴィンセントはぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜてから顔を覆った。

 顔が見えなくなってしまったが、耳はまだ赤いから、不快ではなかった様子だ。


 ノエルはもう前世のように番の感情の機微を感覚で読み取ることができない。

 相手の気持ちを観察して察するしかないというのは存外不安を覚えるのだと初めて気づいた。

 人との関係を築くのに正解はないが、反応の良し悪しがわかるのは大分違う。


「あの、私ヴィンセント様の角、カッコいいと思います!」

「と、突然どうした?」

「羽も黒いのに緑色に光って綺麗ですし、瞳も白目の部分が黒くなってるから虹彩の色がより鮮やかに見えて素敵です!」

「いや、あの、ありがとう……」

「鱗も艶々でまた触ってみたいなって思ってます!」

「さわっ……。そ、それは……。今は危ないので、ちょっと待ってほしい」

「わかりました。じゃあそのうちに」

「うん……。うん……」


 突然始まった誉め殺しにヴィンセントは戸惑っているようだ。顔を両手で覆って動かない。

 それが嫌な感情からのものではないことくらいは今のノエルにもわかった。


 前世のノエルはヴィンセントの気持ちを感じ取れるばっかりにろくに思っていることを伝えなかった。

 もっとたくさんのことを話せばよかったとかつての『ヴィンセント』の話を聞いて後悔したのだ。


 だから、相手の気持ちはわからなくとも自分の気持ちは正直に伝えることにした。

 もし間違ったことを言っても修復できないほど簡単に壊れる関係ではないという自信はある。


 そうやって少しずつ積み重ねたものがあれば、例え番の自覚はなくとも、堂々とヴィンセントの隣に立てるはずだ。

 もうすぐ到来する第三王女にも、自信を持って番を名乗ろうとノエルは決意した。



 ◇◇◇



 翌日、ヴィンセントから手紙が届いた。

 番の件は、パーシヴァルから漏れたようだ。そういえば、スコップで殴られる前にヴィンセントは譫言のように「ぼくの番」と言っていた気がする。

 パーシヴァルからエメラインへたれこみがあり、情報は瞬く間に広がった。


 あの場に怪しい人物が潜んでいなかったとノエルは胸を撫で下ろしたが、ヴィンセントは身内が噂の元だと知って大層お冠であった。少々喧嘩になったそうだ。

 ノエルは微笑ましい気持ちになった。前世と違い、喧嘩ができる家族に恵まれたヴィンセントに、嬉しくなる。


「ナーサティア様、ダスラ様、ありがとうございます……」


 そこまで信心深い方ではないノエルだったが、彼を優しい場所へ導いてくれた神に感謝した。

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