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尻尾の危機

少し感じの悪い人々が登場します。あと、一部ひらがなばかりで読みにくいかもしれません。

 前世の真実を知り、心の整理のついたノエルの気持ちは晴れやかだったが、その代償は大きかった。


「ううっ! 私にはこれが限界です! 申し訳ございません!!」

「いいのよ、元から大した御面相ではないし……」


 鏡に映る自分の顔を眺めながらノエルは落ち込むリサを慰める。

 いつもより濃く化粧を施された顔は泣き過ぎたせいで目元が腫れているし、目も充血している。一目で大号泣したことがバレるだろう。


 人に会える顔ではないが、約束がある。

 地味な顔が少々不細工になったところで気に止める人もいないだろうといつも通り出発した。


「そこのおまえ! とまりなさい!」


 そして案の定、今日も途中で足止めされた。

 「お前」としか呼ばれていないから無視もできたが、難しい相手だと予想がついたので大人しく振り返る。

 その瞬間、むっと嫌な臭いが吹きつけた。


(何、この臭い……。薬……っぽいけど獣臭いし)


 ツカツカと歩み寄ってくる集団からする臭いにノエルは眉を(ひそ)めそうになって堪えた。


「……私でしょうか?」

「そうよ、そこのみすぼらしいおまえのことよ」


 初対面なのに罵倒されたが、ノエルは仕事用の人好きする笑顔を浮かべ、ゆっくりと腰を落として一礼した。

 ノエルを呼び止めた人物は侍女や騎士をわらわらと従え、腰に手を当て、仁王立ちしてノエルの前に立った。


「ずがたかい! わたくしをだれだとおもっているの!? だいいちおうじょのヘンリエッタ・マドリーン・ズメイなのよ!」

「……」


 ふんわりとしたクリーム色の髪につぶらな黒い瞳。幾重にもピンク色のシフォンを重ねたドレスに埋まる、小さな手足。

 踏ん反り返る五歳児を前にノエルは笑顔のまま固まった。


 彼女は国王オスニエルと王妃ロレッタの間に生まれた唯一の子供であるヘンリエッタ王女だ。

 エメラインと貴族たちによってオスニエルは傀儡にされて久しく、ロレッタやヘンリエッタの影は薄い。


 それでも一応王族である。相応しい礼儀を持って接するのは当然のことだ。

 彼女はヴィンセントの異母妹だが、仲がいいかは知らない。子供相手でも慎重に対応すべき相手だった。


 ノエルはさっとヘンリエッタを囲む人々を確認した。仰々しいほど多い護衛に侍女が三人。

 いずれもノエルを睨んでいたり、馬鹿にするような視線を寄越している。全体的に感じが悪い。


 先程から漂う妙な臭いの元は、彼ら全体からしていた。

 薬独特の香りに混ざる獣臭。初めて嗅ぐ臭いだ。

 ノエルはこんな臭い(にお)いのするものが流行っているのだろうかと不思議に思った。


「なんとかいったらどうなの? 

 それともおまえ、わたくしのなまえもりかいできないくらいあたまがわるいのかしら?」


 ヘンリエッタはバサリと扇子を広げ、鼻で笑った。

 一応隠したつもりなのか、わざとなのか。この僅かな時間で、五歳にして完璧な仕上がりを見せつけられ、ノエルは感心してしまった。

 今どきここまで高慢そうな貴族令嬢は社交界にも滅多にいないだろう。

 背後の侍女たちがくすくす笑うのもポイントが高い。


「なんの御用でしょうか。私はこれから第二王子殿下とお会いする約束ですので、急いでおります。用件は手短にお願いします」

「まぁ! ヘンリエッタ様に対してなんて無礼な態度でしょう! あんな化け物王子を優先するなんて!!」


 三回連続遅刻は避けたいと用件を尋ねると、侍女の一人に怒られた。


(いや、王子の客を引き止めることも、十分無礼だと思うけど……)


 だが、彼女たちの中でそれは無礼に当たらないのだろう。

 ヴィンセントは王族なのに、礼を尽くす相手ではないのだ。


「ほんとうにぶれいだわ! 

 そうだ、おわびにおまえのしっぽをよこしなさい!」

「は?」


 ヘンリエッタが突然おかしなことを言い出し、思わず素が出た。


「わたくし、しっていてよ。おまえはしっぽがはえているのでしょう。

 おまえのようなどんくさいものがじゅうじんだなんて、おかしいわ。しっぽをきってじゅうじんをやめるべきよ」

「まぁ、それは名案です」

「こんな礼儀知らずがヘンリエッタ様と同じ獣人だなんて許せませんもの。切ってしまいましょう」

「たいしたものじゃないでしょうけれど、きったしっぽはわたくしがもらってあげる!」


 くすくすと笑う女たちにノエルはムッとする。

 自慢の尻尾を軽はずみに切れなどと言われて不愉快だったが、それより気になることを侍女が言っていた。


 「ヘンリエッタ様と同じ獣人」。

 そこはロレッタではないのかとノエルは内心首を傾げた。

 王族は生まれた時から慎重に獣人かどうかを調べられる。ヘンリエッタが獣人という話を聞いたことがない。

 不審な点はあるが、ノエルはとりあえず大事な尻尾を守ることを優先した。


「王女殿下。私はトカゲではないので尻尾を切ったら二度生えてはきません」

「それぐらいわかっているわ! ばかにしているの!?」

「それに尻尾を切ったところで私が獣人でなくなることはありません。人間か、獣人かという違いは後天的に変わることはないのです」

「そ、そんなのわかっているわ!」


 宥めるつもりが火に油を注いでしまったようだ。ヘンリエッタは地団駄を踏んで怒り狂う。

 ただヒステリックになっているというよりは何か鬼気迫るものを感じた。


「あの、王女殿下……」

「わたくしはじゅうじんよ! うまれつきじゅうじんなんだから!」


 ノエルの言葉は突然まったく関係ないことを怒鳴り散らすヘンリエッタに遮られる。


「おまえたち! このおんなのしっぽをちょんぎりなさい!」

「ヘンリエッタ様! いけません!」

「うるさい!!」


 護衛の騎士に諌められたが、きぃきぃと癇癪を起こしたヘンリエッタは止まらない。

 尻尾を切るように命じられた騎士たちは戸惑った様子で彼女を取り巻く。


 ノエルはリサが殺気立って前に出ようとするのを抑えた。その間に騎士の一人が彼女を捕まえようと手を伸ばす。

 しかし、相手は令嬢だと油断しているのか、動きが隙だらけだ。


「いやっ! やめて下さい!」


 と、言いながら、ノエルはがら空きになった懐に滑り込んで、掌底で騎士の顎を跳ね上げた。

 一応、危害を加えられそうになったから身を守った体を装う。

 

「おごっ……!」


 ノエルよりもひと回り大きな騎士は、そのままのけぞって妙にゆっくりと後ろへ倒れる。どうやら気絶してしまったらしい。

 他の者たちはそれを目で追って驚愕していた。


 ノエルは、一族の中では弱い方である。

 力も弱ければ動きも遅い。でもそれは獣人にしては、と注釈がつく。

 ちゃんと格闘術もおさめているし、人間相手なら遅れをとることはない。


「こ、この、この、ぶれいもの! わたくしのごえいを……!」

「何をしている」


 ヘンリエッタの怒声を冷え冷えとした怒りの滲む声が遮った。ずしん、と空気が重くなる。


「ひっ……!」


 ヘンリエッタの表情が恐怖に歪む。

 他の者たちも恐怖で硬直していた。ノエルは背後に近づいてきた気配に向かって振り返る。

 

「殿下」

「怪我はないか」

「はい、ございません」


 ギロリと異形の眼がノエルを捉えた。

 炯々と光る青緑色の瞳はまるで怖い話に出てくる人魂のようだ。長めの前髪から覗く顔も険しく歪められている。

 鱗のせいで左右の表情に違いが出て、恐ろしさが増していた。


 今日もヴィンセントはノエルを迎えに来てくれたようだ。毎回遅刻していたおかげである。

 今は助かったが、なんとも情けない理由だった。


 ノエルの無事を念入りに確認していたヴィンセントの険しい目が見開かれ、ぐい、とノエルの顎を掴み、仰向かせた。

 今までになく近い距離に思わず身を引こうとしたが、有無を言わせぬ力に動けない。


「目が赤い。泣いたのか」

「えっ?」


 一瞬なんのことかと頭に疑問符が浮かぶ。

 昨日、号泣した影響が残ってることを思い出した時には背中に手を回され、隠すようにヴィンセントに抱きしめられていた。


「ひょえっ!」

「ヘンリエッタ、貴様よくも」

「ひぃっ!」


 突然の抱擁に動揺して間抜けな声が出たノエルに対して、ヘンリエッタは締め殺される鶏に似た悲鳴を発した。

 抱きしめられて慌てている場合ではないと、ノエルは誤解を解くため顔を上げる。


 ヴィンセント越しに見えたヘンリエッタは可哀想なほどガタガタと震えていた。

 側に控えていた侍女たちはというと、いつの間にか手を取り合って逃げ出している。

 護衛もノエルが気絶させた男と、ヘンリエッタを諌めた騎士以外は全員ヴィンセントに気圧されて後退していた。


(あの人たち、何のためにいるのかしら?)


 幼い少女が怯えているのに、守りもせずに置き去りにするなど酷い大人だ。

 彼らをヘンリエッタにつけたのは国王夫妻である。

 最高権力者のはずなのに、肝心な時に役立たない部下しか用意できない。権力だけではなく人徳もないようだ。


「殿下、違います。この目はヘンリエッタ王女殿下は関係ありません」


 ここはノエルがとりなさないと、大事になってしまう。

 ヘンリエッタを庇う言葉にヴィンセントは顔を前に向けたまま、ノエルを見た。


「あなたの尻尾を切ると言う物騒な発言が聞こえたが?」

「そ、それは事実ですが、泣いてはいません」


 肝心な部分はバッチリ聞いていたらしい。とても不機嫌そうだった。


「殿下、私は気にしておりません」

「気にしていなくとも、暴力を振るおうとした件は許してはいけない」

「あの、自力で撃退できましたので……」

「あなたは無事であったが、今後ヘンリエッタが会う獣人が無事で済むとは限らない。獣人の体の一部を収集するなんて悪趣味な真似はやめさせるべきだ」

「いや、あの、王女殿下にそんな趣味は、ない、かと……」


 ヘンリエッタのことをよく知らないために庇う言葉にも自信が欠けている。

 そっとヘンリエッタの方を見ると、彼女を庇う騎士がぶんぶん首を縦に振っていた。


「ほら、殿下。彼も同意しています。今日はたまたま、虫の居所が悪かっただけですよ」

「……機嫌が悪いから他人に当たるのはどうかと思うが」

「まだ五歳ですよ。大目に見てください」

「もう、五歳だ。……しかし、まあ、あなたがそう言うなら、仕方あるまい」


 殺気を収めたヴィンセントにその場の全員が胸を撫で下ろす。

 離宮へ行くのかと思ったらヴィンセントはヘンリエッタを一瞥した。


「ヘンリエッタ」

「ひぅっ……!!」


 ヴィンセントは普通に話し掛けただけだが、名前を呼んだだけでヘンリエッタは震え上がった。

 ひきつけでも起こしそうな有様でノエルははらはらする。


「王族を名乗るならそれに相応しい振る舞いをするように。それからぼくの許可なくノエルに近づくな」


 ヘンリエッタはぎこちなく頷いた。

 護衛も安堵した表情で後ろに下がる。ノエルも発言を聞き入れて貰えて、肩から力を抜いた。


「ああ、そうだ」


 ノエルの肩を抱き踵を返そうとしたヴィンセントが何かを思いついて立ち止まる。

 解けていた緊張が再び張り詰めた。


「二度と生えてこないノエルの尻尾はやれないが、ぼくの羽はいくらでも生え変わるからな。そんなに獣人のものが欲しいなら、くれてやろう」


 わしりとヴィンセントが右耳に生えた黒い羽を掴む。みし、と何かが千切れる前の嫌な音がした。

 ヴィンセントのその動作を目で追ったヘンリエッタは、一拍おいてから、ふぅ、と後ろへひっくり返る。

 護衛が腕を滑り込ませてなんとか受け止めた。


「結構ですっ!!!!!!」


 全力の断りを入れると、気絶したヘンリエッタを抱えた護衛は脱兎の如く逃げ出した。

 遠巻きにしていた他の者たちもその後を追う。ノエルが気絶させた騎士は置き去りである。

 少々気になったが、ヴィンセントに促されたので、離宮へ足を向ける。


「……殿下、ヘンリエッタ王女殿下に何か恨みでも」

「特にない。以前面と向かって母上に『化け物を産んだということはあなたも化け物なの?』と言っていたのを思い出しただけだ」

「……それは恨みがあるってことですよ」


 少々大人げない態度に合点がいき、ノエルはため息を吐いた。

 ヴィンセントは素知らぬ顔で抱擁を解き、そっと身を離す。代わりに手を取られて、自然にエスコートされた。

 離れた場所で並んで待っていたリサとパーシヴァルが付いてくる。


 何事もなかったかのように離宮へ歩き出した二人の前にひらりと黒いものが横切った。

 ヴィンセントの羽根だ。咄嗟にノエルは拾い上げていた。


「ああ、申し訳ない。抜く振りをしただけだったんだが……。力を入れすぎて本当に抜けてしまったようだ」

「痛くはありませんか?」

「大丈夫だ。羽根と鱗は何度でも生えてくるから」


 痛いかというノエルの問いとは微妙にずれた答えが返ってくる。

 ヴィンセントの声にはうんざりとした響きがあった。

 光の加減で鮮やかな緑色に光る羽根はノエルの手の平を超える長さだ。


(何度も抜いてみたことがあるのね、殿下は)


 この長い羽根が耳に密集して生えていたら、色々と邪魔になりそうだ。抜きたくなる気持ちはわかる。

 しかし、羽根の軸は髪の毛よりもよっぽど太い。

 これを無理に抜くと痛いだろう。鱗だって無理に剥がせば血が出そうだ。


 痛みを堪えてでも、無くしたいと思ったことがあったのだろうか。

 そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。


「……これ、私が頂いてもよろしいですか?」

「は? そんなものが欲しいのか?」

「はい。綺麗じゃないですか」


 光の反射で緑に光る羽根は珍しい。ノエルはくるくる回して角度によって変わる光を楽しんだ。


「……贈り物なら、別の物を用意するが」

「この羽根が欲しいのです。嫌ですか?」

「…………まぁ、構わないが」

「ありがとうございます」


 了承を貰えるまで長い間があった。

 本人からすると髪の毛がほしいと言われるのと同義だから、他人に渡すには抵抗があるのかもしれない。

 ノエルは羽根をハンカチに包み、大切に仕舞い込んだ。

 彼女が強請ったヴィンセントからの初めての贈り物だった。


「…………その、やっぱり別のものを贈るので、返してくれないか?」

「え、嫌です」

「女性に贈る物ではないだろう」

「もう貰ったので返しません!」

「初めての贈り物が羽根なんて母上に知られたら叱られる……!」

「知りません。叱られて下さい!」


 その日の茶会は羽根を巡る攻防が密やかに繰り広げられた。

 ノエルは痛がる振りをするという卑怯な手段に訴え、ヴィンセントの魔の手から羽根を死守したのだった。




 邸に帰ったノエルは「何か忘れているような気がするな?」と首を傾げたものの、羽根を勝ち取ったことに浮かれていたので、それを無事宝石箱の中にしまったことで完全に忘れてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 色々と伏線が増えてきましたね。あれとこれや、それとあれとかが多分結びつくかなーなんて勝手に推測してはニヨニヨしております。
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