Ep.2 『夢乃雅人の物語 第1話 胡蝶の夢』
ぼくは世界の涯てが
自分自身の夢のなかにしかないことを
知っていたのだ -寺山修司-
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僕はふと考えた。
もし異世界に転生できたのならば、女神から勇者の力を授かり、例えどんなことがあっても君のことを守る主人公になれるのではないか。
『夢乃雅人の物語 第1話 胡蝶の夢』
鈍い突き刺さる頭痛と全身の痺れを感じて、僕は目を覚ました。
「…一体、ここはどこだ?」
ぼんやりとしていた視界がやがて鮮明になり、目の前のこの世のモノとは思えない情景を描写した。
「なんだ…ここ…」
唖然とする僕の目の前に広がっていた世界は、現実とは似て非なる世界だった。
今まで見たことのない黄昏よりもさらに濃い歪な"深紅の空"。
辺り一面の瓦礫と廃墟と化した"建造物"。
それらの建造物は、連なり融合しているようにも見える。
そして、ありとあらゆるところに"木の根"と思われる物体が絡みついている。
ここは間違いなく現実世界ではない。
どうして僕はこんなところにいるんだ?
思い出せ。何があったのか。
…そうだ。確か高校から帰っている途中だったはずだ…。
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「私ね。夕暮れが大好きなんだ。」
彼女はオレンジ色に美しく輝く夕焼けを見て、そう呟いた。彼女の名前と同じ、茜空を見て君は惚けていた。
「僕も好きだよ。」
夕焼けに対してなのか彼女に対してなのかわからないまま僕はそう返事した。
「雅人と私はやっぱり気が合うねぇ。流石幼馴染ってところだねー!」
笑いながら君はそう言う。
「あのさ…」
僕が何かを言いかけたその時、強い風が吹いた。
「きゃっ!」
風とともに、桜の木から美しい花びらが舞い落ちてきた。君の美しいショートボブの黒髪の隣を、桜吹雪が横切る。
「綺麗…」
散りゆく桃色の花と遥かなる茜空が合わさり、幻想的な光景を演出する。その光景とつむじ風に僕の勇気と恋心は溶け込み、何処かに飛んでいった。
そんなこんなで、今日も告白できずに、君と帰り道をゆく。
「さくら〜さくら〜今咲き誇る〜♪」
君はそんな僕の気持ちなど知らず、陽気に歌っている。その横顔もとても美人だ。
ふと、路地裏に目をやった。
「ねえ、茜。あれなんだと思う?」
路地裏の先がぼやけて見えない。ぼやけているというか空間が歪んでいるようにも思える。
「なんだろう?霧…じゃないよね。蜃気楼ってやつ?」
茜も困惑している様子だ。
「気になる!近くに行ってみよう!」
「お、おい!急に引っ張るなって。」
茜に言われるがままに手を引っ張られていく。
その歪んだ空間に近づいた途端、とてつもなく鋭い痛みと吐き気、目眩を感じた。
「雅人…なにこれ…う、気持ち悪い…。」
「なんだよこれ…茜…大丈夫か…?」
視界が紅に染まっていく。いや違う。
空間が紅に染まっている。茜の手を掴もうとするが、するりとすり抜けてしまった。ついには、茜の姿が見えなくなった。
「茜!茜!何処にいる!?」
もう声は聞こえない。紅しか見えない。地面も無くなったのか、急激な落下感を覚えて、僕は気を失った。
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思い出した…。
茜は何処だ?茜もこの世界にいるのか!?
他に誰かいないか?
「おーい!誰かいませんかー!あかねー!大丈夫かーー!」
大声で叫ぶが、返事一つ無い。とにかく周辺を探そうと走り出そうとしたその時、後ろから男の声がした。
「…ふむ。どうやら君もこの世界に迷い込んでしまったようだな。」
「わっ!誰だ!?」
驚いてよろけたまま振り返る。
「俺もお前と同じだ。気づいたらこの世界に迷い込んでしまったんだ。まさか他に人がいるとはな。」
そこにいたのは、白衣を着て、眼鏡を装着しているいかにも頭が良さそうな研究者のような男だった。
「そ、そうなんですか!この世界って何なんですか!?そもそも現実世界じゃないんですか!?」
僕は他に人がいた嬉しさと茜を早く見つけたい焦りで早口で質問をする。
「待て待て落ち着け。俺にもよくわかっていない。ただ一つだけわかるのは…」
「ここは俺たちが元いた世界ではない。すなわち現実世界とは全く異なる別の世界だということだ。」
「少し観察してみて分かったんだが、この世界には太陽が無い。そして、あの紅い空は全く変化していない。」
「まるで黄昏時で時間が止まっている。そんな世界だ。」
僕は唖然とした。なぜ?なぜこんな世界に僕は来てしまった?
「僕もうパニックです。急に変なことばっかり起きて…もう散々です。」
「とりあえずこの水でも飲んで落ち着け」
彼はペットボトルのミネラルウォーターを僕に差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
ゆっくり飲みながら、頭の中を整理する。とりあえずまずやるべきことは茜を探すことだ。
「あ、あの貴方のお名前は…」
「俺の名前は環月巡。しがない研究者をやってる者だ。君は?」
「僕は夢乃雅人。この春から高校2年生になった者です。よろしくお願いします。」
「ここで会ったのも何かの因果だ。一緒に元の世界に帰るために、協力しよう。」
「ありがとうございます!!一人じゃ心細いので嬉しいです!!」
「それで、あの。僕に会うまでに、女の人見ませんでした?ショートボブで黒髪の目は丸くて童顔で…僕と同じ高校2年生で、制服を着てるんですけど…。」
「…………………ふむ。」
少しだけ沈黙が続いた。
「いや、この世界で人に会ったのは君が初めてだ。」
「そうですか…。あの、一緒に探してもらえませんか?多分この世界にいると思うんです。」
「いいだろう。君のその様子からして、君にとって大切な人らしいしね。」
「わっ…!そ、そんなこと…」
「ははは、わかりやすいなあ」
「まあとりあえず、その君な大切な人を探しにいこうか。ここらへんを散策してみよう。」
「かっ、からかわないでください!」
僕の永遠に黄昏が続く世界での物語が、今始まった。
昼と夜の狭間、月と太陽が入り混じる不安定な時間。美しく儚い黄昏の物語が幕を開けたのだ。