二話:アンジェリカ
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝。
ニワトリが鳴くより先に、馬の嘶きで目が覚めた。
窓越しに門を見れば、馬車に乗った王国の使いの人間が手紙の返事をもらいにやってきていたのだ。
(朝も早くからご苦労なことで……)
ディアナは簡単に身支度を整えると、昨日の王子様への手紙を使いの人間に渡しすぐさま家に引っ込んだ。
窓から馬車がいなくなったのを確認すると、家の門にも先程の手紙に書いたものと同じ内容の張り紙を貼り出した。
「どれどれ、一体何を考えついたんだ? ……ってなんだコレ?」
猫妖精だが、オレは人間の文字をある程度読むことが出来た。
ディアナが貼り出した紙を読むと、目を疑いたくなる様な事が書いてあった。
思わずディアナを横目でじとっ、と視線を向ける。
しかし、コレを書いた当の本人は「これが最善策だ」と言わんばかりに鼻歌まじりに玄関の掃除を始めていた。
「ふふーん〜……♪」
上機嫌すぎて仕舞いにはステップまで踏んでいる。
「…………コレは、オレから何を言っても無駄だな」
ディアナは傲慢ではないが、変なところで頑固だ。
「まあ…………いっか」
ディアナの行動をいちいち気にしていたらオレの胃に穴が空いてしまう。
本人がコレで良い、と思っているのであればオレから何か言う事は何もない。オレは家に戻ると、朝食を作り始めた。
それは、ちょうど朝食を食べ終えた頃だった。
「ちょっとアンタッ!! あの張り紙は何なのよ!!」
“バンッ!!” と音を立てて玄関の扉が勢いよく開けられた。
そこには、赤い長い髪を大きな三つ編みにした人間の女の子が仁王立ちしていた。
(扉が壊れるから、もう少し静かに開けて欲しい)
扉が壊れたら、直すのはオレだ。
今日は、天気がいいのでシーツを洗濯したいと思っているので余計な仕事を増やされたくない。
「あら、アンジェリカ。いらっしゃい。よければ貴女もクッキー食べる?」
ディアナは気にもせずそのまま食後の紅茶を啜る。
「わあ、ありがとう」
アンジェリカはそのまま向かいの椅子に腰掛けると、クッキーを一枚口に運んだ。
「んんーー! このクッキーすごく美味しいわ」
「喜んでもらえて嬉しいわ」
ちなみにそのクッキーを作ったのはオレである。お粗末様です。
さて、この人間、名はアンジェリカ。人間嫌いディアナの唯一の友達……大事な事なのでもう一度言おう。
ディアナの唯一の人間の友達である!!
村のパン屋の看板娘で週に三度ほど、店のパンを持ってディアナの家を訪れる。
他の人間は父親だろうと、貴族だろうと追い返すディアナだが彼女“だけ”は快く迎え入れる。
以前、どうしてアンジェリカだけは仲良くしているか尋ねたことがある。
その時のディアナの答えは『彼女、見た目はどう見ても人間なんだけど。仕草とかが犬とか小動物っぽくって好きなのよ』と悪びれもなく言っていた。
だがしかし、今まさにクッキーを口に頬張る姿はネズミやリスに見えなくもないと思ってしまう。
「って違うわよ! あの門に貼られた張り紙は一体なんなのよ!?」
クッキーを食べ切ると、本題を思い出しテーブルをバンと両手で叩いた。
「あぁ……あの張り紙のことね。なかなかいいアイディアだと思うでしょう?」
ディアナは、テーブルに肘をついて細く長い指を組んだ。そこに小さな顔をちょこんと乗せ、にっこりとアンジェリカに微笑んだ。
普通の人ならこの仕草、この笑顔に絆されてしまうの。
が、アンジェリカは絆されなかった。
さすが動物な……いや、言い過ぎた。伊達にディアナの友達をやっていることはある。
ディアナに向かって、ズバズバと張り紙について問い詰めた。
「いいアイディアですって? アレの! どこが! いいアイディアなのよ!? あんなのただのトンチじゃないのよ!!」
ディアナが外に貼り出した張り紙。アレにはこう書いてあった。
《拝啓 婚約希望の皆様へ
私は、以下の内いずれかのものをお持ちになった方を夫としたいと存じます。
一つ、空飛ぶ魔法の絨毯
一つ、一夜にして天まで育つ豆の木
一つ、世界一美しい人魚の歌声の入った壺
一つ、動物の言葉がわかる様になる帽子
一つ、世界を見通す魔法の鏡
万が一お持ちになった方が複数いらっしゃった場合は、一番に私に手渡した方と結婚いたしますので悪しからず。
また、季節が一巡りする間に誰も訪れなかった際はこれを天命としこの身を一生、神に捧げたいと思います。
ディアナ・カタルシス》
「だめだったかしら? 王子の手紙にも同じ内容を書いて出したのだけど」
「アンタ、王子様にもあんな内容の手紙を出したの……あぁ、目眩が」
アンジェリカは、頭を抑えながら椅子にぐったりと座り直した。
(ディアナのやることをいちいち気にしてたら、胃に穴が空いちゃいますよー)
心の中でそう言いながら、アンジェリカの足にすり寄って「にゃー」と普通の猫の様に鳴いてみた。
「あら、クラウド。お前のご主人様は本当に変わり者で困っちゃうわねー」
そう言いながら、オレを抱き上げると膝の上に置いて撫でた。
アンジェリカは、オレが普通の猫ではないと言う事を知らない。ディアナ以外の前では、いたって普通の猫として過ごしている。
あごの下を撫でられると気持ちよくって、思わずゴロゴロと喉を鳴らした。
「クラウドのすけべー」
ニヤニヤと笑いながらディアナがからかってくる。
思わずオレもムッとするが、すぐにアンジェリカから「何を猫にしょうもないこと言ってるのよ」と言われて、不服そうにディアナが口をつんと尖らせた。
「そういえばアンジェリカは今日は何しに来たの? 昨日、来たばかりだからてっきり今日は来ないと思っていたのに。パンも持ってないし……」
「アンタは、私をパンの配達の人だとでも思ってるの?」
「違うの?」
「違うわよ! そんな事言うと二度と持ってこないわよ」
(それは困る!!)
怒ったアンジェリカの膝の上で、必死に「ニャーニャー」と鳴きながらアンジェリカをなだめようと試みる。
スープや肉や魚を料理するのはいいのだが、パンを毎朝一から作ると手間と時間がかかる。
なので、アンジェリカが持ってきてくれるパンは我が家で大変重宝しているのだ。
(それに、自分で焼くより断然美味しいし)
必死な叫びに気づいたのか、ディアナが「そうなの? それはごめんなさい」と大人しく謝った。
「まったく。……今日はたまたま近くを通りかかったから、何してるのかと見にきただけよ」
「へぇ~こんな村はずれに……たまたま、ねぇ~?」
この家は、なるべく人に会わないようにと村の中でも一番端に建っている。たまたま訪れるには、確かにちょっと無理がある。
「な、何よ! たまたまよ!! ただ朝方、王国の馬車を見かけたから……。べべ、別に、王子様が、来てるんじゃないかと……見に来たわけじゃないんだからね!! たまたまなんだからねっ!!」
アンジェリカが突然立ち上がったので、膝からぴょんと降りた。
アンジェリカの顔を見ると、その顔は彼女の髪色と同じくらい真っ赤だった。
(ははーん。今朝、手紙を受け取りに来た王国の人間を見かけて『王子様が来てるかも』と様子を見に来た訳か)
だが来てみれば馬車はもういないし、門には妙な張り紙が貼ってあり思わず家に飛び込んできたんだろう。
よくよく見れば洋服もいつもの服より、少しばかりヒラヒラが多い気がする。それに、軽く化粧もしているようだ。
この健気さをディアナは少し見習った方がいいと思う。
「そっそんなことより! 私、この最後に書いてある"世界を見通す魔法の鏡"って昔、おばあさんから聞いた事があるわ」
そのアンジェリカの言葉に、ディアナの満月の様な目を大きく見開いた。
「その話、詳しく聞かせてちょうだい」
読んで頂きありがとうございます!
週一と言いながら早々に上げてしまいました……自分が一週間待てませんでしたっ!!
申し訳ございません。更新は不定期ということで……許して下さい。
このお話は美女と野獣がモデルですが、ディアナのモデルはかぐや姫です。
ついでにアンジェリカは赤毛のアンがモデルです。
まだまだキャラは増える予定でございます。
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もう一作品書いてます。
よろしければ読んでみて下さい〜!!