でも、いつか後悔することになる
思い付きで書いたから、くそ成分が高い可能性や、共感性羞恥心をくすぐる可能性も高いので、初手そう感じた人は、そっ閉じをお勧めいたします。
設置された時計の秒針が、時を刻む音だけが聞こえる教室。
僕はいつも通り、机を挟んで女の子と向かい合って座っている。
「――そういえば、この前のお返し」
高嶺さんが、高そうな鞄の中から黒い箱を取り出して、僕に差し出した。
「あ、ありがとう」
「大したものじゃないけど。開けてみて?」
「うん」
いかにも高そうな箱を恐る恐る開くと、シンプルに黒と白のみで配色された時計が入っていた。
「――こんな、いかにも高そうなものもらえないよ」
「いいえ、貴方がくれたものはもっと凄かったわ」
「そんなことないよ。僕がこの前あげたもの何か覚えてる!?」
「ええ。覚えているわ。――手作りクッキーよ!」
「いや、そんな微妙に誇ったような表情で言われても……」
「――私にとって、あれは凄く嬉しかったの。友達もいない私が初めてもらった、手作りのもの。私、そういうの初めてもらったから、嬉しかったのよ」
そんな喜んでもらえてるとは思ってなかったから、こっちまで嬉しくなってしまう。
「……」
「私も手作りで何か返そうと思ったのだけど、時間もないし、そういうの苦手だから、その分、お金をつぎ込んでみたわ!」
「だから、そんな微妙に誇らしげな顔をされても……」
「――でも、嬉しいよ。ありがとう。高嶺さん」
「ええ。こちらこそ、喜んでもらえて嬉しいわ」
「早速つけていいかな?」
「いいわよ。私も見てみたい」
僕は箱から出した時計を、丁寧に手首に巻いた。
「どうかな」
「似合ってるわ」
「そうかな」
「ええ、そうよ」
リストバンドの部分が、やけに馴染むし、柔らかいし、なんか付け心地いいし、一体どこでかったのだろうか。無粋だけど、気になった。
「ちなみになんだけどさ。これどこで買ったの?」
「ふふふ。よくぞ聞いてくれたわね。――この時計は、スイスの高級老舗時計店に特注で作らせたのよ! 本当なら一年待ちだったのだけど、高嶺財閥の権力をもってすれば、一週間よ!」
「す、スイスね……」
――あ。永世中立国か。
僕は多分、彼女のことが好きだ。正直、その確証はないけど。幼い頃に『ななちゃん』に抱いた思いと、同じように感じるから。恋だと思う。わからないけど。
でも、きっかけみたいなものは、ちゃんとあって。
あれはどんな天気の日だったか。そう――
「あの日、星が降った日。それはまるで、」
なんておしゃれな台詞を吐きながら、回想シーンに入りたいものだが、恋なんて対しておしゃれなものではないので、簡単にはそんなもの吐けない。
だから、適当に雨でも降ったんだろう。
放課のチャイムが鳴って、その日は午後からの雨ということもあり、校内には文化部以外には誰も残っていない。そして、文化部は部室にこもる部活なので、廊下、下駄箱、階段などには、誰もおらず、吹奏楽部の音楽が微かに耳に入るだけで、かなり静かだ。
僕は今朝見た天気予報の話を素直に聞き入れ、母が買ってくれた黒い新品の傘を持って来たのだが、学校の七不思議のひとつとして数えられる『消える傘』に僕は巻き込まれてしまった。おかげで傘はなく、歩いても帰れるけど歩きたくない距離にある家まで、ずぶ濡れで返るのも嫌なので、学校の玄関で雨を眺めていた。
「ごめん……洗濯物……。君を救えなかった……」
「――何言ってるの? 貴方」
「高嶺さん!?」
僕が帰ったら取り込もうと思っていた洗濯物に陳謝していたところを、誰か。まあ名前は既に言ってしまったので、もうこのまま進行しよう。高嶺さんに話しかけられた。
「いや……その。『消える傘』に巻き込まれちゃってさ……」
「そう。他のクラスメイトに持ち帰られたのね」
「いや……まあ。(折角オブラートに包んだのに)うん。」
「じゃあこれ」
彼女はそう言って、本革でできていそうな、高そうな、貴族が持っていそうな鞄から、これまた高そうな折り畳み傘を取り出し、僕に差し出した。
「どうしたの?」
「貴方には、これが『傘を差しだす』以外の行動に見えるの?」
「いや、見えないけど……。――貸してくれるの?」
「いや、あげるわよ」
「あげるって、プレゼントってこと?」
「そうよ。貴方にプレゼント」
「そ、そっか……。でも君は濡れていくの?」
「いいえ? 迎え車が校門まで来てるし」
「え? でも校門まで濡れ――」
「傘のスペアも十本あるから大丈夫よ」
彼女が鞄の中身を見せてきた。
本当だ。傘がたくさん入っている。でもだとしたら、教科書とか体育着はどこに置いてあるのだろうか。
「そ、そっか」
「そうよ」
「まあ、とりあえずありがとう……」
「礼には及ばないわ。――それじゃあ」
「ま、待って!」
「なにかしら」
「いや、その――」
どうしてこんな僕に、傘なんかをくれるの。僕がそう聞こうとしたら、意味は分からないけど、彼女は答えていた。
「お返しよ」
「――それじゃあ」
彼女はそう言って、校門に待機している黒いハイヤーへと乗り込んだ。
気づけば雨はやんでいた。
「次、雨が降ったら告白しよう……」
こんな滑稽なこと、思いついた理由はわからなくて、できてもせいぜい推測くらいだ。
でも、推測をするのならば、多分、僕は恋がしたかった。恋をして、悲痛な学校生活の思い出に、色を付けたかった。
先日呼んだ家の本棚にある少女漫画に、描いてあった。
「恋は、世界を彩ってくれる!!!」
だから、恋をしているっていう確証はない。恋をしようとしている。というほうが正しいかもしれないから。
――あの日から雨は降っていない。
―完―
というのは冗談で。
雨が降っていない、という事実に変わりはないのだが、あの日から一年間、雨が降っていない。あの日一年生だった僕は二年生になり、彼女と同じクラスになり、楽しく過ごしていたら、瞬く間に一年間は経過した。そして、その一年間、一回も雨が降らなかったということだ。
ただ、雨が降らなかっただけで雪は降ったし、雹も降ったし、東京都心で吹雪も発生した。この気候は聞いて入れば、ただの異常気象で、実際ただの異常気象だ。いつしか見た、雨が降りやまない世界の映画の上位互換的気候である。
まあこの気候に、なんらかのSFは関わってないし、雨が降らなかったということを言いたいだけなので、記憶の片隅にでも残していただければ幸いだ。
そのため『雨が降ったら告白する』という公約を掲げた僕は、告白なんてしていない。
告白していない。なんて言ったは言ったが、彼女との関係性が全く発展していないというわけではない。あの傘を貰った日から、僕は彼女に積極的に話しかけに言った。別に高嶺さんが傘をくれたから、自分に気があるのだと、自分なら行けてしまうのではないなど思っているわけではない。
ただ感情のままに動いているだけだ。それに僕のような学校内カースト最底辺の人間が、学校内最上位のイケイケ男子に勝れるとも思わない。僕が女だったら間違いなく学校な最上位のイケイケ男子を選ぶし。
というわけで、クラスでも最底辺の座を無事にキープしている僕は、今日もクラスの明るい方たちが帰るまで、教室で本を読んで待機しているのである。
クラスの明るい方たちが帰宅したら、僕は高嶺さんと束の間の会話タイムがある。この時間は僕が一年間かけてやっとつかみ取った時間であり、彼女に黒ハイヤーでのお迎えが来るまでの、隙間時間のようなものだ。
最初は話しかけても睨み返されていただけだったが、あまりのしつこさに彼女も引き下がり僕と話してくれるようになった。今では彼女の方から話しかけてきてくれる始末である。いや、僕もよく頑張った。
僕が過去に思いをはせていると、高嶺さんが急に立ち上がり近づいてきて、僕の机に両手を置き、顔を寄せてきた。どれくらい寄せてきたかというと、顔と顔が一センチも空かないほどだ。
「ねえ、雨降君!」
「なに、高嶺さ――」
「なんでさっきからぼうっとしてるの!」
ち、近い。
「え! い、いや、永世中立国について考えていて」
「――確かに今日の近代史でちょっと先生が言ってけど。そんなに考えることかしら」
「いや、ほら、僕って将来、歴史の教授になろうとしてるからさっ!」
僕はそう言って、高嶺さんの肩を押しやりなんとか呼吸をした。高嶺さんが顔を急接近させてきてから、ずっと呼吸を止めていたから窒息しそうだった。
「なによ。そんなに離れようとしなくてもいいじゃない。私たち友達でしょ?」
「っごめん。近かったからさ」
「――っ」
僕の何の言葉に反応したのかわからないけど、彼女が何かを思い出したような表情をした。
「どうしたの?」
「いや、最近ちょっとした噂を耳にするのよ」
「どんな噂?」
「いや……その……」
「なに?」
何か言いにくい話なのだろうか。彼女がもじもじしていて、可愛い。
「い、いや。そ、その……」
「うん」
「あ、あの……」
「……」
「さっさと言いなよ」
「……」
「いや…、その、最近貴方、私に気があると噂されているから…」
「え!? そうなの!? なんだってええええ」
態度が白々しいが、勿論知っている。
大体、傘を貰った翌日から、僕は彼女に話しかけに行っていた。だけでなく、昼食も一緒に食べようと誘い、移動教室は何がなんでも隣に座り、ホワイトデーには、何も貰っていないが勝手にお返ししたからである。まあ、それがお返しなのかはわからないが。
「私は気にしないから構わないのだけど…」
「僕も別に気にはならない」
いや、気にする。とっても気になる。
「ならいいのだけど」
「――でも、貴方にもきっと想う人がいるのだろうに失礼よね。それに私たちは、友達だっていうのに……」
「友達、ね」
「?」
彼女が僕の発言に疑問符を浮かべている。
「本当に僕たちって友達なの?」
「え?」
僕は一年くらい前のある一件から、クラスメイトだけに及ばず、学校全体からあまりよく思われてない。仲良くしてくれる人も、昔に比べて格段に減った。でも、君がいるからと思って気にしないことにした。いや、まあ実際は気にするけど。
「僕は君のことを、友達だって思ったことはなかったよ」
「なにを、言ってるの?」
雨は降ってないけど、でも今、言いたい。一年間ずっと仲良くしてた。周りからの冷たい視線も嘲笑も気にしなかった。周りからの思いの分、その分僕は君に依存していた。だから、その分君への想いは強い。
彼女が友達を望むから、ずっと言わないように抑えてた僕だったけど。ほんの一瞬気が緩み、自分の気持ちを優先させてしまった。
「僕は、僕が想っているのは君なんだ……。――僕と付き合ってほしい。」
「……」
僕の一言に、彼女は雨の日よりも悲しそうな表情をした。
「――貴方も他の男の人と変わらないのね……」
「ごめん……」
「いいえ、別に謝ることじゃないわ」
「ごめん……。でも、なんか凄く言いたくて――」
「なんで!」
「なんで私なの!」
「理由、を聴いてるの?」
「そうよ! 私は理由を聞いてるの! なんで私に心を惹かれたの? 私のどこに魅力を感じたの? 私が納得できる恋の理由はあるの?」
「僕は……」
言い淀んだ。これが恋かわからないから、その理由を軽々しく口から出すことはできなった。
「ほら、言えないじゃない……」
「え?」
彼女は声を張り上げる。教室に誰もおらず、雨が降っていないから、一言一言、耳に綺麗に届く。
「みんな男はそうなのよ! 私の顔が良いから! 勉強できて! お金を持ってて! 私を彼女にできたら凄いから……」
「私を彼女にしたいからって、それだけが目的で、話しかけてくる奴らばっかよ!」
「みんな私のことが好きなんじゃない!私の彼氏になる自分が好きなんじゃない!」
「貴方は違うと思ったのに! 楽しそうにただ話してくれるだけでよかったのに!」
「貴方も! 自分のためだけに私に好きって言ったの!? 他の男と変わらないの!?」
彼女が潤む瞳で、僕の瞳を強く見つめ、声を荒げ答えを求める。
悲しいのだろう。友達だと思って仲良くしていた相手に、どんな形であれ裏切られてたようなものなのだから。それが自分に対する好意だったとしても、彼女にとっては他人からの好意は不快なものだから、信じていたであろう僕に好意を持たれたというのが裏切られたと感じたのだろう。
でも彼女の嫌がる好意は、『彼女を手に入れることで自分の価値が高まる』という、エゴで塗り固められた好意だ。彼女は今までそのような好意しか、向けられてこなかったのだと以前話していた。
いや、別に自分の思いがエゴじゃないとは言わない。というかエゴだろう。
、違うということを全力で伝えるだけである。包み隠さず、変に言葉を飾らず、思ったままに。
「違うよ……」
「なにが違うの!」
「……」
「ねえ! 教えてよ!」
「僕は!」
僕は彼女の言葉を勢いよく遮った。遮って、できる限り優しい笑顔で彼女に語り掛けた。
「僕は、雨が降ったあの日、君が手を差し伸べてくれたから……。それで僕は、君を好きになったんだ」
「――あの日? 去年雨が降った日?」
「……」
「スペアが十本ある君は僕に傘をくれた。あの頃は、いわゆる――強姦事件のことで僕が学校全体から嫌われ始めたときだった。誰も話してくれなくて、誰もが僕と関わることは避けて、先生でさえ僕を白い目で見るようになった。酷い話だよね。やってないのに、僕の言うことを誰も信じてくれなかったんだから……。どんなに声に出したって、誰の耳にも届かなかった……」
今でも思い出す。廊下を歩けば、誰かが自分のことを指さし笑っているように感じる。だから、できる限り移動しないようにしようと、休み時間に机で寝ていても、誰かの笑い声が聞こえれば、それがすべて自分の悪口に聞こえてしまう。
「そんな時に、君は僕に優しくしたんだから。君のことを考えていたら、ちょっと気が楽になって……。君と話していたら、もっと気が楽になって……。――こう言うと、なんか君に依存してるみたいだね」
「……」
「実際依存していたようなもんだよ。重い好意かもしれないけど、これが僕の好きになった理由」
「それで、まあ……」
「――好きになってしまったんだ」
「……」
僕が答えると、彼女はそっぽを向いてしまった。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
気になったので、回り込み彼女の顔を覗き込む。
「見ないで…… 今……だ、だめ……」
「えー」
「いや……」
先ほどの怒った彼女とは一変し、萎れた彼女の両頬を、僕は両手ではさみ、無理矢理上を向かせた。いや、訂正。優しく上を向かせた。上を向かせたのだから、顔を紅くする彼女と勿論目と目が合う。余裕ぶっているかもしれないけど、心臓ははちきれそうだし、ロマンスは止まらない。
「僕も聞いていい?」
「にゃ、にゃにうぉ?」
僕が頬を抑えているので、少し喋りにくそうだ。
「僕と付き合ってくれるの?」
「うぇ……」
「どうなの」
「……」
「高嶺さん?」
「……」
「――っ! わかったわ!いいわよ!あなたと交際しますう!」
彼女が僕の腕を振り解き、語気を強く言った。
「ほ、ほんとに?」
「ほんとよ!」
「っし!」
「――で、でも! 周りには秘密よ! 恥ずかしいんだから……」
「わかったよ!」
「わかったなら、いいわ……」
「いやっふぅうううううううう!!!」
「やったぞおおおおおおおおおおお」
「あ。ちょっと――」
僕は嬉しさのあまり大声で叫びながら、学校を全速力で後にした。
「なんなのよ……」
隠して、僕は彼女と付き合うことになった。
でも、いつか僕は後悔することになる。
これが恋じゃないなら、世界に恋なんて存在しない。みたいな台詞知ってる人いませんか。
暇な人、文字間違ってたら、教えてください。