闇夜の襲撃
「ディオニウス、あなただけは必ず守ります」
眠る我が子を愛おしそうに見詰め、意を決して部屋の灯りを消す。彼女は暗闇に目を慣らして待ち構えた。
「用心し過ぎかしら?」
山奥の秘境まで訪れる者はいない。彼女が警戒を解こうとした矢先、窓が震えた。
「小癪な!」
「誰です?」
彼女は杖を構えながら、油断なく辺りを警戒する。
「長の情婦にしては、なかなかの手練れのようだ」
暗闇から滲み出るように男性が一人現れる。その手に握られた黒い刀身の短剣は、一族の暗殺部隊の所持品だ。
「ソフィア様に命じられたようね?」
「女、一族の者か。ならば長と不義密通した者の末路は理解しているな?」
「ええ。ですが、易々とはやられません」
ラリアは言いつつ、ディオニウスを連れて逃げようと考えていた。彼女の記憶では、城の刺客は二人一組が基本のはずだ。もう一人の所在を明らかにしなければ逃げようもない。
「そこですね」
何もない空間へ氷の礫を放つ。その飛礫は見えない何かに当たって弾けた。
「よくぞ気付いた。どうやら一筋縄ではいかないようだな」
目の前の男性とほとんど見分けのつかない者が現れる。ラリアとは慎重に間合いを狭めて来る二人。
「母上、何事ですか?」
ただならぬ気配にディオニウスが目覚めた。
「長の子か?」
「この子に手出しはさせません。あの人に託された子なのです」
「長の男子、アベル様の邪魔者」
「女、恨むならば、長を恨め」
「若君に助けられた命、恨むなど以ての外です」
「ならば死ね!」
左右同時に仕掛けて来るが、どちらも必殺の気合を含んでいる。中途半端な対応は間違いなく死を意味した。
「障壁!」
ラリアは迷わず防御魔法を使った。二人の刺客はそれで足止めされる。
「ディオン、外へ!」
「はい、母上」
破られていた窓から外に出ようと動くが、それは察知されて襲撃者に阻まれる。
「逃がしはせぬぞ、女!」
「ガキと雖も容赦はせぬ」
二人の襲撃者は背中合わせに立つラリアとディオニウスを挟み込み、それぞれ一対一で向かい合う。
「ディオン、やれますね?」
「はい、母上!」
彼は溌剌とした返事をして、父から渡された短剣を構える。
「覚悟して下さい」
ラリアは短く呪文を唱える。
「閃光!」
瞬間、目を焼くほどの光が溢れる。ラリアとディオニウスはその光を直接見ない位置だが襲撃者の二人は暫く動けないはずだ。
「甘いな」
だが、ラリアの前にいた襲撃者は構わず斬り掛かって来た。
「そういう小細工には対策済みだ」
迫る鋭い太刀筋を彼女はギリギリで避ける。ディオニウスに向かっていた襲撃者はまともに目眩ましを浴びたようで闇雲に刃を振り回していた。彼女は勝負を付けようと決心する。
「剣よ!」
彼女の呼び掛けに応じて、杖は剣へと変化した。
「面白い道具を持っているようだな」
「てやー!」
横薙ぎに斬り掛かった彼女の刃を、襲撃者は後方宙返りで躱す。
「ほらよ」
手元から何かが飛んで来たが、それは彼女から大きく外れていた。
「どこを狙って……?」
「あぐっ……」
短い悲鳴が上がる。振り返るとディオニウスの右肩に刃が刺さっていた。
「痛いだろう? すぐに楽にしてやろう」
目眩ましを受けていたはずの襲撃者が、ディオニウスに迫る。
「負けるものか!」
激痛を堪えて彼は襲撃者の刃を避けると、返す刀で斬り付ける。鮮血が飛び散った。
「このクソガキ!」
激昂した襲撃者はディオニウスを蹴飛ばした。
「ディオン!」
「余所見は命取りだぜ」
着地と同時に飛び込んで来る襲撃者。ディオニウスを蹴飛ばした方も同時に斬り掛かって来る。
「死ね!」
「流星斬!」
ラリアは剣を左へ横一文字に構えると、先程とは比較にならないほど素早く剣を振り切った。二人の襲撃者は真っ二つになって転がる。
「くっ……」
振り切った彼女の右手から剣と手袋が落ちた。技の衝撃に義手が耐え切れなかったのだ。
「ふはは、危ないところだった」
「義手でここまで我らを追い詰めるとは、大したものよ」
「バカな」
襲撃者の二人は何事もなかったかのように立っていた。ラリアは慌てて左手で剣を握る。
「片手で我ら二人は相手できまい。観念せよ」
「若君に頂いたこの命、決してムダにはできないのよ!」
ラリアの悲痛な叫びも、襲撃者の心には響かない。壁際で気を失っていたディオニウスが目を開けると、そこに母の背中が見えた。
「母上……?」
「ゴメンね、ディオン」
滴が宙を舞う。ラリアは仰向けに倒れた。その胸には深々と刃が刺さっている。乾いた音と共に髪飾りが転がった。
「申し訳ありません、若君……」
「母上ー!」
泣き叫んだディオニウスの胸にも熱い感触が湧き上がる。
「不埒者めら、粛清」
襲撃者二人は母子の絶命を確認すると、彼女たちの武器を手にした。
「素晴らしい逸品だな」
「切れ味を試すか」
一方がラリアの髪を掴んで持ち上げ、もう一方が彼女が持っていた剣でその首を刎ねる。続けてディオニウスの首も斬り落とした。
「この剣は我らが貰い受ける」
ラリアの剣と、ディオニウスの短剣を襲撃者二人は我が物にする。母子の首は証拠物件として袋に詰めた。二人の遺体を放置して襲撃者は夜の闇に消える。
翌朝、ランティウスが家に帰って来た。
「何だ、様子がおかしい?」
窓が割れ、家の中からは何の気配も感じない。
「ラリア! ディオニウス!」
寝室に飛び込むと、そこには首と右腕を失った女性の遺体と、首のみを失った子供の遺体が転がるばかりだった。
「ラリア、……ラリア!」
女性の遺体は間違いなくラリアと判る特徴を備えている。
「誰が……、誰がこのような……」
ランティウスの目からは熱い滴が溢れ続ける。傍らにあるディオニウスの遺体と、ラリアの遺体を抱えて、彼はひたすら泣いた。寝台の下にはラリアに贈った髪飾り、星型の髪飾りが転がるのみ。
声の想定
ラリア 早見沙織さん
ランティウス 諏訪部順一さん
ディオニウス 喜多村英梨さん
襲撃者 杉田智和さん
【時系列の解説】『氷の蔦は愛に狂う』〈骨肉〉と並行。
この後、〈骨肉〉後半へ続く。




