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我が子

 夜、ディオニウスを寝かしつけたラリアが夫婦の寝室に戻って来るのをランティウスは待っていた。

「ラリアには、これを渡しておこう」

 彼は彼女の手に一粒の宝石を握らせる。

「龍玉石だ。持ち主の思いのままに、好みの武器形状を形成する」

「これは、長の持ち物ではありませんか。このような宝物は頂けません」

 ラリアは驚いて、宝玉を返そうとした。だが彼は優しく微笑むだけだ。

「預けるだけだ。世の中には物好きがいて、このような秘境にまで来ないとは限らない。護身用に持っていてくれ」

「そうまで仰るなら、分かりました」

 彼女は渋々ながら宝玉を預かる。

「本来なら念じるだけだが、発声の制限を掛けておこう。私とラリア以外は本来の能力を発動できない制限だ」

「どのように使うのですか?」

「そうだな、まずは剣に変化させようか。形状を想像して、物の名前を呼べばいい」

「分かりました」

 ラリアは瞳を閉じて、愛用の剣を思い浮かべる。

「剣よ!」

 手の内にあった宝玉が輝き、瞬時に彼女の手には剣が一振り出現していた。

「ラリアが念じると、そういう形になるのか」

 興味深いといった風情でランティウスは剣を見つめている。

「次は杖にしてみよう」

「はい」

 ラリアは再び瞳を閉じて念じる。

「杖よ!」

 剣が輝き、形状を変化させてゆく。彼女の手元には短い杖が一本あった。

「これで次からは呼び掛けのみで姿を変える。宝玉に戻す時は、戻れと命じるだけだ」

「はい。戻れ」

 ラリアの声に応じて、杖の姿から元の宝玉になる。続けて彼女は形を思い浮かべずに命じた。

「杖よ!」

 宝玉は輝いて杖の形になる。

「もう扱いは大丈夫のようだな」

 ランティウスの笑みは柔らかい。

「この短剣はディオニウスに渡しておこう」

「あなた、本当に子煩悩ですわね」

 ラリアは笑っているが、彼の表情は固くなる。

「それはお前の子だからだ」

「どういう……?」

「ディオニウスには兄がいるが、そちらの不甲斐なさに情けなくなる」

 アベルのことだ。

「こうして二人を見比べると、長に側室が認められる理由が分かる。私は誰とも比べられなかったが、それでも立派な兄であろうと努力はした」

「あなたの努力を、私は最も近くで見て来ました。ディオンは少し足りないぐらいです」

 ラリアは微笑む。

「それでな、そろそろ二人を連れて城に戻ろうと思っているのだ」

「城に?」

「ああ、最近の城内は不穏な空気でな。恐らく私が不在であるのをいいことに、良からぬ企みが行われているようなのだ」

 ランティウスはいつになく真剣な表情をしていた。その表情にラリアは見蕩(みと)れている。

「エリスは側室を認めないと言うが、強引にでも認めさせる。その方法として、ディオニウスとアベルで力比べをさせようと思っている」

 彼の考えは、城内で甘やかされているアベルに、彼自身が鍛えた我が子を対面させ、剣技、魔法、知力で一族の有力者に世継ぎとして相応しい男児の選定を行わせようというものだった。

「そのようなこと、できるのですか?」

「ああ、我が祖父グラシオスが弟君と世継ぎ選定の力比べを行ったそうだ。その年齢基準が双方七歳以上とされている」

 ラリアは初めて聞く話だった。そしてハッとする。

「ディオンが七歳になるのを待って?」

「ああ、だが七歳と言っても修業期間は遥かに長い。ディオニウスの勝ちは確実だ」

 その勝利を以てディオニウスを世継ぎとし、その母親であるラリアを側室として認めさせるというのが彼の計画である。

「大丈夫でしょうか?」

 エリスに恨まれでもしたら、命取りになりそうな気がした。

「大丈夫だ。世継ぎ選定は複数回行える。アベルにも挽回の機会があると知れば、二人は切磋琢磨して優秀な長となってくれるだろう」

「そこまでお考えでしたか」

 ラリアは安堵した。改めて彼の優しさに惚れ直す。

「二人が兄弟の絆を確かめられるよう、対の剣も用意しておくか」

 ランティウスは棚から金属棒を取り出してテーブルの上に置いた。それからラリアの手元にある剣を見詰めて、彼は意識を集中する。卓上の金属棒が光って形状を変貌させると、彼女の持つ短剣とよく似た意匠の短剣が出来上がった。

「これでいいだろう。この一対の短剣を見れば、ディオニウスを疑う者もおるまい。これを渡しにもう一度、城に戻る。最近、妙な胸騒ぎがするから留守を頼む」

「はい、お任せ下さい」

 ラリアの笑顔を見て、ランティウスも優しい表情になっていた。

 数日後の夜。

「では城に戻る。帰りはいつもと同じぐらいになると思う」

 出立の身支度を整えてランティウスはラリアに声を掛けた。先日、装丁が終わったラリアとディオニウスを描いた絵画を布に(くる)んで携えている。その彼と軽く口付けを交わして、彼女は微笑んだ。

「まるで、こちらが我が家のような言い方ですね」

「当然だ。心が休まる場所こそ我が家だよ」

「そのような、勿体ないお言葉です」

 彼の言葉にラリアは嬉しそうに微笑んだ。

「私ばかり幸せでもエリス様に申し訳ない気持ちになってしまいますので、食事ぐらいはご一緒されても良いと思います」

「そうか。遅くとも明日の朝までには戻って来られると思う」

「無事のお帰りを待っております」

「ディオニウスを頼んだぞ」

 二人にとって唯一の子を彼は気に掛けていた。扉の外まで見送って、ラリアは家の中に戻る。その手に杖を持ち、ディオニウスの傍らに短剣を置いた。

「あの人も胸騒ぎがすると言っていましたから」

 屋外に不穏な空気を感じて、彼女は防犯対策を巡らす。窓には防御魔法を施した。

【時系列の解説】『氷の蔦は愛に狂う』〈骨肉〉と並行。

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