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再生

 ラリアは考えていた。ランティウスを庇って四肢を失い、地下へ帰る寸前に意識を失ってから、再び意識を取り戻すまでにどれだけの年月(としつき)が流れたのか、愛しの若君が戴冠式で誰を正妻(ソフィア)に選んだのか。

「ラリア、寂しくなかったか?」

『若君!』

 入室したランティウスにラリアは微笑みかけた。液体で満たされた容器の中では時間の流れは把握できないが、数日間は経過しているはずだった。

「今度こそ、そこから出すからな」

 再び彼は手元で何やら操作する。

「今度は腕から始めよう」

 前回と同じように手足の再生を行う。

「さあ、溶液を抜くぞ」

 付きっ切りで彼女の世話をする彼がいつ休んでいるのか、ラリアは心配になっていた。液体の水位が下がり、彼女は両足で立つ。恐る恐る振り返ると、若君が近づいて来た。

「若君!」

「ラリア」

 愛しの君を抱き締める。前回は崩れた腕が、今回はしっかりと彼を引き寄せた。唇を重ね合わせて二人は熱い抱擁を交わす。

「嬉しい。私、嬉しい」

 止めどなく涙が溢れた。

「こうして、若君を感じることができるなんて、夢のよう」

「ラリア、こちらへ」

 白い布で彼女の裸身を覆い、そっと肩を抱き寄せる。ラリアは自らの足でぎこちなく何とか歩けた。

「まだ筋力が戻っていないようだな」

 ランティウスは彼女の膝裏と背に腕を回すと、あっという間もなく軽々と抱え上げる。続けて柔らかな風が彼女を包み、濡れた髪を乾かせた。

「まずは、新しい手足に馴染むまでは無理をしないように」

「はい、若君。……今は長様でしょうか?」

 躊躇(ためら)いがちに尋ねると、彼は朗らかに笑う。

「ラリアのお蔭で、無事に戴冠式を終えたよ」

 彼女がホッとしたのも束の間、彼の表情は曇った。

「だがソフィアは意に沿わなかった」

「若君、……長様が望んだ人ではなかったのですか?」

 ラリアが言い直すのがおかしくて、ランティウスは吹き出す。

「ラリアだけは特別に、若君でいいさ」

 抱えられていては反撃もできない。彼女は頬を膨らませて抗議の意思表示をする。そうこうする内に、寝室へ到着した。

「さあ、暫く休もう」

 彼女を寝台に降ろして離れようとしたランティウスはしかし、首に彼女がしがみついて離してくれない。

「ラリア?」

「いやです。離れたくありません」

「困った奴だな」

 ランティウスはそっと彼女の頭を撫でる。

「どこにも行かない。今夜は付きっ切りで傍にいよう」

「本当に? 長の務めは?」

「ここは、地上の遺跡だから、時の流れが城とは違う。ここで数ヶ月過ごしても、城では十日ほどのこと。心配には及ばない」

「あれから、どれほどの時が流れましたか?」

 彼女は抱えていた疑問をぶつけた。しかし彼は微笑むだけで、そっと彼女の腕を自らの首筋から離す。寝台の上に寝かされ、どうするのかと見ている彼女の目の前で、彼は衣服を脱ぎ捨てた。

「わ、若君!」

 動転する彼女の横へ裸身のランティウスが同衾(どうきん)する。その逞しい左腕に、彼女の頭を載せた。

「こうして枕を並べるのも久方ぶりだな」

「あ、あの……、あの……」

 素肌同士が触れ合う状況に混乱しかけているラリアは言葉が出て来ない。

「あれから、城では一年近くが過ぎた」

 ランティウスの言葉に彼女は絶句する。城の一年は、地上時間では十年だ。そんな長く昏睡状態にあったとは思いもしなかったのだ。

「若君……」

「ソフィアには、エリスがなった」

 彼の言葉にラリアは引っ掛かりを覚える。

「若君がエリス様を選んだのではないのですか?」

「君の父上を皮切りに有力者がエリスを推薦したのだよ」

「ルーディリート様は?」

 戴冠式の前にソフィアに指名すると聞かされていた人物について尋ねる。

「妹は、戴冠式に出席せず、母の里に隠れてしまった」

「そのようなことが……」

 ラリアは、それ以上のことを聞けなくなった。現在の城は大きく様変わりしたように感じたから。

「エリスが私を想う気持ちが強いことは知っている。だが、あいつは私が強いと信じている。こうして弱い部分を出せるルーやラリアがいなければ、私は壊れてしまうというのに」

「この意気地なし」

 ラリアは年上で剣術の稽古相手であると同時に、彼の初めての女性でもあった。

「そんな時は、私に甘えて下さいと、申しましたよね?」

「ラリア、しかし、その身体では」

「ええ、そういうことはできません。でも、言いたいこと、愚痴の一つや二つぐらいは(こぼ)しても怒りませんよ」

 優しく微笑む彼女を見て、ランティウスは彼女を抱き寄せる。

「や、だから、そういうことはできません!」

「せっかく治した腕や足を、壊しはしない。ただ温もりを感じたいだけだ」

「……相変わらず狡い人」

 身体を撫でる彼に身を任せて、ラリアは微笑んだ。

「ところで、私は城に帰れるのかしら?」

「難しい相談だな」

 ランティウスの手が止まる。

「ラリアは地上で亡くなったことになっている。その上、エリスは側室を認めないと豪語していて、頭痛の種だ」

「私、死人なの?」

「あのケガで生きていると思う者はいないだろう。同行した三人も、そう信じている」

「確かに、私自身が生きていると信じられないもの」

 ラリアはクスクスと笑った。

「側室を認めないって、エリス様らしいわね」

「あいつが嫉妬深いのは子供の頃からだ。だからルーをソフィアにして、エリスとラリアを側室にと考えていたのだ。ルーは先見の……」

 ランティウスは言い掛けて口を(つぐ)む。言ってはならない何かがあるとラリアは察した。

「ルーディリート様には、何か秘密がありそうね?」

「ラリア、聞かなかったことに」

「いいわよ。その代わり、私が生きていると実感させて下さい」

 ランティウスが戸惑っていると、彼女は自ら唇を重ねて来る。

「若君、好きです」

「私もだ」

 熱い口付けだけでは治まらず、二人は夜を分け合った。

【時系列の解説】『氷の蔦は愛に狂う』〈背君〉の後。

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