目覚め
次に気付いたのは、水の中だった。手足のない身体は一糸も纏わず水の中に浮いている。
『ここは?』
水の中だというのに息苦しさは感じなかった。不思議な容器の中に収められているようで、容器の外には見たこともない物体が並んでいる。
『誰か来る』
口は開くが声は出せない。足音が近づいて来て、誰かが容器の外の部屋に入って来た。その人物は彼女の方へ歩み寄って来る。
『若君?』
彼女の目の前で椅子に腰掛けたのはランティウスだった。何やら沈痛な面持ちで俯いている。
『若君! 若君!』
口は動くが声にはならない。手足も肘と膝までしかないのでは、容器の壁すら叩けない。もどかしい思いでジタバタと動いていると、ランティウスが視線を上げた。驚いたような表情の彼と、視線が交錯する。慌てたように椅子から立ち上がった彼は、容器の壁に顔を近づけた。
「ラリア、目が覚めたのか?」
語り掛けて来る彼の表情は優しく見える。
「良かった。お前は生きていてくれた」
彼の目尻には薄らと光る滴があった。
「もう少し辛抱してくれ。そこから出られるようにする」
ランティウスはそう言い置くと部屋から退出して行く。ややあって戻って来た彼が手元で何かを操作すると、彼女の周囲の水が濁った。
「ラリア、右足を想像してくれ」
『右足……』
彼女は意識を集中して自らの右足を想像した。不思議なことに失われたはずの感覚が戻って来る。
「成功だ」
彼女の右足が元通りになっているように見えた。
「これは義足だ。強い衝撃を加えると壊れてしまうから、扱いは慎重に頼む」
『若君、ありがとうございます』
声にならない感謝の言葉が届いたのか、彼は優しく笑っている。
「残りは明日以降にしよう。今日は休んで」
容器を満たす液体に何かを投与するランティウス。ラリアは強い眠気に襲われて、再び意識を失った。
それから数日後、彼女の手足は義肢により再生していた。
「どうだラリア、思うように動かせるか?」
彼の指示を受けて、彼女はぎこちなく手足を動かした。
「もう数日間、様子を見よう」
ランティウスは慎重に彼女の回復を見定める。そしていよいよ、液体で満たされた容器から出る日が訪れた。
「少しずつ溶液を抜くぞ」
彼の言葉に従って水位が下がる。首まで水位が下がり、ラリアは久しぶりに肺へ空気を吸い込んだ。
胸まで水位が下がって、彼女は額に貼り付いていた髪の毛を掻き上げる。今のところ問題はない。
腰から下、膝下と水位は下がり、彼女は自らの足で立っていた。完全に液体が抜けると背後から声が掛かる。
「ラリア、振り向いて」
「若君!」
そこには愛しの君が笑っていた。彼は彼女の裸身を白い布で覆う。ラリアは嬉しさの余り彼の背中に腕を回して抱き締めた。だが、急速に腕から力が抜ける。
「ああ、いや! ダメェー!」
両腕が崩れ、ラリアは足元から崩れ落ちた。その彼女をランティウスが支える。
「すまない。こんなに脆いとは思わなかった」
彼女は再び肘から先と膝下を失った姿に戻った。
「若君、せっかく治して頂いたのに……」
涙が零れる。その彼女の唇が塞がれた。
「……次こそは成功させて見せる」
熱い吐息を漏らして二人は見詰め合う。
「若君、ラリアは嬉しいです。こうして、再び会えたのですから」
「お前をこのまま死なせなどしない」
「はい、信じております」
容器の底に寝かされて、ラリアは目蓋を閉じた。ややあって、冷たい液体の感触が彼女を包む。彼女は再び水中に浮いていた。
「暫く辛抱してくれ」
『はい』
音にならない返事、彼女は笑みを浮かべて愛しの君を見送った。
【時系列の解説】『氷の蔦は愛に狂う』〈背君〉でルーディリートの死去を伝えられた後。




