6.魔女様は非常識(初級)
本日2話目
―――でもね、ヘルベリス様。……急に突飛なことをされると困るんです。
「はい! とうっちゃ~く!」
「……え?……へ?……はれぇえええっ!?」
それは私が泣き止んで身支度を終えた直後であった。
気が付いたら私はヘルベリス様と一緒に知らない館の前にいた。
訳がわからない。え? ここは何処? 到着って?
「わぁ久し振りー。……魔女達よ! 私は帰ってきた!」
両腕を振り上げて「うおぉおおお!」と叫ぶヘルベリス様。私はそんなヘルベリス様を見てから周囲を見渡す。
大きい。とても大きい館。私達は何処までも広がりを見せる荒野にその偉容を晒す館の門の前に立っていた。
左右を見ても館を囲む鉄柵の端なんて視界に映らず、それに囲まれる館も同じように永遠に続いて見える。頭がくらくらしそう……。
高さ絵本に出て来たお城のように天を衝き、備え付けられた窓から館には10以上の階層が存在していると見て取れた。
『カァーッ! カァーッ!』
「きゃっ!?」
門の近くに幾本も生えている枯れ木。そこに留まる大きなカラスの群れがけたたましい鳴き声を発する。……こ、こわい。みんなこっち見てる。
「喧しゃぁああ!!」
唸る拳。
『ギャーッ!!?』
ドーンッ!! とヘルベリス様が枯れ木を殴り飛ばす。
いくら枯れ木と言っても大人の胴よりも太い木。堅さもそれなり筈なのにヘルベリス様はまるで雪の季節に水溜まりに出来た薄氷の如く、砕いて、吹き飛ばした。
木に集っていたカラス達は周辺の木々もろともその一撃に巻き込まれて荒野の広がる地平へ飛んで行ってしまった。……空の生き物なのに翼がなんの役にも立ってなかった……。
「まったくもー。何回来てもギャーギャーうるさいのよねアレ」
「……あの……ヘルベリス様」
「ん? なーに? メイちゃん」
……すっごい清々しい表情をしてる。ついさっきうるさいからとカラスを吹き飛ばした人と同一人物に見えない。というか何ですかあの力。一撃で風景が変わっちゃいましたけど。
「……ここは何処なんでしょうか?」
「あ」
その質問にヘルベリス様は忘れていたことを思い出したような声を漏らすと、舌を出して自身の頭をコツンと叩く。そして首に下げた小さな鏡が付いたネックレスを私に見せてくれる。
「てへ、説明するの忘れてたー☆ ごめんねーメイちゃん。びっくりしたでしょ? ここには魔女に配られてるこの鏡の形をした『招待状』を使って飛んでこれるから移動は一瞬なんだよねー。凄いでしょ?」
「はい」
さっきまで森の家に居たのに、今は謎の館の前。これで驚かない人はどうかしてる。
「ここはねー、私みたいな『魔女』が集まる館なんだよー。その名も『創造の館』」
「魔女の……館」
「そうそう。皆それぞれ自分のお家はあるんだけど……私達の森の家みたいに……それでもこうして館に来るのは便利だからだよ。自分が住んでる場所じゃ手に入らない物品や超越遺産なんかが館内の店頭に並んでたりするからねー。あと新しい魔法を習得する為の呪文書とか触媒である杖とか小装飾品とか仕入れる為とかかなー? それに顔見知りと会えるしねー」
説明の半分も理解出来ない。
私の足りない頭で理解出来たことなどこの館がヘルベリス様のような『魔女』と呼ばれる存在が一堂に会する場であるということだけ。
「でもー……あれー?……おかしいな~」
「どうしましたか?」
「それがねメイちゃん。私達、この『招待状』でここまで飛んできたんだけど」
ヘルベリス様は胸元へ仕舞い込んでいるネックレスを指で小突きながら首を傾げて言う。
「本当なら門の外じゃなくて『創造の館』の玄関に出れた筈なの」
玄関。……私は今一度周囲を見渡す。
「……完全に外ですね」
館の敷地内ですらない。
招待状があるのに? これではまるで……閉め出されているみたい。
「おっかしいな~」
ヘルベリス様は私達の身の丈を遙かに越える門に手を掛ける。
ガチャン ガチャン ガチャン
……押しても引いても門は開く様子を見せない。
「鍵が掛かっているんでしょうか?」
もしかして入れない? もしそうなら森の家に帰るのだろうかと私は考えたが―――
「……ふ……ふふ……ふっふっふ……成る程成る程」
突然笑い出したヘルベリス様が何か納得したかのように首を縦に振る。そして私の方へ振り返り、花が咲いたよう、そう形容するに相応しい綺麗な笑顔を見せてくれる。
「じゃあ早速中に入りましょうかメイちゃん!」
「……え? ですが……」
鍵が。
「大丈夫大丈夫! 鍵なら持ってるから!」
あ、鍵は持ってたんですね。それなら何の心配も……。
でも、どうして鍵が掛かってるとわかった時点で出さなかったのでしょう?
私のそんな疑問を知ってか知らずかヘルベリス様はとんがり帽子を脱ぐとその中へ手を入れガサゴソと探り出す。……あれ? 何だか有り得ない奥行きがあるような……明らかに差し込んだ腕の方が長いのに帽子は完全に腕を飲み込んでしまっている。
「なにが出るかなっ♪ なにが出るかなっ♪ ―――テッテレー♪ 『こじ開け~る君』~☆」
ヘルベリス様は歌いながら帽子の中からズルリと『ソレ』を引き摺り出す。
重苦しい金属特有の光沢を放ち、先端部分に鉤を持つ腕ほどの長さがある棒。
ソレが帽子の中に入ってるのはおかしいとか、ソレは私の目には鍵には見えないとか、色々と疑問は尽きない。……ですが私はアレに見覚えがある。
「ヘルベリス様」
「なーに? メイちゃん」
大工の方が作業道具の中からそれを取り出すのを見たことがある。
「ソレは……」
「これ? マスターキーだよ~。この鍵一本あれば色んな扉を開けることが出来る便利な魔法の道具なんだ~」
それは決して鍵などではない。
「鉄梃ですよねソレ」
「…………」
ヘルベリス様は穏やかな表情になる。
「メイちゃん。これはね……鍵なの」
「え。ですが……」
「ちょっと形は特殊だけど、正真正銘扉を開ける鍵なの」
「……わかりました」
ヘルベリス様がそう言うならそうなのでしょう。魔法の道具と仰っていましたし、きっと私には及びも付かないような特殊な力を有して―――
「さて。……先ずはこの『バール』を」
「今バールって言いましたよね!?」
「い、言ってないわよ?」
言った! 完全に言った!
「……じゃ、じゃあ開けるね~☆」
誤魔化した!
「門の隙間に『こじ開け~る君』を引っ掛けて……えいっ☆」
ヘルベリス様はバールを門の間に差し込み……バギャンッ! と門をこじ開けた。
……完全に……バールです。
魔法なんて無かった。
「ふぃ~……無事に開いたね!」
「……そうですね」
……深く考えるのはよそう。アレには私にはわからない魔法の力が介在していたのだ。きっと。多分。錠前が完全に壊れているように見えるのもきっと気の所為なのだ。
「行くわよメイちゃん。―――いざ! 『魔女集会』へ!」
―――『魔女集会』?