4.大事なのは普通であること
慣れない台所での料理は難しいよね、と思った私はメイちゃんの調理補助に回った。水回りや火の扱い、それに置いてある調理器具や常備してる調味料の位置なんかを教えながら調理した。
ふーむ。体はまだガリガリだけどお薬の効果かテキパキと動いてたね。これなら半月ぐらい毎日しっかりご飯を食べたら肉付きも普通になりそう。
そんなことを考えてたら料理が終わった。
「―――どうぞ」
そう言ってメイちゃんが出してくれた料理に目を向ける。
「……ぉぉ……」
私はその出来映えにお目々をキラキラ☆させる。油断すると『大地を灼く赫き魔眼』が出るから気を付けねば……。
「……そんな風に見られるとちょっと……私も別にお料理が得意というわけではないので……恥ずかしいです」
メイちゃんが手に持ったお盆で顔を隠しながらそんなことを言う。
しかし今の私はそんなメイちゃんの反応よりも目の前の料理に釘付けである。
「す、凄い」
思わず口に出た。いや本当に凄い。だってこの料理―――
「普通だ!」
とっっっ―――ても! 普通な料理が出て来たのだから!
「凄いわ! 何処に出しても恥ずかしくない立派な普通の料理よ!」
「……まあただの麦粥ですし」
麦粥。広義で言えばさっき私が作った物もそれである。……広義過ぎてこの星から飛び出ちゃいそう。
「た、食べていい?」
「はい」
早速頂くことにする。……え? 面倒を看る立場が逆転してる? 細けえこたぁいいんだよ!!
いただきまーす! ぱくり!
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!?」
「ひっ!?」
あ、ありのまま今起こったことを話すわ!
『メイちゃんの料理を食べたと思ったら何時の間にか奇声を発していた』
な、何を言ってるかわからないと思う。私も何をしたのかわからなかった。
頭がどうかしてる。
魔女だとか飯マズだとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてない。
もっとヤベーものの片鱗が溢れ出したわ。
「……ヘルベリス様」
「はっ」
いけないいけない。私ったら変なハッスルをしちゃったわ。メイちゃんにヤベー奴を見るような目で見られているわ。しかもその視線の中に「そんな失礼なことを考えちゃいけない」みたいな感情も見え隠れしてて本格的に私のヤベー度がヤバい。
クールになるのよ私。ここが年上の威厳を見る時!
「何かな? メイちゃん」
「……その。お口に合いましたか?」
「ええ、とっても美味しかったわ。こんな美味しい料理を食べたのは150年振りぐらいかしら」
「……150……ずっとあんな料理……」
あれれ~? 今度はなんか可哀想な人を見る目で見られてるぞ~?
「ヘルベリス様」
「はい」
やべ。めっちゃ畏まった返事になっちゃった。
メイちゃんのお盆を持つ手が震える。指先が白くなってて力が入ってるのが見て取れる。
「私、お料理頑張ります。毎日。……ヘルベリス様の為に」
「――――――」
「……『うちの子』って……言ってくれた……から、……その……頑張りたい……です」
……ぉお。この子はなんて、なんて―――
「メーイちゃーん!」
「きゃっ」
がばぁっとメイちゃんの小柄な体を抱き締める。
「嬉しいよメイちゃん! ありがとう~!」
愛い奴め愛い奴め! 撫で繰り回して頬ずりしてやる!
骨張っててお肌ガサガサで髪の毛ゴワゴワだけど可愛いよメイちゃん!
「……ぁぅぁぅ……」
決めたよ私は!
メイちゃんは私が責任を持って一人前のレディに育ててみせる! このヘルベリス・デルタ・フォトンフィストが!
――――――
「ご馳走様でした!」
「……ごちそうさまでした」
いやー食べた食べた。こんな満足のいくご飯はほんとに久し振りー。150年前に『魔女集会』出禁になって以来じゃない?
……あれ? そういえば出禁って何年間だったっけ? 50年? 100年? 千年? 近いうちに顔を出そうと思ってたけど門前払いとかされないよね?
……考えても仕方ないね☆ 当たって砕けろの精神で行くのよ私! 砕くのは門だがな!
「ご飯ありがとう! とっても嬉しかったわ!」
「……いえ、私の方こそ。……ありがとうございます」
さて、後片付けが済んだら―――
「じゃあ外出の準備をしましょうか」
「……何処かへお出掛けするのですか?」
「うん。色々と入り用な物が増えたからね」
メイちゃんの服とか生活用品とか。それとメイちゃんの常識の範疇(ここ重要)で扱える食材とか。あとは私用も済ませたいし。
メイちゃんがボヤァっとした表情で私を見上げて口を開く。
「……いってらいしゃいませ」
「ん?」
「? お出掛けになるのですよね?」
「……ああ、成る程」
一瞬なんのことかわからなかったわ。メイちゃんにきちんと意味が通じてなかったのね。会話って難しい! でも楽しい!
「メイちゃんも一緒に出掛けるんだよ」
「……私も……ですか?」
「そうそう! メイちゃん用の可愛い服と仕入れに行くのよ! あとご飯とか!」
「……これで十分なのですが」
そう言ってメイちゃんは丈も袖も余りまくってぶかぶかな私の服をふりふりする。……くっ……ちょっとした仕草があざといぜっ。
「駄目よ。私がメイちゃんに合った服が欲しいと思ったんだもの。メイちゃんも綺麗で可愛い服、欲しいでしょ?」
「……でも、勿体ないのでは」
「でももオーガも無ぁああ~い!!」
「ひゃ」
メイちゃんの両脇に手を入れて持ち上げ、たかいたかーいする。ほ~れたかいたかーい。そんでもって一緒にくるくる回る。聞き分けのない子には悪戯しちゃうぞー!
「あわわ」
目が回って来たみたいだから止まってあげる。メイちゃんの高さを少し落として目線を合わせる。
「……言ったでしょ? メイちゃんはもう、うちの子だって」
「…………」
「もしかして帰る家も、帰りを待ってくれてる家族も居てたりする? もしそうなら責任を持って送るわ。大好きな人達と一緒に居るのは正しくて尊いことなのよ」
「……無い……です。……私には……何もありません」
家なき子が独り。
「……そう」
えいやっと抱き締める。ぎゅー。
「ヘルベリス様?」
「じゃあやっぱり貴女はうちの子よ」
痩せこけてるほっぺたにキスをする。
「おかえりなさいメイちゃん。ここが貴女のお家で、私は貴女の家族よ」
「っ」
メイちゃんの目から涙が溢れる。そして私の体に縋り付いて嗚咽を漏らす。
「よしよし。可愛いメイちゃん。私と沢山笑い合いましょうねぇ。きっとこれからは楽しいことがいっぱいあるのだから」
「……っ……っ……! ……はいっ……はいっ」
私は貴女の笑顔が見たい。
だから今は沢山泣いて、そのあとは泣いた時以上に沢山笑いましょう。私と一緒にね。