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26.ありがとう淑女仮面、また会う日まで

 ヘルベリス様は聖水を飲んだ一件が余程ショックだったようで酷く落ち込んでいましたがなんとか励ますことに成功した私は(「私も飲んだのでヘルベリス様とお揃いです」と言った)、アンテルミ様の案内で皆さん連れ立って家の中へと招かれた。サラちゃんは大きすぎるので庭で待ってもらうことになり少し寂しそうにしていた。直ぐ戻ってくるからね。


『じゃあ早速登録の手続きをしましょうか』

「お願いします」


 何をするのか一切知らない私はアンテルミ様の指示に従うだけです。どうぞよろしくお願いします。

 私とアンテルミ様はテーブルへ向かい合って座る。ヘルベリス様達は―――


「えー? 独り暮らし? 独り暮らしなの? 彼氏連れ込んだりとかしてないの? ……よーし☆ ちょっと面白いのが見つからないか家探ししましょう!」

「おい馬鹿、勝手に他人様の家を漁るな」


 …………。

 ヘルベリス様はズカズカと家の中を歩き回りながらチェストの引出しを開けたり這いつくばってソファーの下を覗き込んだりなどの奔放を絵に描いたような行動をしており、それをギリードリフデン様が服を掴んで引き留めようとしています。


『……始めましょう』

「……いいんですか?」

『いいのいいの。……もう諦めてますから』


 アンテルミ様はどこか哀愁を漂わせてそう言った。……きっと過去に色々あったのでしょう。ヘルベリス様絡みで。


『そう難しいことは無いわ。この『契約書』に貴女の血を垂らして呪文を紡いでもらうだけだから』


 差し出される一枚の紙。動物の皮を素材とした、蚯蚓がのたくったような文字が上から下まで書き記された……そんな紙。


『この紙には魔法が込められているの。でもこれ自体に何か強制力が働いているわけではないわ。これに記された情報を“想像の館”にある総合管理事務所に送って登録してもらう為の魔法が掛けられているの』

「……直接持って行くのはダメなんですか?」


 ここで送ってもらう手間を考えれば、その事務所で直接契約書を書いて渡した方が早いと思うのですが。


『これには理由があるんだけど……正直貴女には関係無いのよね』

「私には、関係無い?」

『ええ。本来なら契約書のサインの前にここで『調教』の度合いを計るの』

「……調教?」

『簡単に言えば使役対象である人・獣・魔物・魔獣がどれぐらい飼い主(マスター)に、貴女の言うことを聞けるか確かめるの。そんな確認なんて貴女には必要ないでしょ? だって貴女は『魔惹き』なんだから』

「……まびき」


 またです。何なんでしょうかその『まびき』って。


「その疑問! 私が答えてしんぜよう!」


 突如響き渡る声。

 私は声の聞こえた方、背後を振り返る。……その際に何故か絶句しているアンテルミ様の姿が視界の端に過ぎましたが、とにかく私は後ろを見た。


「……ヘルベリス様?」


 そこに居たのはヘルベリス様だった。まあ声でわかっていたのですが……問題はそこではありません。

 問題はヘルベリス様が『お顔に被っている物』です。


『―――ウッキャァアアアア!!? なんで私のパンツ被ってるんですかぁああああ!!?』


 ……はい。何故かヘルベリス様は女性用下着、パンツをお顔に付けていました。……うーん、意味がわからない。

 ヘルベリス様はローブの裾をはためかせてポーズを決める。……あ、ローブの下……全裸だ。辛うじて大事な部分は見えていませんが。


「私の名前は……シュババッ!……『淑女仮面』っ!」

「淑やかさの欠片も無いです」


 淑女ではなく変態では?


「誰かのピンチに颯爽と駆け付け助け出す! それがこの私……シュバ!ビシィッ! ……淑女っ仮面っ!」

『って、アーーッ!!? それ私のお気に入りじゃないですかぁああああ!!? 返してくださいよー!!?』

「……既にアンテルミ様がピンチです」


 主にパンツのフィット感で。伸びちゃいます。


「さあそこの激カワ少女よ! 悩みをこの淑女仮面に打ち明けてごらんなさい!」

「…………」


 激カワって……私のことでしょうか? ……恥ずかしい。


『いやそこで照れてる場合じゃないでしょ!? 色々とツッコミ所満載ですよアレ!?』

「女の子の口からツコッミ所なんて、はしたないゾ☆」

『貴女に言われたくないんですけど!? 上から下まではしたないんですけど!?』

「はしたないとは酷い。上のコレは君の大事な大事なおパンティーだよ?」

『その大事な物が現在進行形で辱められてるんですが!?』


 アンテルミ様は席を立って跳び上がるとヘルベリス様へ掴み掛かる。


『いいからそれを返してください!!』

「えー」

『なんで文句ありげ!? こっちが文句言ってんですが!?』

「だってー、これ取っちゃうとー、私ー、は・ず・か・し・い・いー……キャ☆」

『……(イラッ』


 あれ? アンテルミ様の姿が……。


『……す』

「んー? なんだい悩める悪魔よ。この淑女仮面に言いたいことがあるのかい?」


 アンテルミ様の翼や髪が……『真っ赤』に染まった。


『殺す』


 その心胆寒からしめる声。その直後であった。


『ブッ殺すぁああアアアアアアアアアア!!!』

「あべしっ!?」


 赤い翼から矢のように放たれた羽。しかも一枚二枚ではきかない、無数に撃ち放たれる赤い豪雨。その全てが一点集中でヘルベリス様へと叩き込まれた。


『ドォウラララララララララァアアアアア!!!』

「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃっ!?」


 翼から際限なく放たれる赤い嵐に巻き込まれたヘルベリス様。

 ヘルベリス様を巻き込んだ嵐はそのまま壁を削り、床を抉り、外に通じる扉へぶつかり……派手な破砕音を立ててぶち抜いた。

 赤い嵐が空へ空へと舞い上がる。

 ヘルベリス様を連れて舞い上がる。そして―――


「アンドラス、貴様は、俺の―――!!」


 ヘルベリス様のそんな言葉を最後に……パッと。赤い嵐が天高くで弾けた。


「――――――」


 赤い羽根がまるで雪のようにヒラヒラと舞い落ちてくる。アンテルミ様が『……ふぅー……ふぅー……』と口から赤い蒸気を吐きながらその光景を見届け……。


『あ』


 何かに気付いた。そして急いで自分が開けた穴をくぐって外へ出ると、空へと向かって手を伸ばす。

 ひらひらと、羽が落ちてくる。……落ちてくるのはそれだけではなかった。

 羽に紛れて落ちてくる……布の切れ端。それはとても見覚えのある物でした。


『―――私のパンツーーーーッッ!!?』


 アンテルミ様の慟哭が響く。聞く物をとても悲しい気持ちにさせる、大切な物を失った、そんな悲痛な声が周囲へと溶けていった。


「―――私の名前は『淑女仮面』」

『うひっ!?』


 吹き飛ばされた筈のヘルベリス様が何時の間にかアンテルミ様の背後に立って居た。


「誰かのピンチに颯爽と駆け付け助け出す! それがこの私……シュバ!ビシィッ! ……淑女っ仮面っ!」


 そしてポーズを決めて名乗りを上げる。その後にヘルベリス様はアンテルミ様へ何かを差し出す。


「さあ、これを受け取りなさい」

『こ、これは?』


 ―――それはパンツでした。アンテルミ様がお気に入りと言っていた物と同一の。


「大切な物。もう2度と失ってはいけないよ?」

『……あ……ああ……』


 それを受け取ったアンテルミ様は胸に抱くとその場に膝を着く。顔を俯かせ涙をこぼす。


『……ありがとう。……ありがとうっ』

「礼は要らない。何故なら私は……ビシィッ! ……淑女っ仮面っ! だからだ!」


 感動。感動的な光景が私の前に広がっていた。

 ああ、ありがとう淑女仮面。貴女のお陰で1人の女性が救われた。私は涙ぐみながら淑女仮面へ感謝の気持ちを抱いた。


「―――……え、何この……何?」

『……ァホン』


 庭の片隅でギリードリフデン様とサラちゃんのそんな戸惑いを帯びた声がひっそりと響いた。

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