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22.呪いの扱い……不憫。

 創造の館(ワークショップ)内の長く広い廊下。そこをギリードリフデン様を先頭にしてヘルベリス様と私とサラちゃんが付いていく。何故かギリードリフデン様はヘルベリス様の首に紐を括り付けて引っ張っていますが、それ以外は特におかしな所はありません。


「私の扱い可笑しくない? ペット? ペットなの? 私デンデンに飼われちゃうの?」

「……お前にいったいどれだけの前科があると思っている。拘束具を付けていないのを感謝してほしいぐらいだ私は」

「手厳しいっ」

「ああ、それとメイ」

「はい、何でしょう」


 ギリードリフデン様、安定の無視。


「するとは思っていないが周囲に飾ってある物には触れないように」

「わかりました。……やっぱり高価な物なのでしょうか? とても綺麗な物が多いです」


 この廊下には調度品が数多く並べられています。絵画。花瓶。窓。燭台。敷物。そのどれもが私のこれまでの生活では想像も出来なかったような品々。……土足で歩くのすら躊躇われる雰囲気があります。


「ふむ。高価な物に違いはないが……正確に言えば『触れると危険』だからだ」

「き、危険?」

「例えばだが……」


 ギリードリフデン様は御自身で危ないと言ったばかりなのに近くにあった壺へ無造作に手を掛けます。


 ―――触れられた壺。その口から大量の、見るも悍ましい異形の手が飛び出してきた。

 その狭い口からどうやって? そう思ってしまうほど大量の手。骨に直接皮を張り付けたような、老木が腐乱したような色味と、背筋に冷水を流されたような生理的嫌悪感を掻き立てる怪異。

 そして何故か……全て左手だと見た瞬間に理解出来た。理由などわからない。ただその溢れる怨念のような物が、見る者にそれを無理矢理に理解させているとしか思えない。

 その手の群れは壺に触れた者……ギリードリフデン様へ向かって殺到する。まるで氾濫した大河の激流のように……触れた者を呑み込み、『手』の一部にするかのように。


「―――この壺の根源は『蒐集(しゅうしゅう)』、宿すは呪いは『蠱毒』。……これの製作者は壺を専門に作る婦人だった。実用・観賞用問わずな」


 しかし手はギリードリフデン様を呑み込むことはなかった。

 ギリードリフデン様は自ら左手を伸ばして一番最初に来た左手を掴んだ。

 ……たったそれだけのことで手の群れ全てが静止する。


「ある時、幼い子供が殺された。婦人の子だ。通り魔と呼ぶべきか、犯人には明確な標的など無く誰でも良かった。ただ己が残虐性を発散したいだけの犯行。……路地裏で見つかった子供の遺体は50以上のパーツに切断されるという凄惨な有様だったようだ。我が子の遺体を見た婦人は必死に掻き集めた。バラバラになった体を。生き返ることなど有りはしないのに、全て繋げば元に戻るとでも思ったのか……」


 手の群れが震える。


「集め終えて気付いた。 左手 が無いことに」


 手の群れが黒ずんでいく。じわじわと、布が水を吸うように。


「そこからだ。……狂った婦人が 左手 を集めだしたのは。我が子の体に合う 左手 を探す為に。……時には墓を漁り、時には埋葬前の遺体からくすね、最後には……生きた者からも集めだした」


 真っ黒に染まりきった。


「その頃になって目的と手段という物が婦人の心から消えた。ただ 左手 を集めるだけの存在となった。妄執と狂気が壺に呪いを宿した。数多の 左手 からたった一つの唯一の 左手 を生み出さんと。―――そして婦人が死に、この壺が他の者の手に渡った後もそれは続いた。呪いは引き継がれる。持ち主が存在する限り」


 ―――パンッ―――

 そんな乾いた音を立てて左手の群れは砕けた。一つ残らず、砕け散った。


「……しかし呪いという物にも『格』という物が存在する。これも無名で魔も呪も解さない一般人が生んだにしては悪くない出来だが……脅威度は精々良いとこB-。暴走したところで大都市の機能を一時的に麻痺させるのが関の山だ」


 砂のように舞う黒い欠片。それがゆっくり、ゆっくりと、渦を巻きながら壺へと吸い込まれていく。


「要はこの壺が一夜でその内に蒐集し呪いへと昇華出来る手の数()は都市一つにも満たないということだ。つまりこうやって『一度に大都市に住む総人口よりも多い人数で壺に触れれば』不具合を起こし……一時的にただの壺に戻るという訳だな」

「――――――」


 ―――何が起こったのか理解出来なかった。

 呪いも、それの元となった悲劇と狂気も。その呪いが齎す都市規模の被害も。

 そして……ギリードリフデン様が行った対処も。

 どう見てもギリードリフデン様は1人で壺に触れた。最初から最後まで。あの呪いへの対処が大勢で触れることならば、いったいどうやって?


「あれはね、メイちゃん」

「っ! ……へ、ヘルベリス様」


 何時の間にか私の傍に立っていたヘルベリス様。その存在に気付いた時、胸の奥に重く沈んでいた暗い物が晴れていくのを感じた。


「デンデンは自分の持つ膨大な『軍勢』と繋がってるの。肉体的にも精神的にも。それによってたった1回の接触に『百万人以上の重み』を付加することが可能になってるの」

「ひゃ、ひゃくまん?」


 百万って……一、十、百、千の……それより多くて……はれ? あれ?


「数、数がいっぱい……」

「あはは~、まあ凄い数だって覚えといたら良いよ今は」


 ヘルベリス様は私の頭を撫でてくれる。……う~、無学な身が恥ずかしいです。


「さて、見てもらった通りだ。この館に飾ってある物品のほぼ全てが曰く付き……今のように触れた者に対して牙を剥く呪物(じゅぶつ)であったり、無理難題を吹っかけてくる魑魅魍魎が潜んでいたり……まあ碌な物ではないな」


 ギリードリフデン様は埃でも払うように両手をパンパンと打ち鳴らしながら私達の前へと来る。


「……どうしてそんな危険な物がこんなに飾ってあるのですか?」


 容易に事故が起きるのでは? 私のそんな疑問に対してギリードリフデン様は「あー……」と少しばかり気まずそうな、含みの有る声をもらしてから言葉を続ける。


「……多くは寄贈品だ。その……魔女というのは……こういう物が本能的に好きでな」


 好き?


「……お好きなんですか? 呪いですよ?」

「全てが、とは言わない。ただ性に合うと言えば良いのか。……そういう呪いは『食える』んだ私達は」

「……食べる。……あ……」


 魔女は呪物を食べる。初めてこの館に来て出会ったセンテルス様がそのようなことを教えてくれました。


「だからこれら美術品は我ら魔女にとって調度品……」

「飲み水とかおやつを置いてるみたいな物よ☆」

「…………」


 ……呪いが飲み水やおやつ。

 魔女様ってやっぱり普通の人とは違うんですね。


「……今のこいつの発言に関しては否定出来ない」

「あーっ! 『今の』ってどういう意味よー! まるで私の発言が可笑しいこと前提みたいじゃなーい!」

「自分の胸に手を当てて考えろ」

「胸に手を……おっぱいしかないわ!」

「サルみたいな感想だな」

「キィーーッ!?」

「うおっ!? 何だ急に!?」


 跳び掛かるヘルベリス様にギリードリフデン様は手を組んで応戦する。


「私のことサルとか言うからよー! そんなこと言うなら餌よこせー!」

「そこの呪いでも啜ってろ!」

「嫌よ! だってその呪い不味いもん!」


 ―――ガーン。……壺から金槌で叩いたような音が響く。

 何でしょう。心なしか先程よりもあの壺が煤けて見えます。


「不味いとは何だ不味いとは! こんな呪いでも美味しく頂ける魔女は居るんだぞ!」


 こんな。


「趣味が悪いわ! そもそも子供の手が見つからなかったからって他所から集めるって発想が最高に頭悪いわ! そんな呪いが美味しいだなんて、感じる人もきっと頭悪いに決まってるわ!」


 頭悪い。


「お、お前……人があえて口にしなかったことを」

「ほらー! デンデンだってそう思ってるじゃない! こんな呪いアホの塊よ!」


 アホ。

 ……壺に対しての悪口が出る度に、ガーンガーンガーンと音が鳴る。

 ああ、影。影が掛かってます。廊下の端で蹲ってるみたいな雰囲気が出ています。


『……クンクンクン……』


 ?

 急にサラちゃんが壺の臭いを嗅ぎ出して……。


『ブヘ』


 サラちゃんは苦み走ったような、皺でくしゃくしゃに歪めたぶちゃいくな表情を浮かべて顔を逸らした。


 ―――ぐはっ―――


「…………」


 まるで血を吐くような声を上げたのを最後に、壺は真っ白に染まった。

 ……こんな時、どんな顔をしたら良いんでしょうか?

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