17.「留守番出来るかな?」「大丈夫です」 ……のちに魔獣襲来
魔獣図鑑
【柴犬】
(∪^ω^)「わんわんお!」
別のお薬、『元気にナ~ル“竜殺し以下略”』に代わり差し出した栄養剤をメイちゃんに飲んでもらう。これは貰い物……創造の館での店売り品なので変な効果は無い。
あっはっはっは。まるで私が作った物は変な効果が有るみたいな言い草☆ きっと気の所為さ!
「クピクピ……ぷはぁ」
「お味はどう?」
「村に住んでた時、空腹に耐えかねて口にした部屋の隅で見掛ける黒い虫よりはマシな味です」
「辛辣ぅな評価」
何その感想。めっちゃ気になる私も飲んでみる。
蓋をキュポッと外してグイッとね!
「 !!? マッジャァアアアアアア!? ニャァアアアアー!? ……え? 甘……甘、い? ……臭っ!? 臭いぃいいひぇええああああああああ!?」
「ヘルベリス様ー!?」
不味い!? 超不味い!? なんじゃこりゃ!?
「お、お水です!」
「あばばばば。……ありがてぇ、ありがてぇ。……グビグビグビ! ッぷはー!!」
助かった~。
……でも、え? これメイちゃん飲んだの? 何食わぬ顔で? 嘘でしょ?
「メイちゃん大丈夫? 不味すぎて逆に体調壊しそうな味だったんだけど?」
「は、はい。……そこまで酷かったですか?」
「口の中に地獄が広がった気分でした」
むむむ? 流石におかしいぞ? こんなに不味いなら絶対に噂になっている筈。良薬口に苦しとかのレベルじゃない。
「こんな時はラベルを確認!」
飲む前に確認しろって? 細けえこたあいいんだよ。
「 !? こ、これは!?」
見慣れた成分表。しかしその下に印刷ではなく手書きの文字を発見してしまった。そこにはこう書かれていた
―――『栄養剤の中身は魔女にとって有害(※味的な意味で)な物に……すり替えておいたのさ! この馬鹿め! お前みたいな味音痴にはピッタリだったろう! やーいやーいお前の母ちゃんデベソー!』
「…………」
「…………」
ご丁寧にメイちゃんでも意味を理解出来る魔法文字。そしてこの幼稚な悪口。
「エプシロォオオオオーンッッ!!」
奴の仕業かぁああああ!?
「クソが!! 魔女に母親なんていないからデベソになるわけないだろー!!」
「……そっち? 味の件はいいんですか?」
「そうだった!?」
くそう、くそう……。なんて酷いことしやがる。
「栄養剤の中身を『聖水』にするなんて地味な嫌がらせを……あ、聖水の瓶に栄養剤入ってる」
「聖水? 教会で頂ける?」
「……うん。魔女って聖なる物に弱いの、基本的に」
弱点を適確に突いてきやがって~。はいメイちゃんはこっち飲んでね。
「今度会ったらただじゃおかねえからな~。絶対に辱めてやる!」
覚えてろ! エプシロン!
――――――
「メイちゃん! 私ちょっと出掛けてくるから!」
「わかりました。どちらまで?」
「ちょっと森の深いとこまで採取にね」
食べ物と服を買った時ついでに図鑑も買ったからね。これさえ有ればこの森で摂れる物の中からメイちゃんが食べられる物が見付けられる!
なんて頼もしいの図鑑さん! 好き!
……あれ? ページ開きにくい……ふんっ! せいっ! はあっ!
「使えねえ!!」
窓から投げ捨てる! 使えない図鑑に用は無し!
「えぇ……」
メイちゃんにドン引きされた。
くそう、何処まで私を苦しめる気だ図鑑めぇ……。
「じゃあ、そんなわけで出掛けるから。お留守番できる? 1人で寂しくない?」
あ、聞いたら私が寂しくなってきた。うぇえ~ん寂しいよ~。
「大丈夫です」
おっふ……メイちゃん強い。私のメンタルの弱さが浮き彫りに……泣きそう。
「1人は慣れてますし、……叩かれたりしない分1人の方が気が楽でした」
ちょ、別の意味で泣きそう。
「おろろ~ん!」
「どうしました!?」
メイちゃんの境遇に涙。
「直ぐ。直ぐに帰ってくるからねメイちゃん」
「は、はあ……わかりました?」
自覚が薄いのが余計に涙を誘う。今まで本当に辛かったんだね。
これからは1人にしないよ。
「よしっ! じゃあ行ってきます!」
涙を流した分だけ人は強くなる! だからさらに強くなった私は前へと進むの!
「あ、そうだ」
おっとっと、忘れてた。玄関を開けたところで立ち止まりメイちゃんの方へ向き直る。
「私が留守の間散歩とかしても良いけどあんまり遠くに行っちゃダメだよ。迷子になっちゃうからね。それと滅多に見ないけど野犬とか熊とかみたいな獰猛なのもいるからちょっと怖い目に遭うかもだし」
「……わかりました」
うんうん素直なのは良いことだよ!
「それじゃあ今度こそ行ってくるね☆ もし何かあったら助けを呼んだら良いよ! そしたら私は当然『魔獣も』助けに来てくれるよ☆」
「え?」
「行ってきま~す!」
私は颯爽と家を飛び出した!
◆◆◆
「……行っちゃいました」
―――ヘルベリス様が飛び出して行ったあと、私は玄関から庭へと出る。
昇ってきた太陽がこの森の中に有るヘルベリス様のお家を照らす。その日差しを手で庇を作って見上げる。
……静か、とても。
「ヘルベリス様、賑やかだから」
予想も付かないことをするから、とっても大変。
私は何時も振り回されてる。
―――でも嫌じゃない。
まるで自分の手ではどうにも出来ない太陽の日差しのように、私を照らすもの。胸が温かくなるこの気持ち。
「この気持ち、この気持ちは……」
『ワオン』
「……?」
鳴き声?
視線を上から音の出所である前へと―――
『ワオン』
「え?」
犬。
大きな犬。
大きな大きな犬。私の背よりも高い位置に頭のある大きな犬。
体高が大人の肩ほどまである白と茶色の大きな犬。
口を開けば私の頭なんてひと呑み出来そうな大きな犬
「――――――」
そんな目を逸らそうにも逸らせないほど存在感のある大きな犬が、何時の間にか、知らない内に、私の目と鼻の先の位置で腰を落として座っていた。
―――私の心を真っ先に占めたのは恐怖だった。
普通の動物とは決定的に違う。
身に纏う魔力によってぼんやりと体を輝かせる。その魔力はこの生き物の身を守る盾であり敵を討つ剣。種によって固有の異能を備える人知の外にある化け物。
魔獣だ。
「っ!!? ~~~~っ!!?」
悲鳴を上げそうになった口を咄嗟に両手で抑える。
大声で目の前の魔獣を刺激して暴れられでもすれば私の命はそこで終わる。だから悲鳴が出てこないように私は必死で口元を抑え続ける。
魔獣の大きさゆえか、その犬特有の『ハッハッハッハ』といった呼気がいやに大きく響いてくる。早鐘を打つ心臓と合わせて私の耳にはそれ以外の音が入ってこない。
怖い
怖い怖い怖いっ
思い出す。この森の中に入る切掛になった出来事を。魔獣の脅威を。
馬車を砕き壊し、それを牽いていた馬を食い散らかした魔獣。
それはどんな姿をしていた? 大きさは森の外で遭遇した魔獣の方が遙かに大きかったが……目の前に居る魔獣とよく似た姿をしていた。
「―――ぁ」
同種の魔獣。それに気付いてしまった私は……足の力が抜けてその場にへたり込んでしまう。
『ハッハッハッハ』
魔獣の巨体により陽が遮られる。私の顔に影が掛かる。
体が震える。震えてるのにそれ以上の行動が出来ない。
動けない。まるで自分の体じゃなくなったかのよう。
このまま食べられる? あの時食べられた馬や、同じ末路を辿ったであろう商人のように。私も。
魔獣の大きな口が開かれる。
「ひっ」
鋭い牙が並ぶ口が近付く。動かせない脚の付け根から生温かい液体が溢れて下着と服を湿らせる。ああ。折角ヘルベリス様に買ってもらった物なのに……。
そんな魔獣が迫ってくる恐怖と下半身の不快感と服を汚してしまった罪悪感が頭の奥で渦巻き……今にも意識が飛んでしまいそうな時―――
『ペロペロペロ』
「……ぅへあ?」
魔獣は噛むのではなく、その大きく長い舌で私の顔をペロペロと舐めてきた。
……あれ? どういうことです?
『ワフワフ』
私の顔を舐めたあと、魔獣はくりくりとした黒い目をパチクリさせて首を左右に傾げる。ふさふさとした毛に覆われた巻き癖の付いた尻尾がパタパタと振られている。
そこには敵意や害意といった物が感じられない。
この陽だまりの庭先に相応しい穏やかさだけがそこに在る。
「……私……食べられないんですか?」
『ワン!』
言葉が通じるとは思っていませんが、私にはこの魔獣が『食べないよ』と言ってくれた気がした。
―――良かった。……死ぬかと……本当に死ぬかと思った。
「あ」
安心した所為で思い出してしまった。
……私、もう11歳になるのに……おもらし、してしまいました。……泣きそう。
『ワオォーン』
魔獣の遠吠えでも吹き飛ばせない虚しさが私の心を占拠した。
魔獣図鑑
【柴犬】
脅威度:A-~S+(『S+』:都市に対して進攻してきた場合、都市に存在する全兵力の出動要請と全市民に対しての避難勧告がなされる。完全な討伐を視野に入れるなら最低でも1人『騎士王』『剣聖』『武王』『勇者』などの特級戦力に部類される者の出撃が望ましい)
生息地:還らずの森(外縁部危険度C-。最深部危険度A+)
体高・体長:10~20m(生後半年で体高が成人男性の背を越える)
寿命:30~50年(3年で成体。平均脅威度A+。天寿が近い個体は命と引き換えの魔力暴走による強化を取得しS+に至る。一昼夜破壊の限りを尽くす)
備考:赤毛と白毛に覆われた犬型の魔獣。気性は獰猛にして苛烈。縄張り意識は薄いが同種以外の存在が目の前に現れれば即座に攻撃を加え、更には一晩で山野を三つ越える速さと持久力によって敵対者を追い詰め仕留める執念を持つ。
その黒い瞳は魔眼であり対象に『恐慌』『衰弱』『重圧』をもたらす力、咆吼には周囲の魔法・魔道具に対しての強力な阻害効果を持つ。
体毛に覆われた皮膚は魔力のうねりにより高い防御を誇る。上位の素材で作成された武具、もしくは特級戦力を備える者でなければ掠り傷を負わせることさえ困難。
牙と爪は魔力強化された防具さえ紙切れのように引き裂き砕く。
名称由来
発見者である冒険者の言葉から。「恐怖でしかない。あれは悪魔だ。……あの犬の形をした悪魔にとっては、この数多の化け物が跳梁跋扈する恐ろしい深き森さえ『小さな雑木《柴》』の如しであろう」
―――故に名付けられし【柴犬】
(∪◎www◎)「わんわんお!」