15.おやすみなさい。好い夢を
「帰宅どぅえーすっ!」
はい帰宅! 懐かしの我が家よ!
「え……え? ここは……ヘルベリス様のお家?」
お姫様抱っこをしていたメイちゃんを下ろしてあげると不思議そうに辺りを見渡す。
いや~ん、そんな風に散らかった部屋を見られると恥ずかすぃい~☆
「いやー疲れたねメイちゃん。当分はこの家でゴロゴロしてよっか♡」
「……碌にお別れも言えなかったんですが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫大丈夫☆ 心配しなくても―――」
ちょっと寂しそうにしてるメイちゃんを安心させるように頭を撫で撫でしていると……それは来た。
『ジリリリリリリリリリッッ!!』
電話のけたたましい音が小屋の中に鳴り響く。
「……これは?」
「電話だよ♪」
「でんわ?」
私は水槽の中で頻りに電撃を発する『ウサギウナギ』の耳を引っ掴みそれを口元に当て、ウサギウナギの口は耳元に当てる。通話が切れないように尻尾は水槽から出さないのがコツだよ☆ ……くそっ、ヌルヌルして握りにくいっ。首絞めるぞこの野郎ー!
「はいは~い私私! 私だよ! 『世界一可愛いよー!』でお馴染みの私だよ!」
『じゃあ人違いだな』
「あ、待って待って!? 冗談っす! 冗談っすよ~! こちらヘルベリスちゃんでーす!! ……君の名は?」
『……はぁー。……こちらはギリードリフデンだこの阿呆めが』
アホって言われちった。ヘルちゃんショック。……ヘルちゃんショックってなんか必殺技っぽい。
『電話に出たということは家だな』
「はーい、ヘルちゃんはお家に居ま~す☆」
離れていても繋がれる。う~ん電話って便利っすね! 『ギエピーッ!!』 ギャッ!? 混線した!? うっせぇ! 耳元で叫ばれた!?
ウサギウナギってやっぱりデリケートだわ。流石さみしいと死んじゃうクソ雑魚メンタルだぜぇ。ちょっと強めに握撃しただけなのに音を上げやがって。
『……取り敢えずお前が真っ直ぐ家に帰ったのを確認出来た。私の仕事はここまでだ』
「ええ~、デンデンちょっと事務的過ぎ~。もっとお話しに花を咲かせましょうよ~。恋バナ! 恋バナしましょ♡ 私の初恋は~……いや~ん恥ずかしくって言えな~い初恋の相手が自分の美しさだったなんて~☆☆☆!」
『自分で話しを振って自分で落とすのは止めろ』
ウサギウナギのにょろにょろした胴体を指先でぐりぐりしながらデンデンと電話を楽しむ。
『……はぁー……、お前に電話を繋げたのはもう一つ用件が残っていたからだ』
「えー何々? 私に聞きたいことが有るの? 若さの秘訣かい? 秘訣はね、何時までも子供のような純真を忘れないことよ!!」
『大人の度量を身に付けてくれないか?』
「おっとぉ、本気の調子で言いますねぇ」
説教? ここから説教される展開?
『ではイオタに代わる』
お? スルーか? スルーするのかこの私を? 良いだろう! そっちがその気なら嫌でもスルー出来ないようにしてやる! 見るがいい! 私の今世紀最大級の変顔を!
……はい! 電話越しなので見えませーん! 残念でしたー! ヤッホォオオオオウ!!
『……代わった』
「はーい。どうもどうもロールちゃん。で、どうする? 恋バナする?」
やっぱり蛇に魅力感じちゃう? 異性に蛇を求めちゃう?
『……忘れ物。送った。……それじゃ』
プツ―――ピー……ピー……ピー……
「あれれ~? もしも~し?」
通話切られちった。
「……送ったって何ぞや?」
ぐったりして光の消えた目になったウサギウナギを水槽に沈めて部屋を見渡す。
「ヘルベリス様」
「おや?」
メイちゃんが何時の間にか箱を持っておるぞ? それなりに大きい箱だけどメイちゃんが持てるならそこまで重くはなさそう。
「開けてみる? メイちゃん」
「……私が開けても良いんですか?」
「良いよ良いよ。だってメイちゃんのところに送られたってことはそういう意味だろうし」
「……わかりました」
メイちゃんが蓋に手を掛けゆっくりと箱を開く。
「……これは」
「お~」
入っていたのは2種類。
「ふむふむ。『招待状』と」
私が首に下げてる物と同じ意匠のネックレス。つまりは『創造の館』へ飛ぶ為の道具。
「後は、お菓子だね」
袋や籠に入れられた色々なお菓子。
「……センテルス様」
ほほう。これはセンテルスちゃんがメイちゃんの為に用意してくれた物なんだね。
「……どうしよう。お礼、言えてません」
「…………」
会って話しをした時間は短かったけど……仲良くなれたんだね。
良かった。
想定通りで。
「大丈夫だよメイちゃん、会おうと思えば何時でも会いに行けるから」
「本当ですか」
「うんうん☆」
サントルク王国はここから近いから移動に掛かる負担は少なく済む。
それにセンテルスちゃんはまだ40歳ぐらいで若いし、魔女の中では大分人間寄りの感性を持ってる優しくて気遣いが出来る子。メイちゃんの交友を広めるには打って付けの相手。
メンタルがウサギウナギ並なのが短所っすけどね!
……さて。
「―――もうちょっとメイちゃんが元気になったら遊びに行こっか」
「え?」
ふらり、と。メイちゃんの体が傾いていく。
メイちゃんが転倒しないようにその軽い体を抱き留める。
「……ぁれ? 体……うごか……ねむ……た……」
「大丈夫だよ。お薬切れちゃっただけだから」
私はメイちゃんを抱き上げてベッドまで運ぶ。日はまだ出てるけど、少しぐらい早寝でも良いよね。
「ご飯も食べて適度に体を動かしたし、後はゆっくり眠るだけ。それで明日は今日よりもずっとずっと元気になれるよ」
薬の効果は食事と運動が出来るだけの体力さえ戻れば良かった。だからこれで良い。
「よいしょっと。はい、じゃあ冷えないように布団を掛けるねー」
「……へる……べり……ま」
目がトローンと溶けたメイちゃん。
布団を被せたその体を優しくポンポンと叩く。
お歌を歌いましょう。メイちゃんが眠れるように。眠りに落ちるその瞬間まで、私が傍に居るとわかるように。
「……ねーんねー、ねーんねー」
―――ねんね ねんね
愛しき汝を思いえば 夜明けの晩さえ 過ぎ去りぬ
泡の実食みて 好き夢を 見ては尊し 長閑な郷よ
ねんね ねんね
愛しき汝のぬくもりを 繋いで辿りし 霞の路
瞼の裏で 揺蕩いし 光よ確かな 愛であれ
ねんね ねんね ねんね ねんね
我が愛しき宝物 明日も手を繋いで遊ぼうか―――
「―――……すぅー……すぅー……」
「……おやすみ、メイちゃん」
子守歌を歌い終えた頃、静かな寝息を立て始めたメイちゃん。その安らかな寝顔をそっと撫でて私もその隣へと身を横たえる。
「楽しいこと、いっぱいいっぱい、しましょうね。私と一緒に」
だから今は、ゆっくり眠りましょう。