10.私はなんて無力なのでしょうか
私はセンテルス様が言った『まびき』という物が何なのかわからず首を傾げる。
「あー久し振りに沢山動いて疲れちったー☆」
「あ、ヘルベリス様」
「ひぇ」
私達が話しをしていると、中々閉じられない軍服の上着と格闘しているヘルベリス様がやって来た。その後ろには大きくて布が余っているローブを着たギリードリフデン様も来ている。
「お待たせーメイちゃん。じゃあ次はお買い物に行きましょうか♪」
「え……大丈夫なんですか?」
私は大広間の惨状とこれまでの行動を思い出しながらそう尋ねる。叱られるでは済まない状態だと思うんですが……。
「行かせるわけないだろう。この瞬間から私がお前の監視に付くのだから。しかし人間……メイと言ったか? お前が心配することは無い。用事があるなら私と別の者が代わりに済ませておく」
「……っ……は、はい」
ギリードリフデン様が鋭い目で見下ろしながら言った言葉に私は素直に頷く。ヘルベリス様よりは背は低いがそれでも大きい部類に入る人。私は言い知れぬ恐怖を感じて身が竦む。あれだけの騒ぎを起こしたのですから怒っていても不思議はありません。
「あーっ! ダメだぞデンデン! うちのメイちゃんを恐がらせたらー!」
するとヘルベリス様が私とギリードリフデン様との間に入りそう言い放つ。それを受けたギリードリフデン様は困ったように眉根を寄せる。
「な、何っ? そんなつもりは毛頭無いぞ?」
「デンデンは顔が厳めしいんだから普通にしてても怖いのー」
「ぐっ……能天気の煮凝りのようなお前にそう言われるのは癪だが……済まんなメイ。恐がらせる気は私に一切無い」
「……わ、わかりました」
どうやら怒ってはいないようです。良かった。
……それよりもセンテルス様? 私の後ろに隠れてもセンテルス様の方が体が大きいので全然隠れきれていませんよ?
どうやらさっきまでの大広間の様子を見るに魔女の皆さんはヘルベリス様に対して強い苦手意識があるようです。……いったい過去に何をしたのでしょうか?
「……全く。久し振りに顔を見たと思えば相変わらずの非常識振り。後始末する私の身にも成れ」
「ごめーん。頼りにしてるよデンデーン☆」
「……仮にもお前の上位者だからな、面倒な事この上ないが。……それもお前―――」
ギリードリフデン様が何かを言おうとした時でした。
「あー! もうっ! この服前が閉まらないー!」
ヘルベリス様は今の今で何とか閉じようとしていた軍服の前を閉じることを諦めました。
「私の体に合うように仕立てた服だ。お前の身で合わないのは道理」
「デンデンお胸無いもんねー」
「…………ほう?」
「「ひぇ」」
私とセンテルス様の悲鳴が重なった。
こ、怖い。……今ならわかります。さっきまでのギリードリフデン様は本当に普通だったのだとっ。
「……済まないヘル。何と言ったか? よく、聞こえなかったな」
「え~? ほら私ってボインボイーンのプルンプルンでしょ? だからデンデンの服がキツくって」
「よーしっ、その服が合うようにお前の胸を捥いでやろう。……そこに直れぇええええっ!!」
ギリードリフデン様は叫びながらセンテルス様へと跳び掛かる。
「ちょ、ちょっとデンデン!? なんで? なんで怒ってるの? ……おこなの?」
また組み合った2人。……あの、ヘルベリス様、煽ってません?
「本当にお前は昔から人の神経を逆撫でするのが得意だな、ん? その無駄にデカいだけで母性の欠片も無いふしだらな肉塊、ここで削ぎ落としてやろうか」
「やだー! 痛いのはイヤー!」
「なーに心配するな。生物の改造は私の得意とする所。痛みは無い。素直に私に身を任せてその胸という名の脂肪を千切らせろ」
「やめてーっ! 僻んでるでしょ!? 僻んでるんでしょ! 自分におっぱいが無いからって私のたわわを僻んでるんでしょ! あげない! 絶対にあげないわ!」
「はっはっは! 僻んでどおらんよ! ただお前の人を馬鹿にした態度が気に食わんだけさ!」
「嘘よ! きっと私から分捕ったおっぱいを自分に付けるつもりでしょ! このつるぺったん! これだから背中が前についてる人はダメのなのよ!」
「よし殺す」
殴り合いが始まった。
凄まじい拳と拳の応酬。
どちらもその場から一歩も動かずノーガードでの殴打。拳が相手に当たる度にドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ! と嵐で木がへし折れて倒れたような轟音を響かせる。
「……え、えー……」
さっきよりも本気で喧嘩してるように見えます。
「……センテルス様。こういう時はどうすれば……あれ?」
後ろを振り返るとセンテルス様が居なかった。何処へ行ったんでしょうか? ……あ、居た。
「……(ガクガクブルブル)」
私の足元。そこでセンテルス様は頭を抱えて蹲り震えていた。
「…………」
前を見る。
「ゲフゥッ! 小っちゃいガハッ! おっぱいグヘェッ! アブッ小っちゃいベヘッおっぱい! ギャッちっぱいアガッ! ちっぱい!」
「ゴヘッ! いい加減にグホッ! その口をグフッ閉じんかぁああアアアッ!!」
笑うヘルベリス様と怒るギリードリフデン様が繰り広げる血みどろの殴り合い。それによって起きる風圧が私の髪を揺らす。
「…………」
後ろを見る。
「私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草私は草……」
正面で繰り広げられるこの世の物とは思えない戦いから一心不乱に逃避するセンテルス様。
「…………」
周囲には未だに頭から床や壁や天井に突き刺さる魔女の皆さん。
「…………」
……うん。どうにもなりませんね。
無力な私は蹲るセンテルス様の隣りに腰を落とし、この事態が収拾するまで傍観していることを選んだ。