1.森の魔女、奴隷を拾う
人里離れた森の中。誰も奥深くまで足を踏み入れたりはしない。
だって迷子になって帰れなくなったり危ない魔獣に遭ったりしたら大変ですもの。人里じゃ他に、森の深くに行くと悪い魔女に食べられるーなんて子供に教えてたりするようだし。
今私はそこで薬草を採取してるの。貴重な物が沢山生えてて調合がとっても捗るわ。
「ふ~ん♪ ふふ~ん♪」
……え? 私は何でそんな危険が盛りだくさんな森の中に居るのかって?
「私は魔~女♪ 綺麗で可愛い魔女なのよ~♪」
そう! 何を隠そう私はこの森に居を置く魔女なのです!
この森に引っ越して早30年。……あれ? 100年だったかな? ……まあ細かいことはいいかな。私の美貌に翳りは無いのだから!
その30年だか100年で私もこの森に随分と馴染んだわ。もう私の庭と言って差し支え無し。何処に何があるかなんて目を瞑っていてもわかる。
「今日は何作ろ~う♪ 劇薬毒薬ポイズン何でもござれ~♪ 私は魔法で何でも作れる魔女なのよ~♪」
目を閉じて森の中を軽快に歩んでいく。私の進む道を阻む存在はこの場所にはいない。
森の主は随分前にワンパンで沈めたから実質私がこの森でナンバーワン。……何時沈めたんだっけかな? 確か今の森の主はあの時の子の孫だったから…………ま、いっか! 細かいことは!
「ふんふ~ん♪ ふ~……ぬわぁあああああああっ!?」
!?
何か踏んで転んだぁああああああ!?
にゃあああああああああああ!? お膝打ったお顔から転んだぁあああああああああ!? めっちゃ痛ああああああい!? 森の主殴った時より痛あああああい!?
「ぉおおおおお……な、なにごと? 私の身にいったい何が?」
この森を知り尽くした私を転ばせるなんて、いったいどんな妖精さんの気まぐれん?
私はきっと赤くなった鼻をさすりながら躓く原因になった物へ目を―――
「え?」
え? あれ? え? ……な、なななななんで? なんでこんな所に?
「人間さんの……子供?」
「…………」
年端もいかないような小さな子……らしき者が草むらに転がっていた。
どゆこと?
「って汚!? それにボロボロ!? 浮浪児? 浮浪児なの? こんな森の中で私ってば浮浪児に遭遇しちゃったの?」
服は泥んこでほつれ放題、ぶっちゃけ布きれ以下。黒い髪は伸びっぱでボサボサの超ワイルドヘアー。
取り敢えず眠ってるらしいこの子の服に手を掛けひん剥く。私に躓かれて起きないなんて……逞しい子……!
「ん~、目立った外傷は無し。毛並み肌艶悪し。痩身。……それに『これ』って……」
……まあなんて無骨で飾り気の無いアクセサリーなんでしょう。こんな可愛げの無い物はポイよポイ。
「グッバイ!」
私は硬革と鉄で作られ、隷属を強制させる魔法を組み込まれた『奴隷の首輪』を素手で引き千切ると明後日の方へ投げ捨てる。
ビュンッ! と風切り音を立て、山を2つ3つ飛び越えた遙か彼方へ奴隷の首輪はバイナラする。
……あ、ドラゴンに衝突した。……oh……爆発四散……汚え花火だぜ……。
済まぬドラゴンさん、私のマジカル☆パワーが強すぎたばかりに……。後で骸は拾ってあげるから成仏してちょ。
「さて……とっ」
ドラゴン素材の回収を予定に組み込みつつ私は浮浪児を抱き上げる。うわ軽っ。リンゴ何個分? 此奴、最近ダイエット中の私に喧嘩を売っておるな?
「ふっふっふ。私の家に連行して私の代わりに肥えさせてやるー。お前も私同様お腹周りの贅肉を気にするようにしてやろー」
「…………」
返事は無い。ただの栄養失調からくる昏睡のようだ。
「……もう大丈夫だからねー。だからもう泣かなくても大丈夫なんだよー」
泥や垢にまみれた顔に出来た涙の跡をローブの裾で拭う。
「超絶美少女♡魔法使いたるこの魔女様が貴女を野生児もビックリ仰天する超健康優良児にしてあげるからねー」
小さな体を抱え直す。森の熊さんが小熊を抱きかかえるように。
「……あー……そういえば人間さんの子供ってどうお世話したら良かったんだっけ? 私子育ての経験無いよ~、どうしよ~」
魔女友に聞いてみようかな?
人喰いの魔女とかもいたと思うけど大丈夫でしょ。それって見方を変えれば食料たる人間さんの生態に詳しいってことだろうし。
「……えへへ~。人間さん拾っちゃったー♪」
なんだかわくわくする。
ここ最近ちょっと退屈してたからなー。私に喧嘩売ってくる人間さんもここ100年ぐらいはいなかったしねー。……ああそうだ! この森に越してきたのは150年前だった! さっすが3日前食べたご飯を8割ぐらい思い出せる私の優秀な頭脳! しっかり昔のことを覚えているわ!
「目が覚めたらいっぱいお話ししましょうね~♪」
あー楽しみ。だって独り言ってたまーに虚しくなるもの。
あんまり寂しいと適当に近くの動物さんを捕まえて話し相手になってもらってるけどね☆ この森には私の獣のフレンズがたっくさん棲んでいるのよ!
―――私はそうして奴隷だった女の子を抱えて自分の家に帰ったのだった。