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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リトル・イレギュラー・レジスタンス

作者: 天津石


 30年前、大きな戦争があったらしい。荒廃した世界に生まれ、本来戦うことのないはずの彼らは一つの信念のもとに再び武器を取った。土埃と塵が舞う荒野を駆ける少女たち。彼らの思い、願い、そして信念は撃ち出される弾丸に込められ、一筋に放たれる。


――登場人物紹介――


シリン・・・本作の主人公の青年。とある理由からレジスタンス部隊を率いている。

カヤ ・・・真っ赤なポニーテールがチャームポイントの元気少女。シリンのことが大好き。

スズナ・・・物静かな少女。銀のさらさらボブヘアー。シリンのことを誰よりも信頼している。



「ここでよし、と」

 赤髪の少女が斜陽の影を伸ばしながらたどり着いたのは、付近で最も高い廃ビルの屋上だった。手入れが行き届かなくなってから随分経ったのか、それを構成するコンクリートにはところどころ亀裂や崩落が生じており、風が吹く度にどこからともなく鉄筋の軋む音が聞こえてくる。

 そんなことを彼女は気にする様子もなく、背負っていたハードケースをどさりと下ろした。ぎらりと光るくすんだ銀色のフックをバチンと外す。中から現れたのは、部品ごとに分解された全長1メートルを超える対物狙撃銃だ。その少女はポニーテールに結った赤髪を揺らし、鼻歌を歌いながら手慣れた様子でそれを組み立てる。

「いよしっ」

 がしゃん、と二脚で支えられた銃身を置き、冷たい廃ビルの地面に腹ばいになる。そしてスコープを覗きながら、

「準備完了だよ、司令!」

 少女は明るい声で報告した。


 ☆


『ああーんもう、退屈ー!』

 無線機越しにぶつぶつと文句を垂れる声が聞こえてくる。

「仕方ないだろ。お前狙撃手なんだから」

 すると今度は青年のほうが呆れたように呟いた。

『知ってるけどさあ、こんなに風がびゅーびゅー吹くところでか弱い女の子が一人ぼっちだよ?自分はあったかい司令トレーラーに居座っちゃってさ。もっと優しくいたわってくれたっていいじゃん!』

 彼女が機嫌を損ねているのを露骨に察した黒髪の青年は、どうにかして機嫌を取ろうと「奥の手」を出した。

「……はあ、――ったく、無事に帰ってくりゃ肉でも食わせてやるよ」

『肉?やたっ!約束だからね!じゃあお仕事頑張ります、シリン臨時指揮官殿!』

『カヤ、不必要な発言は控えて下さい。任務遂行に支障をきたします』

 ころりと機嫌を直した少女にシリンと呼ばれた指揮官の青年が応えようとすると、今度はもう一人の少女の声が割入った。

『なんでスズナがあたしと司令の話に入ってくるのよ!』

『あなたより私のほうが階級が上なので当然です。あと、司令は私にも焼肉を奢るべきです』

『あんただってしれっと肉食べようとしてるじゃん!』

 仲が良いのか悪いのか、再びため息をつこうとしたシリンの眼前に広がるディスプレイウィンドウに映し出された一つのオブジェクトが点滅した。

「二人ともその辺にしておけ、間もなく会敵だ。スズナ、カヤ、用意はいいか?」

『ばっちり!』

『問題ありません』

「まずカヤの狙撃で標的の「頭」をねらえ。可能なら追撃をしても構わん。ただし深追いはするな。1射ごとに位置を必ず変えろ」

『ほい!』

「スズナは混乱した敵部隊の側面へ火力を集中、出来る限り奴らを足止めしろ」

『了解』

「カヤはスズナが戦闘状態に突入したら狙撃でこれを援護。目標達成が困難だと判断したら迷わず撤退しろ、いいな。二人とも必ず生きて帰ってこい、肉が待ってるぞ。それでは、作戦開始!」


 ☆


「おー、居るねえ」

 カヤがスコープを覗きながらぽつりと呟く。彼女が覗く先には、土煙を上げながら走る1台の装甲車があった。カヤは命令通りに、運転席に照準を合わせた。

 風を感じる。荒野を吹く強い風を。乾いた空気、漂う塵、土、気温は少し低い。

「うーん……ここだっ!」

 誤差の修正。遠距離から的確に標的を狙い撃つ狙撃は、風や重力、空気の状態など、様々な条件を総合的に分析して誤差を減らす技術が求められる。カヤは、それらの状況を感覚で判断する事ができるのだ。

 カヤはそれまでの柔らかい表情とは打って変わって、静かに燃える炎のような眼差しで標的を見据えた。

 呼吸を整え、引き金に指をかける。

 癖なのかルーティーンなのか、カヤは引き金を二回ほど指でトントンと軽く叩いた。

 そして一瞬の静寂のあと。

 重厚な発砲音とともに、銃身から弾丸が撃ち出された。大きな噴射音とともにマズルブレーキから吹き出した発砲煙があたりの砂埃を大きく巻き上げてゆく。

 銃身によって与えられた回転力は弾道を安定させ、風を切り直進する。音速を超えた対物ライフルの弾丸は瞬く間に装甲車の防弾ガラスを突き破り、窓を赤く染め上げた。コントロールを失った装甲車はふらつきながら横滑りして停止し、搭乗していた強化歩兵が後部のハッチからぞろぞろと現れた。

「よし、いっちょ上がり!」

 カヤは上機嫌で排莢を済ませ、装甲車の影から除く強化歩兵の頭に狙いを定める。そして引き金に指をかけたその瞬間、異様な音が辺りに響き渡った。

 反響するような高周波。その耳障りな音とともに、目標としていた装甲車の天井開口部から巨大な装置がせり上がった。円筒のようなその装置は花開くように変形し、何かを探すように上空の多方向へ鋭い緑色の光芒が放たれる。

 それはゆっくりと収束し、カヤの銃をピンポイントで照らし出した。

「うそ、アームスキャン!?やっば――」

 カヤはあわててスコープから目を離して銃を担ぐと、ポケットから取り出した発炎筒のキャップを勢い良く外す。摩擦で着火した発炎筒を精一杯遠くへ放り投げ、反対方向に全力で走り出した。

 赤々と光る発炎筒から小さなパラシュートが射出され、ゆっくりと降下する。その直後、カヤをめがけて飛来した二発の小型ミサイルは目標を見失い、軌道を逸れると誘導限界に達して炸裂した。

「うわっ()っ」

 高温の爆風とコンクリートの破片、そして無数の火の粉を走る背中に受け、カヤは前方へ大きく吹き飛ばされた。受け身を取ることもままならなかった少女の身体は何度も地面に叩きつけられ、崩落した屋上を転がり落ちてようやく静止した。

『カヤ、――カヤ!』

 無線越しに明らかな異音を感じたシリンはすぐさま彼女に呼びかけた。

「だ、大丈夫、ちょっと痛いけど……へへ」

『カヤ、あなたは身を隠し、速やかに戦線を離脱して下さい。あとは私が目標を足止めします』

「ごめんね、今回ばかりはあんたに借りだわ」

『スズナ、相手はアームスキャナを持っている。捕捉される前になるべく多くの弾をばらまけ。会敵したらもう逃げ場はないぞ』

『了解、必ず任務を遂行します』

 スズナとよばれたその少女は、冷静な口調の中に幾許かの焦燥が混じった声でシリンの指示に応えた。

「はー、きっついなー」

 血にまみれた手で無線機を床にごとりと置くと、カヤは仰向けになって空を見上げた。深紅色の視界にうっすらと広がる、崩落した天井によって切り取られた星空を見上げながら彼女は荒い呼吸を続ける。全身にコンクリート片による創傷、爆風による背中の火傷と脊椎の損傷、肋骨4本、内臓の損傷は軽微だろう。呼吸をするたびに全身に激痛が走る。その痛みに悶えながらも、廃ビルに吹く風を子守唄のようにして、カヤはそっと目を閉じた。

 彼女の赤い髪の間から流れ出る血液は次第に勢いを弱め、やがて何事もなかったかのように傷口が塞がってゆく。


 氷のように透き通る銀髪をビル風になびかせながら、その少女は物陰に身を潜めていた。彼女が装備しているのは、最適にカスタム化された無骨な突撃銃だ。扱いやすさを追求した銃身でも、少女の小さな体が持つにはやはり不相応に見える。

『スズナ』

「はい、聞こえています、司令官」

 少女の持つ無線機に、青年の声が入ってきた。

『――やれそうか?正直かなり不利な状況だ。一度発砲すればアームスキャナで場所を特定される。カヤは負傷、狙撃による援護も期待出来ない』

「問題ありません。はじめは私とあなた、二人だけの部隊でした。それに、先制攻撃に成功し、敵がこちらの位置をまだ把握できていない以上、現時点での戦況はこちらが優勢だと考えます」

『そうか――可能な限りバックアップはする。が、くれぐれも無茶はするなよ。慎重かつ大胆に、二人の力を見せつけてやろう』

「――はい、必ず期待に応えて見せます」

銀髪の少女は、無表情ながらも灰色の瞳をわずかに見開いて彼の指示に応えた。

「戦闘、開始」

 スズナは発射モードを切り替え、仰角を上げて引き金を引く。銃身下部に装着された擲弾銃から発射された一発の擲弾は大きな放物線を描きながら目標の装甲車近辺へ着弾した。スプレー缶を蹴飛ばしたような音とともに落下してきたそれを一人の強化歩兵が不思議そうに見下ろした頃には、紡錘形の擲弾は高速に回転しながら銀色に輝く粉塵の混じった灰白色の煙を吐き出し、あたりは瞬く間に白煙で包まれた。

 直後、乾いた発砲音とともに集団で警戒する強化歩兵の一人に3発の弾丸が命中した。強化歩兵は苦悶の声をわずかに漏らしながら、がしゃりと膝から崩れ落ちた。

 敵性武器座標感知機「アームスキャナ」は発砲位置を特定しようと緑色の光線を放射するが、煙幕によって光線は撹乱される。現在の出力では発見できないと自動判断した「アームスキャナ」は出力を上げ、より激しい光を発するが、それでも不可能だと判断したのか沈静化し、装甲車へ格納された。

 煙幕の外から断続的に飛来する三点バーストの弾丸は驚くほどの正確さで混乱した強化歩兵たちの頭部を撃ち抜いてゆく。

「目標、残り1」

 岩陰に身を隠したスズナは突撃銃の再装填を済ませると、再び立ち上がり、銃を構えた。

『目標、右24°。腰を落としている、俯角3°』

「了解」

 スズナはシリンからのバックアップによる指示を正確に遂行し、煙幕の中へ照準を合わせる。

 引き金に手をかけたその時、強力な風圧がスズナを襲った。相手の強化歩兵が手榴弾を起爆させたのだ。爆風によって煙幕が晴らされ、漂っていた白煙が空気の壁となってスズナに打撃を与えた。

「ぐっ――」

 スズナがひるんだ一瞬、鋭利な刃物が肉にめり込むような音とともに彼女の右肩に数発の弾丸が命中した。発砲音は無かった、いや、聞こえなかった。相手の強化歩兵の電磁小銃(コイルガン)だ。電磁小銃は火薬式の銃よりも威力で劣るものの、静音で反動が小さく、取り回しが容易だ。対象が少女であれば、急所を外したとしても致命傷になりうる。

 痛みによって力が抜け、銃を落としたスズナがハッとした様子で顔をあげると、眼前に迫った強化歩兵がスズナの眉間に照準を合わせていた。

「『新人類(ニューマン)』のガキか。随分と手こずらせてくれたようだが、これで終いだ。手を頭の後ろに組んで跪け」

 ヘッドマウントディスプレイ越しにくぐもって聞こえるのは男の声だ。低くどすが利いており、並ならぬ威圧感を放っている。

 スズナは無表情で強化歩兵の言われるままに手を回し、跪いた。

「知っているぞ、いくら体が再生するとはいえ頭をぶち抜かれりゃ生き返らねえだろ」

 強化歩兵はスズナの額に電磁小銃を突きつけた。少女は無表情を保っているが、彼女の額からは冷や汗が溢れ出している。

「誰の指示で動いている。まさか一人でこんなことしてねえだろうな。ああ、さっきヤッた狙撃銃のガキもいたか」

 スズナの眉がピクリと動いた。普段挑発に乗らないスズナが冷静さを失っている。

「吐かないか、なら殺すしか――」

 強化歩兵が電磁小銃の引き金に手をかけたその時、強化歩兵の足元が突如破裂したようにえぐられた。

「っ!狙撃!?さっきのガキか――ぐあっ!」

 強化歩兵が視線を外した瞬間をスズナは見逃さなかった。スズナの膝蹴りが強化歩兵の股間に深く食い込む。

 タン、という狙撃銃の発砲音が数秒遅れて追いついてきた頃、スズナの無線機にきまりの悪そうな少女の声が届いた。

『ごめん、外しちゃった……』

「十分すぎる援護です。カヤ、あとは回復に努めてください」

 強化歩兵の足元を穿ったのは、対物狙撃銃の12.7ミリ弾だった。対人ミサイル二発の爆風を受けたカヤが、満身創痍の状態にもかかわらず強化歩兵の足元に弾丸を撃ち込んだのだ。

「っこのガキ!」

 悶絶しながらも、強化歩兵が電磁小銃を乱射する。スズナはそれをしゃがみ、転がり、接近して紙一重で躱してゆく。

 強化歩兵が弾を打ち尽くした隙を見計らってスズナは腰から拳銃を抜き、痛む肩をかばうように両手で構え、接近する強化歩兵へ撃ち込んだ。太腿へ1発、下腹へ3発、胸、肩、それぞれ1発。しかし拳銃の弾丸では防弾スーツをへこませるばかりで、強化歩兵に有効打を与えるには至らなかった。

 照準が強化歩兵の頭を捉えきる前に、スズナの拳銃は投擲された電磁小銃によって彼女の手から弾き飛ばされ、虚しく地面へ転げ落ちた。

「ぁぐっ」

「捕まえたぞガキ」

 強化歩兵に首を捕まれ、宙吊りとなったスズナは精一杯もがくが、少女の華奢な身体では強化スーツによって補強された男の力には敵わなかった。

「う……くっ……」

 男はぎりぎりとスズナの首を締め上げる。気道と頸動脈が圧迫され、体感覚が薄れてゆく。

直後、

「ぐおっ――」

 閃光とともに甲高い轟音が鳴り響く。最後の意識を振り絞ったスズナが、腰のスタングレネードを眼前に放り投げたのだ。轟音と閃光によって体感覚を失ったスズナは、ついにぐったりと意識を遠のかせた。

強化歩兵の男はヘルメットを荒っぽく脱ぎ捨てる。現れたのは、壮年の男の顔だ。顔に刻まれたしわといくつもの古傷は、彼の相当な戦場経験を物語っていた。強化歩兵の男は怒りを顕にした様子でスズナを地面へ叩きつけた。

「きゃあっ!」

 受け身も取れずに地面に叩きつけられ、頭を強く打ったスズナは思わず声を漏らした。

「ああくそ、手こずらせやがったな……」

 視界が白転した壮年の男は片手で目を押さえながら手探りで落ちている電磁小銃を拾おうとするが、手元に電磁小銃が戻るには遠すぎる場所に彼は居た。男は漸く諦めた様子で、足をふらつかせながら視界におぼろげに映る装甲車へと歩いてゆく。強化スーツによる視聴覚保護を受けていたとしても、スタングレネードの炸裂を至近距離で浴びたのだ。感覚が完全に回復するにはまだ時間がかかる。

「ちくしょう、どけ」

 男は運転席で死んだ強化歩兵を引きずり下ろすと、扉も閉めないままアクセルペダルを思い切り踏み込んだ。ペダルの踏み込みによって覚醒した装甲車は回転数計の針を振り切らせ、黒煙を吹かしながら車輪を高速回転させる。やがてその車輪が地面を掴み、大きな土煙を上げて装甲車を前方に強く押し出した。

「死にやがれええ!」

 強化歩兵の男は、装甲車でスズナへ体当りするつもりだ。

「司令……ごめんな、さ……」

 這いながら後ずさるスズナは、正面から突っ込んでくる装甲車を僅かな視界に捉えながらぽつりと呟いた。

――目標の無力化に失敗した。この目標の装甲車を鹵獲できれば、得られる情報はもっと増えたはずだ。おそらくこの装甲車は私を轢き潰したあと、そのまま逃走するだろう。ああ、もっと彼の役に立ちたかった。もっと彼に尽くしたかった。なにもない空っぽの私に「意味」を与えてくれた彼に。

 彼女の意識は、迫りくるエンジン音にかき消されるように遠のいてゆく。そして。

 少女の肉体は、高速で迫る質量の塊によって無惨に引き裂かれる――はずだった。

 歪む金属フレーム、粉砕するガラス、剥がれるバンパー。少女を踏み潰すはずの装甲車は、彼女の眼前で強烈な異音と共に真横に突き飛ばされた。

 突き飛ばされた装甲車は数回横転した後、ひっくり返って地面を滑り、白煙を上げて静止した。

「夢……?」

『夢ではないぞ、スズナ』

 彼女の耳に、聞き覚えのある、いや、片時も忘れることのない声が響いた。

 大きなエアブレーキの排気音とともにその姿を表したのは、少女が帰るべき場所、司令トレーラーだ。光学迷彩を解除したそれは橙色に輝き、運転席からは黒髪の青年が降り立った。

「司、令……官」

「悪い、遅くなった」

「司令、申し訳……ありません、任務を遂行すると……言ったのに」

 白銀の髪を土と埃で汚したスズナ。片腕を押さえながら、折れそうなほど細い脚でふらりと立ち上がった彼女は、泣き出しそうな目で呟いた。

「君が無事だった、それだけで十分だよ」

 落陽の中で、シリンはスズナを強く抱きしめた。そしてスズナは、ついに涙をこらえきれずに彼の腕の中で声を殺して泣いた。

 いつも助けてもらってばかり。いつになればこの人に恩を返せるのだろうか、そんな事を考えると、涙が止まらない。普段どんなに辛くとも平静を装っているが、この青年の前では少女は涙を隠せなかった。

「――っ!伏せろ、スズナ!」

 シリンはスズナを半ば押し倒すように倒れ込んだ。その直後、電磁小銃の弾丸が彼の頭上を通り抜ける。

 転がるようにしてトレーラーの影に潜り込んだシリンは、スズナを司令室に乗りこませた。

「スズナ、少し休んでいろ。片をつけてくる」

「司令……」

 スズナの声は届かず、トレーラーのドアは無機質に閉まった。

「随分と手負いのようだ。見逃したいところだが、これを見られた以上、そして何より俺の部下に手を出した以上、生かしておくわけにはいかん」

「――ガキの上司もガキかよ。ガキだけでそんな大層なモン走らせて何するつもりだ?まさか中央政府への叛逆ではあるまい」

「答える必要はない。『新人類(ニューマン)』の少年少女を強制収容している施設があるはずだ。場所を教えろ」

「どうせ殺されるくらいなら教えねえよ。それに、教えたところでお前達は奴らを救えん」

「っ!どういうことだ」

「さあな。まあ知らないほうが楽な情報もあるもんだ」

「お前が吐かないなら脳に電極刺して直接聞くさ」

「――そうかよ」

 壮年の男は呆れたようにため息をついた。その直後、眼を見開き、懐より隠し持っていた拳銃を右のこめかみに当てる。

 一発の発砲音の直後、その拳銃は壮年の男の手からぼとりと落ちた。

「――見事だ」

 青年の右手には、白煙を上げる一丁の回転式拳銃(リボルバー)が握られていた。壮年の男の拳銃を、抜き撃ちで弾き飛ばしたのだ。男は不利な状況であるにもかかわらず、どこか満足げな笑みを浮かべている。

「当然だ、俺は彼女たちを守る立場だからな」

 青年はもう一度発砲した。今度は男の左手から鮮血がほとばしり、手榴弾がごろりとこぼれ落ちた。そして追い打ちをかけるように、立て続けに3度引き金を引く。腿、腹、右肩。回転式拳銃から放たれる大口径の弾丸は、強化スーツの複合装甲板を貫き、男の体に深く食い込んだ。

 急所を外れているとはいえ、手負いの体に受けた弾丸の痛みを男はこらえきれず、腹を押さえて苦悶の声を漏らした。そして荒い呼吸の後、観念したようにため息をつく。

「……完敗だ。若造、一服付き合え。なに、抵抗はしないし知っていることはすべて話す。戦場でここまで高揚できたのは久々でな。もうこの世に悔いはない」

 壮年の男は背中のレバーを回し、強化スーツをパージすると、弾倉と手榴弾、そして電磁小銃を無造作にその場に捨て置いた。強化スーツの中から顕になった壮年とは思えないほど筋肉が隆起した男の腕には「正統人類」を表す三叉槍(トライデント)の刺青が彫られている。

「あんた、まさか前世代の――!」

「察しが良いな。そうだ、俺は30年前、虫のように湧いた『新人類』と生死をかけて殺し合った。『新兵器』のおかげで人類は形だけの勝利を手に入れたがよ、世界はこのザマだ。」

 血に染まった手で葉巻をふかしながら、壮年の男は吐き出すように呟いた。

「このあたりは俺たちが若い頃、よく遊んだり飯を食いに来たりしたもんだ。地下は迷路のように入り組んでてよ、いくつもの鉄道が地下に埋め込まれて走ってたんだ。今は土に埋もれて面影も無いけどな」

「……」

 懐かしそうに語る男は、儚さと呆れが混じったような表情だった。青年は男に対して黙って拳銃を向けている。

「若造、お前が欲している情報はすべて車内の記録端末にある。認証キーはさっき車内で俺が飲み込んだ。腹から取り出すと良い」

 そういって壮年の男は自分の腹を拳で叩いてみせた。

「――そうか」

 一瞬の沈黙の後、青年は拳銃をおろし、手元の端末から地面に映像を投影した。

「これは……」

 男は思わず息を呑んだ。そこに映し出されていたのは、記憶から消えることのない巨大な交差点だった。前世代ほどの活気は感じられないが、おそらく「新人類」と思われる少年少女が行き交い、車両がゆっくりと通行し、人が途切れる様子はない。

「あんたが言っていた街の一部だろ、前世代の。『地底要塞(アングラ)』、ここが俺たちの前線基地だ。地下の路線も輸送路として使っている」

「……フン、冥土の土産にしちゃあ豪華すぎるな。どういうつもりだ」

「俺たちは世界を二分させようとはしているが支配は望んでいない。彼女たちが安心して暮らせる環境が整えば十分だ」

「不可能だな」

「知るか。決めるのはお前じゃない」

「ガキはな、いつか挫折して汚ねえ大人の仲間入りするんだよ。その志が高ければ高いほど折れてから無難な選択しかできなくなる」

「何だと!」

「せいぜい折れぬようにもがくと良い。――俺はもうこの世に悔いはない、殺せ」

 男はそう言うと、満足げに葉巻を吐き捨て、不敵な笑みを浮かべながら2本の指で眉間をつつく仕草をしてみせた。

 壮年の男の眼差しが志高い青年のシリンへ真っ直ぐに向けられた。

 そして青年は何も言わずに拳銃を構え、刹那の躊躇いのあと、その指を動かした。

乾いた音と骨を砕く音、そして肉がつぶれる音は、吹き抜ける風の音にかき消され、溶けていった。

「おっさん……」

 青年は静かに呟いた。この男は殺すべくして殺した。しかし、自分が戦おうとしている相手が心のある人間だということ、そして、この程度で止まってはならないという強い覚悟を胸に刻んだ。

 荒野の風は今日も冷たく乾いて、全てを無に帰すように砂塵とともに消えてゆく。








 



「乙女キーーーーーーーーーーーーーーッッッッック!!!」

「ごぶおっ!?」

 青年は背後から唐突にドロップキックをもらい、数メートル吹っ飛んだ先で一人の少女にマウントを取られた。

「何勝手に終わろうとしてんのよ!」

「カヤ!」

「ずるくない!?ねえずるくない!?」

「何がっ、あっ」

 自分がスカートを穿いていることも気に留めず、身動きの取れないシリンの腹の上にまたがったカヤは体を前後に揺すりながら文句を垂れる。スパッツ越しで伝わってくる少女の身体の弾力で精神を平常に保てない。

「『すまない、遅くなった。俺は君がいれば十分だよ』とか言っちゃってさ!あたし自力で降りてきたんですけど!助け来なかったんですけど!めちゃめちゃ不憫なんですけど!」

「悪かったって!てか何で聞こえて――」

「どっかのアホ司令官が無線機つけっぱだったんですけど!一部始終聞いちゃってたんですけど!」

「ごめ、ごめんって!データ回収済ませたら迎えに行くつもりだったから」

 青年は少女の拳を胸板に食らいながら弁明する。

「うーーーーっ!データ回収を持ち出されると反論しにくいんですけど!」

「本当にごめんって!ちゃんと肉食わせてやるから!」

 そう言うとカヤは一瞬静まったが、

「……足りない」

「へ?」

「お詫びが足りないよ!」

「何でえ」

「あたしにあれだけの仕打ちをしたんだから肉だけじゃ足りないーー!!」

 また体を揺すりながら今度は青年のこめかみにぐりぐりと拳をめり込ませた。

「いでえええ!じゃあ何が良いんだよ!俺にできることなら何でもするぞ、あ痛い、痛い」

 ぴたり、と。カヤは時が止まったように静止した。

「な、何だよ」

 さっきまでの態度とは裏腹に急におとなしくなったカヤに、シリンは妙な不気味さを感じた。

「今何でもするって言ったよね?」

「何だ急にそのねっとりとした聞き方は」

「言質取ったよ~ぐへへ」

「な、何をさせるつもりだ?!」

 そういうと、カヤは急にもじもじと体を揺すらせ、斜め下に視線をやりながら、

「……ちゅーして」

 ぽそりと呟いた。

「はあ!?」

「なんでもするって言ったじゃん!司令がカヤのことを大事だと思ってるならちゅーして!ほっぺで!ほっぺでいいから!」

 シリンが思わず声を上げると今度はカヤが顔を赤らめながら叫ぶように言った。

「いや、その」

「何!?あたしじゃイヤって言うの!?司令のヒトデナシー!」

「違う!断じて違う!」

「じゃあほら!ほらほら早く!あたしは準備できてるよ!男だろこのタマナシ野郎!」

「肯定か否定かどっちなんだ!?わかったよ、する!するから!」

「ほんと?」

 自分の頬を指でつつきながら差し出してくるカヤに押し負けたようにシリンが返事をすると、カヤは少しばかりおとなしくなった。どうやら要望に応えないと機嫌を直してくれないみたいだ。シリンはむくりと起き上がり、カヤの両肩をがっしりと掴む。

「ふあっ――」

 男に二言はない。部下の期待に応えることが上司の務めであって、決して邪な気持ちではない。

「じゃあ、いくぞ」

「う、うん」

 お互いの鼻がくっつきそうな距離でシリンはカヤを見つめ、そっと囁いた。

 青年の震える唇が果実のような少女の頬に吸い付こうとしたその時。

 三点バーストの弾丸が青年の至近距離に着弾した。

「どおわっ!?」

 思わずシリンは飛び上がる。

『司令、何をしているのですか』

「ス、スズナ!傷は――」

『完治とは行きませんが無線をつけっぱなしにするアホ司令官の頭をぶち抜けるくらいまでは治しました。気合で』

「気合で!?気合でどうにかなるものなのそれ!?」

「スズナ!邪魔しないでよ!司令がカヤにちゅーしてくれるって言ったんだもん!」

「あれは半ば脅迫です。司令の本意ではありません」

「ちがうもん!ね、司令?」

「Ö、ÖÖ」

円唇前舌(えんしんまえじた)半広母音(はんひろぼいん)による曖昧な返答をしないでください。ではこうしましょう。司令はカヤだけでなく私にもち、ちゅーしてください』

「何でそうなるんだ!?」

「ダメダメ!そんなのダメ!これは男と女の約束なんだよ!」

『その構図なら私と司令でも約束できます。相変わらず頭が足りていませんね』

「いやいやー、おっぱいが成長してないと女って言わないんだぞ~つるぺたちゃん」

 カヤは自分の胸を寄せて揺らしながらあざ笑うようにスズナを挑発してみせた。

『司令、今のは上官への侮辱罪です。軍法会議に掛けましょう』

「いや、形式上できるがお前罪状になんて書くんだよ……」

「おっぱいが大きい部下が妬ましくって訴えまーすって書けばー?」

『ぐぬぬぬぬ』

「二人とも落ち着けって」

 思わずシリンは止めに入ろうとするが、

「あんたのせいだよ!」

『あなたのせいです!』

「ぐぬぬぬぬ」

 どうやら逆効果だったようだ。

『わかりました。では私が司令の代わりにカヤとちゅーするので司令はカヤの代わりに私とちゅーしてください』

「何だその二段構え!」

「いや、何ていうか、その、女の子同士は、その、心の準備が」

「おいスズナ!カヤがついて来れてないぞ!」

『私にとっては好都合です。司令は早く戻ってきてください。日が暮れますよ』

「そうだカヤ、情報回収が先だ!約束は守るから!」

「う~~~~!」

 カヤは不満そうに立ち上がった。そしてそっぽを向くと

「約束、ちゃんと守ってよね」

 頬を染めながら呟いた。

 限られた資源を奪うために人間同士が殺し合うようになったこの世界には、もうほとんど希望はない。だが、こんな状況でも彼らは戦い、支え合い、それなりの幸せを分け合っている。彼らが活動を続ける限り、戦いは終わらないだろう。それでも、理想の世界を手に入れるために少しずつ、少しずつ前に進んでゆくのだ。

 ともに。


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