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5「本分は、願わないこと」
実に宗教というものは、難しい
そう言う自分だって、まず始めに思いつくのは
オーム真理教のような怪しげなイメージしか浮かばない人間であった
しかし、かく言う自分は、仏教徒であり、本来であれば、四国など巡る必要はないと言うもう救われているのに
まだ自分の力で、救われようとするのかみたいな
つまりは、自分の宗派的に言えば、お遍路と言う行為は、浮気に、相当するものなのだ
しかし、それを、建前として
別に、何かを願わなければ、さして、問題ないだろう
と言うような事を、ネットで見つけた自分は
まあ、そう言うものかと、何食わぬ顔で
平然と納得していたのである
つまり、この旅は、1200キロを、歩き通せるかという引きこもりの願掛けのようなものであり
別段、そう言う意味では、お遍路に何の興味もない
ある意味失礼な旅でもあった