#七十一 吉田松陰(三)
伊藤博文の身体に、二体の影が融合してできた謎生命体は吉田松陰と名乗った。生命体に松陰の霊が宿ったのか、それとも影そのものが松陰だったのか。
どちらにしても、小波に確かめる術はない。
「どういうことだよ、長州はアンタの出身地なんだろ」
「ふん。長州は儂から士分(※四十八)を奪い、大獄では儂の処刑にも同意した。長州には恨みこそあれど、義理などないわ」
「だからって、アンタを復活させるために色々やってたのに……」
「知るか。利用される馬鹿が悪いのだ」
とはいえ、的が一つに絞られたのは小波にとっては幸運。すぐに御伽創死の銃口を向ける。
だが、松陰は予備動作なしで空中を弾丸のように突進。難なく小波を突き飛ばす。
「わあ!」
発砲する猶予もなく、そのまま床に倒される小波。その勢いで御伽創死が手から離れて、床の上を転がる。
拾おうと伸ばした小波の手を、松陰が踏みつけた。
「くっ」
「博文は馬鹿だから、式典に集まるほど大量の贄が必要だと思いこんでおったようだが、数は重要ではない。適当な器さえあれば、一人で充分だ」
松陰は御伽創死を拾い上げ、小波に向けて構える。
「だが、せっかく式典が用意されるのだ。利用させてもらおう。参加者を一人残らず殺して、その血肉を糧にして力を蓄える。いずれはこの国のみならず、世界全土を血に染めてくれよう」
「……」
士分を奪われたのも処刑されたのも、ある意味自業自得なのだが、本人にそんな思考はない。人間への恨みが強すぎておかしくなったのか、あるいは生前からそうだったのか。
「まずは貴様が死ね」
銃口を小波の頭に押し当てる。
「……」
この体勢では、逃げるのも反撃も間に合わない。窓の外から聞こえる魂色夜射の銃声は遠く、紅葉の助けも期待できない。
それでも小波の目は光を失わず、まっすぐ松陰を見据える。
※四十八 士分…武士の身分。




