#六十九 吉田松陰(一)
「その通り。吉田松陰(※四十七)先生こそが討幕の支えとなり、明磁政府の礎を築いた偉人なのである」
興奮のあまり机の上に立ち上がって、口から泡を吹きながらわめき散らす伊藤。その姿は常軌を逸したようにしか見えない。
「だが松陰先生は志半ばで幕府の犬どもによって、無念の死を遂げられた。私はその無念を晴らすべく、松陰先生を異神として復活させるのだ!」
「異神って」
小波がツッコんでも、伊藤の暴走は止まらない。
「この国には古くから平将門や菅原道真のように、非業の死を遂げた者を神として祀り、祟りを避けるという考え方がある」
「じゃあ、松陰さんも祟らないように?」
尋ねる小波を、伊藤は鼻で笑う。
「馬鹿が。松陰先生を将門や道真のような逆賊と同列に並べるな。松陰先生ほど優れたお方になると、むしろ積極的に祟るのだ」
「そっちの方がよっぽど逆賊じゃん!」
もはや伊藤が何を言ってるのか意味がわからない。内容のキテレツさでは宙宙列車といい勝負だ。
「西郷も大久保も死に、板垣や大隈は失脚した。黒田も式典で殺す。残るのは長州勢ばかりだ。松陰先生を柱として我々長州勢がこの国を、いや世界を支配するのだ。うげげげげげ」
「狂いすぎだろ」
吐き捨てながら、小波は御伽創死を構え直す。こんな狂人が総理大臣として君臨してるのは、国民にとっても害にしかならない。
だが、それを見た伊藤は机の上で仁王立ち。
「私が自分の守りまで削って、尾崎に向かわせたと思うのか?」
「!」
伊藤の背後に、浮かび上がる黒い影が二つ。その姿は人間とは似ても似つかず、目が邪悪な色の光を放つ。
「まあ、それくらいはこっちも予想済みだ」
小波はつぶやいて、御伽創死を構えたまま邪悪な影と距離を取った。
※四十七 吉田松陰…脱藩の罪により長州藩によって武士の身分をはく奪され、その後アメリカ軍艦に乗りこもうとするが失敗(ペリーの暗殺が目的だったとする説もある)。叔父にあたる玉木文之進の私塾「松下村塾」に出入りする高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文らに影響を与えた。大老井伊直弼をはじめ幕府要人の暗殺を主張し、対外的には周辺の琉球、朝鮮半島、満洲などを武力支配する帝国主義的側面を持った。老中間部詮勝の暗殺を計画して投獄され、安政の大獄により刑死。




