#六十 鹿鳴館(二)
鹿鳴館の正門は黒門と呼ばれ、元々この場所にあった薩摩藩中屋敷(※四十三)の門がそのまま使われて今に至る。
毎晩のように舞踏会が行われた頃とは異なり、今となっては訪れる者など誰も居ないにも関わらず、門の前には衛兵らしき男がふたり警備をしてる。
尾崎紅葉は物陰に隠れて、衛兵たちの様子を窺う。
「ったく、こんな雪の晩まで律儀に見張りなんかしてんじゃねーよ。人間だから殺すワケにもいかねーしな」
紅葉の手には彼のガトリング砲(※四十四)、魂色夜射。これを使えば衛兵たちを蹴散らすのは簡単だが、人間相手に、それも至近距離でそれをやったらただの虐殺だ。
「……逃げてもらうのが、一番無難な解決だろうな。面倒くせえが」
覚悟を決めた紅葉は、魂色夜射を手に門前へ出る。
「何だ、おまえは」
「その、手に持っているのは銃か?」
いきなり現れた不審者に、衛兵たちが口々に尋ねる。彼らは政府に雇われただけで、鹿鳴館の中で何が起きてるかも知らないのだろう。
「これ? これはね、銃なのである」
答えながら、ふたりの背後で閉ざされた門に向けて魂色夜射の引き金を引く。
ずがががががががが!
えげつない破砕音を立てて、木造の門は粉々に砕け散る。
「……」
「……」
常軌を逸した轟音と破壊を目の当たりにして、衛兵たちは声も出ない。そこへ紅葉が畳みかける。
「来年の今月今夜のこの月を、おまえらの血潮で曇らせてやろうか」
「ひいいい!」
今は月なんか出てないし、言ってる内容も支離滅裂なのだが、衛兵たちにそこまで考えてる余裕はない。積もる雪に足を取られてこけつまろびつ、連れ立って脱兎のごとく逃げ去った。
「さァて邪魔者は失せたし開門する手間も省けたし、さっさと乗りこむか。小波や美妙はともかく、コガネを寒い中で待たせたら悪ぃからな」
そう言って開いた扇子には、太々と「大成功」の文字。
※四十三 中屋敷…江戸にある大名屋敷のうち、大名がいつも住む上屋敷に対して非常時の控えに作られた屋敷。主に次期藩主などが住んだ。
※四十四 ガトリング砲…アメリカの発明家、ガトリングが発明した機関銃。輪のように配置された複数の銃身を手回しで回転させて、弾薬の装填や発射、排出を連続で行える。幕末に長岡藩が購入したガトリング砲は、戊辰戦争で薩長軍に対して使われた。




