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#五 不忍池(一)

「ば、化かすって何のことかな? オイラ子供だから、難しいことよくわかんないや」


 小波の問いを速攻で否定するコガネ。だがその目は不自然を通り越して超自然と呼べるくらいに泳ぎまくって、挙動不審なこと山のごとし。


「そんなこと言ったって、こんなので隠したつもりかよ」


「あっ!」


 コガネのかぶる鳥打帽を小波がひょいと持ち上げると、髪の中にぴょこんと突き立つのは二つの獣耳。


「……むじな(※七)か」


「か、返せよっ」


 飛びかからん勢いのコガネに帽子を返すと、もう正体はバレてるのに慌ててかぶり直す。


「……いつから気付いてたんだよ」


「最初に声をかけてきた時からだ」


「嘘っ!」


 跳び上がるコガネ。


「牛鍋屋に入る前から、獣のにおいがしてたからな」


「えっ、オイラ、クサいの!?」


 叫びながら、両方の袖を交互にクンクン嗅ぐ。だが自分でわかるものではない。


「で、いつ化かすのかって待ってたけど、何もしてこねえから拍子抜けした」


 小波の言葉に、コガネはむー、と頬を膨らます。


「オイラを見損なうなよ! そりゃ嫌な客には馬糞(※八)を食わせたりもするけど……。いくらあやかしだからって、恩人を化かしたりするもんか!」


 怒気にまみれたコガネの視線に、強面の小波が逆に気圧される。


「……すまなかった」


 小波が素直に頭を下げると、コガネはすぐ笑顔に戻った。


「わかりゃいいんだ。……ていうか、それを聞くだけのために、わざわざこんな人のいない場所に来たのかい?」


「いいや、本当の目的は別にある」


 そう言うと、小波は池へ視線を向けた。

※七 貉…穴熊の俗称だが、狸などを指す場合もある。狐や狸と同様に、人を化かすといわれる。

※八 馬糞…当時は馬車の普及率が高かったので、往来に馬糞が日常的に見られた。

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