#四十八 五重塔(二)
五重塔の前で逢引きするふたりを、物陰から覗きこむ小波。
コガネがそのさらに後ろから、心配そうに様子を見守る。
「なあ、やっぱりそっとしといてやろうよ」
「大丈夫だって。声の聞こえるとこまで行こうぜ」
そう言って、勝手にどんどん先へ進む。コガネも後をついて行くしかない。
そして塔へ近づくにつれて、コガネの耳にも話し声が聞こえてきた。
「――あんたが捌胃婆か」
(……え?)
元々は捌胃婆を捜してたんだけど、まさかここで名前が出るとは思わなかったのか、驚いた様子のコガネ。
小波はそんな彼女を見て、小声で尋ねる。
「なんだ、その意外そうな顔は。俺は捌胃婆が関係してるに違いないって、ちゃんと言ってただろうが」
「言ってたけど」
まさか本当だとは思わなかった、とはさすがに言いにくい。
「まあ、どうせ本当だとは思ってなかったんだろうけどな」
「う……」
バレてた。
「けど捌胃婆がいるなら、早く討伐しないと」
「まあ焦るな。もう少し様子を見よう」
はやるコガネを制して、再び会話に集中する小波。
「――それで、誰を殺してほしいんだい」
近くに寄ると、それまで闇に紛れて見えなかった捌胃婆の姿も見えてくる。
婆っていうから下宿のお婆さんみたいな老婆を想像したコガネだったが、実物は予想よりもずっと小柄で、猿や何か、人間とは別の生き物に見える。
捌胃婆の問いに、後から来た人影が答える。コガネはその声を聞いて、ようやく相手が男だと気付いた。
「殺してほしいのは内閣総理大臣、黒田清隆(※三十四)だ」
※三十四 黒田清隆…薩摩藩出身の政治家。戊辰戦争に参謀として参加し、開拓使次官、農商務大臣などを経て明磁二十一年に総理大臣に就任した。開拓使時代、政府の官有物を同じ薩摩出身の五代友厚らに払い下げようとして世論の反発を招いた。




