#四十四 昔語り(三)
「なあアニキ、家を出てまでやりたかったことって何なんだよ。なあ、なあってばー」
小波の袖をつかんで、話の続きをせがむコガネ。なのに小波はあらぬ方を向いたまま、何も語ろうとしない。
「あっ、ひょっとしてオイラに言えないようなことなのか? たとえば女の子に――」
「そっち方面から離れろ!」
小波の性癖をしつこく蒸し返すコガネに、キレかける小波。だがすぐにコガネに「シーッ」と遮られた。
「下でお婆さんが寝てるんだから」
「お、おう、すまん」
どうして自分が謝らなくてはいけないのか、釈然としない小波。それでもお婆さんを起こすワケにはいかないからか、小声で答えた。
「……文学だよ」
「ブンガク?」
「ああ」
ちゃんと答えたのに、コガネは首をかしげる。
「なんか苦そう」
「食い物じゃねえよ」
ブンガクが苦そうというコガネの感覚も謎だが、言ってしまって楽になったのか、小波はさらに言葉を続ける。
「文学ってのは、早い話が詩とか小説とかだ。読んだり、書いたのを雑誌に載せてもらったりしてるんだよ」
「そういえば……」
小波の部屋が本まみれだったのを思い出すコガネ。全部が医学書ってワケでもなくて、むしろ大半は文学に関する本なのだろう。
「けどな、気付いちまったんだよ」
「何に?」
「文学で食ってくんだって息巻いて、学校辞めて家を出たまではいいが、十七、八の若造に思いつくことなんざタカが知れてる。俺にはもっと社会経験が必要だったんだよ」
「社会って」
小波が普段してる言動からは、想像もつかない言葉が出てきた。




