#四 上野公園
小波とコガネが店を出る頃には、すっかり日も落ちて辺りは夜闇の中。
「悪いな、全部おごらせちまって」
「気にするな、どうせ経費で落ちる」
小波はそう言うが、コガネは「いやいやいや」と首を横に振る。
「店でも言ったけど、アニキはオイラにとっちゃ命の恩人だ。何しろこの三日ほど実入りがなくて、まともに食ってなかったからな」
「それであんなにしつこかったのか……」
停車場に出入りする人が多いとはいえ、全員が革靴をはくわけではない。中には衣服は洋装でも足下だけ下駄、なんていう和洋折衷な輩も少なくない。
「もっと稼げる仕事がありゃいいんだけどよ、そう上手くもいかなくって」
「学校(※六)は行ってねえのか……って、聞くだけ野暮か」
三日もまともに食事できなかったやつが、学校に通える境遇のはずがない。
「……」
「……」
すっかり夜も更けて人通りの絶えた道を、無言で歩くふたり。
公園の桜はまだつぼみも小さく、咲くのは先になりそうだ。
「ところでアニキ、いったいどこまで行くんだよ」
コガネに問われて、辺りを見回す小波。
場所は不忍池のほとりで、水面には枯れた蓮の茎がプカプカ浮かぶ。
「この辺でいいか」
唐突に立ち止まった小波、そのままコガネに向き直る。
「ど、どうしたんだいアニキ?」
動揺するコガネ。小波の顔が近付く。
「……」
「い、いや、ちょっと待てアニキ、聞いてるのかよオイ!?」
過剰なくらいにうろたえだしたコガネの眼前、吐息も触れる至近距離で小波は口を開いた。
「化かさねえのか?」
「え?」
※六 学校…明磁五年の学制により全国に小学校が設立されたが、当時の就学率は五割程度といわれる。




