#三十九 コガネの部屋(一)
「へえ、静かでいい部屋じゃないか」
コガネの下宿先が決まり、引越しの手伝いで訪れた小波は、部屋の中を見回してつぶやいた。
引越しといっても、元々公園で寝起きしてたくらいなのだから荷物なんてほとんどない。
着替えを入れた柳行李(※二十九)と、靴を磨く道具の風呂敷包みを運んでしまえばそれで終了。
「女の子の部屋を、あんまりジロジロ見るんじゃないの」
シズ子が注意するけど、布団や卓袱台は元々部屋にあったものだし、女の子要素は限りなく無に近い。
「よく借りられましたね、こんないい部屋」
一階は駄菓子屋で、二階の一部屋をを間借りしたらしい。
「ここのお婆さんが私の知り合いで、独り暮らしだと物騒だからって安く貸してくれたの」
「なるほど」
配達の仕事がないときは話し相手や店番もできるし、家主にとっても得になる模様。
「ねえねえ、窓開けていい?」
新しい部屋で興奮した様子のコガネは、さっきから落ち着きなくソワソワ動き回る。
「もちろんよ。ここはコガネちゃんの部屋だもん」
「わあい!」
喜び勇んで窓を開けると、外に広がるのは一面の墓地。
「うわあ……」
「まあ、墓が近いのはわかってたけどな」
何しろ下宿があるのは谷中墓地(※三十)のすぐ近く。さすがに窓一面に見えるとは、小波も思ってなかったワケだが。
「ま、まあ、ちゃんと供養もしているはずだし、お婆さんも元気なんだから大丈夫よ。多分」
「そうそう。えーと、その、よくわかんないけど、まあ大丈夫だ。多分」
シズ子と小波がフォローするものの、あまりフォローになってない。
「う、うん、そうだよね。ありがとうシズ子さん、アニキも」
逆にコガネに気を遣われる大人たち。それってどうなんだ。
※二十九 柳行李…乾燥させた柳の枝を編んで作った、箱型の収納ケース。
※三十 谷中墓地…明磁七年に開園した共同墓地。後に谷中霊園に改称される。当時は日暮里駅が開業前のため、上野が最寄り駅。




