#三十八 逓信省庁舎
その日の午後。
京橋は木挽町(※二十四)にある、逓信省の庁舎。紅葉はその一室に居る。
「配達が完了した分です」
消印の押された討伐状の束を封筒から出して、机に置く。さっき小波が出した宙宙列車の分もある。
「ご苦労」
椅子に座った男が、置かれた討伐状をパラパラとめくる。
この男が時の逓信次官(※二十五)であり、紅葉たちへ討伐状を発行する責任者、前島密(※二十六)である。
「討伐は順調なようだね」
「ええ。ですが、討伐の対象となる化け物は増える一方です。小波に助手がついたくらいじゃ追いつきません」
「ほう、巌谷君に助手が」
前島は愉快そうに声をあげて、窓の外に視線を向けた。
煉瓦造りの庁舎は、日が落ちると急に寒くなる。空は夕日に赤く染まりつつあった。
「帝国憲法(※二十七)の発布が近づいて、連中の動きが活発になっている」
「やはり、奴らの狙いはそこですか」
うなずく前島。
「こうなることは、大政奉還(※二十八)の頃から予想はできた。だから私は、それを阻止するために郵便制度を作ったと言っても過言ではない」
「……」
無言の紅葉をねぎらうように、前島は薄い笑みを浮かべる。
「君たちの活躍には期待しているよ。巌谷君の助手にも、よろしく伝えておいてほしい」
〒
「……狸ジジイめ」
庁舎を後にして、紅葉はひとり毒づく。
前島の話は曖昧で「連中」が誰のことか判然としないし、そもそも真実である保証もない。
結局のところ、紅葉たちにできるのは危害をもたらす敵を討伐するだけだ。
「……」
顔を上げると、官庁街が夕日で血の赤に染まる。
「こっちの魑魅魍魎のほうが、化け物たちよりもよっぽど性質が悪いや」
〒
一方その頃、郵便局分室では小波がコガネに「おまえ、俺に惚れてるのか?」と直接尋ねて、ぶん殴られてる真っ最中だった。
※二十四 京橋木挽町…後の中央区銀座東。
※二十五 次官…各省庁における、大臣を別にして官僚の中で最高の地位。
※二十六 前島密…官僚として郵便制度や地租改正などに関わった、通称「郵便の父」。後に「一円切手の人」としても知られる。
※二十七 帝国憲法…伊藤博文らが中心になって起草し、制定された憲法。
※二十八 大政奉還…慶殴三年、十五代将軍徳川慶喜が朝廷に政権を返上し、受諾されたこと。




